2020年10月30日 (金)

10/30 【読】 「ジャズ喫茶ベイシー読本(別冊ステレオサウンド)」

「ジャズ喫茶ベイシー読本(別冊ステレオサウンド)」

 岩手県一関市にあるジャズ喫茶「ベイシー」。名前の由来となったカウント・ベイシーをはじめ多くのミュージシャン、文筆家、芸能人が(その距離にも関わらず)足繁く通い、交流を深めるジャズ喫茶の巨星が、このたび開店50周年を迎えた。本書は「ベイシー」と店主である菅原正二氏をまるまる一冊あつかった特製版。2020年5月刊。


 巨大なウーファを備えたJBLのスピーカシステムでジャズの名盤を次々と再生する「レコード演奏家」菅原氏。実家の土蔵を改造した喫茶店は、菅原氏と、そのオーディオシステムを楽しみにする人たちで常ににぎわっている。かつては早稲田のビッグ・バンド「ハイソサイエティ・オーケストラ」に所属し、その行動力でビッグ・バンドを成功に導いた他、プロのドラマーとして活動した氏だったが、胸の病気から静養せざるをえなくなり、故郷の一関に戻ったという。ところが、東京時代の人脈や、氏の人柄に惚れ込んだ人々の縁は絶えることなく、まるで日本のジャズとジャズ・オーディオの中心が一関であるかのような盛り上がり(?)を見せている。


 「盛り上がり」と書いた後に(?)とあえて疑問符をつけたのは、そんなジャズ・オーディオシーンの中心にいる菅原氏自身はあくまでもストイックに、自らのオーディオ道を追求し続けているからだ。最高の音を出すべく自らのオーディオと格闘する日々。ジャズ喫茶の店主として客と接する一方で、昼も夜も自らの出音と向き合う氏の生き方に、共感し、尊敬し、またあこがれの念を抱く人も多いだろう。


 本書は、そんな菅原氏とベイシーを様々な角度から読み解こうと試みる。40ページにも及ぶカラー・グラビア、ベイシー開店までの経緯を綴ったクロニクル、あるいは菅原氏と縁の深い人々たちからのメッセージなどなど、そのどれもが菅原氏とベイシーを深い愛情で包んでいる。ステレオサウンドに掲載された記事の再録もあって、特に最近逝去された菅野沖彦氏との対談は今となっては貴重。ジャズとオーディオをすこしでもかじったことのある人ならば必ず耳にするであろうベイシーの世界を、この一冊で存分に楽しむことができる。(2020.10.30)

2020年10月12日 (月)

10/12 【読】「怪談に学ぶ脳神経内科(駒ヶ嶺朋子、中外医学社)」

「怪談に学ぶ脳神経内科(駒ヶ嶺朋子、中外医学社)」

 獨協医科大学の脳神経内科・総合内科専門医で医学博士でもある氏が、奈良時代~大正時代の文献にみる怪談や怪奇現象を「脳神経内科」の観点から解き明かした書。ざしきわらしやろくろ首などの妖怪や、ドッペルゲンガーや幽体離脱といった心霊現象を医学の光を当てることで、「怪異」の陰に隠れた意外な真相が詳らかとなる。2020年4月刊。


 医学書のようであり、怪談・怪奇現象の解説本でありーーーと一風変わった内容の本書。ざしきわらし、狐憑き、幽霊、ろくろ首、かなしばりなどの十編怪異が症例として提示され、考えられる疾患や現代における類似の症例、また検査方法などが膨大な文献とともに解説される。解説の主体は著者であり、本書において著者は「現代脳神経内科の知識を有するまま過去に時間留学した」医者という立場を徹底する。一つの症例から様々な疾患が導き出され、それら疾患の可能性をひとつひとつ消していくことで真の疾病へとたどり着く様は医学系の推理小説のようでもある。ただし、本書にはおどろくべきどんでん返しも、涙を誘う悲劇も、また事件の真相を暴き出す爽快感もない。あるのは真摯に病に向きあい、一刻も早い患者の快復を願う医者の姿である。


 なお、著者である駒ヶ嶺氏は、医大に進む前は早稲田大学文学部に在籍し、現代詩での受賞歴を持つ文学者でもある。文章の随所に、マジメな医学書からちょっとはずれたユーモラスな表現が散見されて、読んでいてクスッとすることしばしば。とはいえ、全体として非常にハードな内容であり、専門用語がガンガン飛び交う文章は、医学を志した人ならばともかく、一般の読者にはなかなか厳しいものがあるだろう。


 エンターテイメントと学術書のハイブリッド、しかしその敷居は意外と高い。気合いを入れて読むべし。(2020.09.18)


2020年9月18日 (金)

09/18 【読】「追憶の泰安洋行(長谷川博一、ミュージック・マガジン)」

「追憶の泰安洋行(長谷川博一、ミュージック・マガジン)」

 細野晴臣が1976年に発表したソロ・アルバム「泰安洋行」。「トロピカル・ダンディー」「はらいそ」とともに「トロピカル三部作」と呼ばれた2枚目のアルバムに徹底的に焦点を当てた音楽所が本書「追憶の泰安洋行」となる。執筆は北海道小樽市出身のフリーライター・長谷川博一。かつては細野氏が監修するノンスタンダード・レーベルのディレクターをつとめたほか「音楽王 細野晴臣物語」「ミスター・アウトサイド」「きれいな歌に会いにゆく」など多数の音楽書の編集・執筆に関わった。


 本書は音楽誌「レコード・コレクターズ」2016年7月号から18年11月号の連載をまとめ、書籍化したもの。なお、長谷川氏は連載終了後に病に倒れ、一時的に回復した際に書籍化のための準備を始めたが、2019年7月8日に逝去された。本書は著者の意図しない改変を避けるため、連載当初のフォーマットを踏襲した構成となっている。前書きには、逝去後に氏のPCから見つかった原稿を使ったほか、細野氏、また鈴木惣一朗氏がメッセージを寄せている。2020年7月刊。


 はっぴいえんど解散後、YMO結成前のソロ活動時期に細野氏が制作した4枚のアルバム。なかでも「トロピカル三部作」の2作目である「泰安洋行」は、中国・香港・沖縄・ハワイアン・ニューオーリンズ・ブギウギなど多彩な音楽要素を日本人ならではの絶妙なバランス感覚で配合した「歴史的名盤」として現在も多くのアーティストに影響を与えている。参加アーティストも実に豪華で、佐藤博、矢野顕子、岡田徹、鈴木茂、林立夫、浜口茂外也、大瀧詠一、山下達郎、大貫妙子、小坂忠、久保田麻琴などなど、当時の音楽界の若き実力者・現在のレジェンドがこぞって参加している。


 本書は、そんな歴史的名盤をあらゆる方向から分析・考察するとともに、当時の関係者、ひいては細野氏ご本人にまでインタビューを敢行することで、その魅力や真価をひもとくことに全力を傾けている。アーティストの半生を一冊の本にまとめ上げた本は実に多いが、アルバム1枚をひたすら掘り下げた本というのは実に珍しい。音楽にたいする長谷川氏の博覧強記ぶりもさることながら、当時アルバム制作に関わったエンジニアや、その後の細野氏の音楽活動に関わった若き音楽家まで、文字通り全方位的な視点で、しかも最後までしっかりとまとめ上げた氏の情熱がすばらしい。また、本書にはアルバムリリースの際に販促として使われたチラシやポスターなどもふんだんに収録されていて、歴史的資料集という一面もある。1970年代の世界の音楽シーンを俯瞰するという意味でも一読の価値あり。


 ファン・ブックを越えた音楽の世界絵巻として全音楽ファン必読の書。(2020.09.18)


09/18 【聴】【読】Blue Giant Live Selection / 石塚真一, 小学館

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 石塚真一の大人気ジャズ・コミック「ブルー・ジャイアント(全10巻)」より、主人公でサックス奏者の宮本大の演奏回を集めた作品集「ブルー・ジャイアント・ライブ・セレクション」が8月に発売された。
本アルバムはコミックをより楽しむための教材(?)として添付されたもの。往年のジャズ・ジャイアント8組の名演が収録されている。


 収録曲およびアーティストは以下の通り。



  •  M1 Impressions / John Coltrane

  •  M2 Softly, As in a Morning Sun / Sonny Rollins

  •  M3 Waltz for Debby / Bill Evans

  •  M4 A Night in Tunisia / Art Blakey and Clifford Brown

  •  M5 Airegin / Stan Getz

  •  M6 Blue Monk / Thelonious Monk and John Coltrane

  •  M7 Manteca / Dizzy Gillespie

  •  M8 Filthy McNasty / Horace Silver


 リストをみればわかるとおり必ずしもサックスの曲ばかりでなく、またコミックの各話のサブタイトル(曲名がつけられている)と連動しているわけでもない。スタジオ録音あり、ライブ録音ありと選曲の意図が今一つ見えないが、いずれも有名アーティスト、有名曲でありコミックスと連動せずともそれなりに楽しく聴ける。あまり細かいことは気にせず、連載時と同じ大判の紙面を、ジャズの音楽とともに楽しんでほしいということなのだろう。


 なお、コミックに収録されているエピソードは宮本大の日本でのエピソード(つまりブルー・ジャイアントのエピソード)に限られていて、直接の続編であるヨーロッパ編(ブルー・ジャイアント・シュプリーム)、最近始まったアメリカ編(ブルー・ジャイアント・エクスプローラー)の内容は含まれていない。ボーナストラックとしてシリーズ終盤で入院するピアニストの沢辺雪祈(ユキノリ)が、故郷である長野に転院するエピソードが収録されているので、ファンはこのエピソードを目当てに買うのもよいかもしれない。


 ちなみに、M7 Manteca / Dizzy Gillespieはアフロ・キューバンを意識した、思わず体が動いてしまう楽しい曲。ブルー・ジャイアントの世界観とは違うかもしれないがジャズの応用編として楽しんではいかが(2020.09.05)


2020年8月10日 (月)

08/10 【読】「日本SF論争史(巽孝之・編、勁草書房)」

「日本SF論争史(巽孝之・編、勁草書房)」


 SF批評家、評論家として知られる巽孝之氏が、日本SFにまつわる様々な批評・論考を時代とともにまとめた書。1910年代に英米で勃興したSFというジャンルが、1950年代に日本へと流入し、以降日本独自の発展を遂げていく中で興った様々な議論、その時代を代表する作家たち・作品群を題材に、SFとは何か、SFはどうあるべきかを熱く議論した論考集が本書となる。2000年5月発行。巻末には日本SF年表が付録としてまとめてある。


 本書は大きく5部に分けることができる。日本SF黎明期の代表的作家である安部公房・小松左京らが日本国内におけるSFの流行を語った第1部、福島正実、石川喬史、山野浩一、荒巻義雄、柴野拓美ら日本SFの屋台骨を支えた編集者・批評家・作家らがラジカルな論評を繰り広げる第2部、田中隆一、川又千秋、筒井康隆らが作り出した日本SFの新しい波(ニューウェーヴ)にSFの未来を幻視する第3部、ブルース・スターリングやオーソン・スコット・カードらによるSFの新しい潮流、サイバーパンクに笠井潔、永瀬唯、伊藤典夫らが論評を加える第4部、そして野阿梓、小谷真理、大原まり子らによるジェンダー議論の第5部。オビには「これが論争(ケンカ)の花道だ!」とあって、いかにも物騒な内容ととられがちだが、実際には各々の時代、英米や国内のSFの潮流に即したタイムリーな議論がなされていて、ネットウォッチャーが喜びそうな炎上案件は皆無といってよいだろう。


 なお、5部構成はそのまま日本SFの歴史を大きく5つに切った形となっており、第1部・第2部あたりはハインラインの「宇宙の戦士」やクラークの「2001年宇宙の旅」、あるいはジュール・ベルヌの冒険小説らが批判の対象となるほか、SFファンジンや日本SF作家に対する苦言や批判が散見される。時代が下りるにつれ批判・批評の対象はあいまいかつ抽象的となり、論考は「SFとは何か・どこから来たのか」から「SFはどこに行くのか」へと移り変わる。近年のやおい文化、ジェンダーについての議論は、SFの世界よりもむしろ現代社会が抱える課題ととらえるべきだろう。SFの主たるテーマである未知なる世界(その主たる舞台は宇宙だ)とはるか未来の飽くなき探求は、未来が現在となった今や人間の心の深奥へと向かい、逼塞する人間社会の行く先を問うている。


 ちなみに、時代を下るほどに文章が現代語となり読みやすくなる。内容もアジ的なものからエッセイ調となり肩ひじ張らずに読める。戦後間もない時代と、現代とでこれほどまでに日本語が違うのかと、改めて驚かされることだろう(2020.08.10)

2020年7月 8日 (水)

07/08 【読】「闇中の星 グイン・サーガ147(五代ゆう、早川書房)」

「闇中の星 グイン・サーガ147(五代ゆう、早川書房)」

 群像大河ファンタジー「グイン・サーガ」続編プロジェクトの最新作。キレノア大陸の中心・大国ひしめく中原を舞台に、主人公である豹頭王グインら多くの登場人物が織りなす運命の物語を、故栗本薫氏から執筆を引き継いだ俊英作家・五代ゆう氏が綴る。

 これまで同様、本書も4話からなる。栗本氏が正編を書いていた頃は、一つのエピソードが完結(というか一件落着)するまで続巻となっていたが、五代氏(および現在は静養しているもう一人の作家・宵野ゆめ氏)にバトンタッチしてからは、1巻に複数のエピソードを平行して掲載、同時並行でストーリが続いているようである。

 第1話は魔都へと変貌したクリスタルに潜入、復活を遂げたパロ聖王アルド・ナリスに邂逅したグインがクリスタル脱出を図る「カル・ハンの手」。

 第2話は自ら命を絶ったモンゴール大公アムネリスの子・ドリアン王子を救出したイシュトヴァーンの落胤・スーティが、黒魔道師グラチウス、黄昏の国の女王ザザ、狼王ウーラとともに、スーティの母フロリーのもとへと帰還する「母子再会」。

 第3話はドリアン王子を奪われ、ゴーラへの反乱の旗印を失ったモンゴール騎士団が、新たな旗印を掲げモンゴールの中心都市トーラスへと進軍する「トーラス反乱」。

 第4話は、クリスタル脱出に成功したグインが、魔道師らの力を借りつつケイロニアの首都サイロンへと帰還する「サイロン帰還」。なおそれぞれのエピソードにからめて沿海州の動き、クリスタル内の動きも語られている。グインのエピソード、スーティのエピソードなどは本巻でまずは一区切りとなっており、様々な不穏な動きがある一方で読み手としてはとりあえず一段落、一安心といった感じだが、沿海州からクリスタルへイシュトヴァーン討伐に向けた派兵があるなど中原に再び動乱が勃発する兆しもあって、タイトル通り先の見えない状態はまだまだ続いている。

 個人的に注目したいポイントは、(1)アルド・ナリス復活の真の黒幕と、ナリスの真の目的(2)クリスタル地下に眠る古代機械をねらうキタイの竜王ヤンダル・ゾッグの次なる謀略、あたりだろうか。グイン・サーガが今後どこまで続くか、どのように展開していくかは全く見えないところであるが、亭主は最終巻「豹頭王の花嫁」の花嫁が、コナンシリーズなどこれまでのファンタジー小説にみられる傾向と対策からパロ王女「リンダ」であると確信していて、ヤンダル・ゾッグの野望を打ち破り、クリスタルに幽閉されているリンダを救出して終幕すると思っているので、物語の終局はそう遠くない未来にやってくると予想している。いや、当初100巻で完結するといわれていた物語である。ここまで内容を盛りに盛ったうえでさらに物語が変転するとはなかなか考えにくい。様々な動きがクリスタルへと集約され、アルド・ナリスひいてはラスボスであるヤンダル・ゾッグを打ち倒すというストーリーを考えるならば、あとは「寄せ手」の問題である。闇の中の星が指し示す方向、それがこの巨大な群像ファンタジーの最終局面を示すのか、それともひとつのエピソードの完結に過ぎないのか。亭主は前者であって欲しいと願っているが、果たして。

 ああ、地の果てにあるという「カリンクトゥムの扉」というタイトルの巻もこれからだっけ。これはどうなるのかなぁ(2020.07.08)

2020年5月20日 (水)

05/20 【読】 「エイフェックス・ツイン、自分だけのチルアウト・ルーム―――セレクテッド・アンビエント・ワークス・ヴォリューム2(マーク・ウィーデンバウム、坂本麻里子訳、Ele-king Books|P-Vine)」

「エイフェックス・ツイン、自分だけのチルアウト・ルーム―――セレクテッド・アンビエント・ワークス・ヴォリューム2(マーク・ウィーデンバウム、坂本麻里子訳、Ele-king Books|P-Vine)」


 Aphex TwinことRichard D.Jamesが、UKテクノの名門・Warp Recordsから1994年にリリースした2枚組のアルバム"Selected Ambient Works Volume 2"に関する様々なトピックを、アンビエント/エレクトロニカのサイトDisquiet.com主宰であるMark Weidenbaumがドキュメンタリー形式でまとめた書。日本語版は2019年2月刊、翻訳はロッキング・オンなどで音楽ライターとして活動する坂本麻里子氏。


 かつては「奇才」と称され、数々の奇行・武勇伝にテクノファンの耳目が集まったRichard D.James。1990年代のUK Drum'n'Bassシーンを牽引し、Drill'n'Bassなる過激なブレイクビーツを生み出した立役者として知られている。一方、繊細なエレクトロニカ・サウンドも多く手がけ、現在も寡作ながら良質な作品を作り続けている。本書はそんな彼の代表作である"Selected Ambient Works Volume 2"にスポットを当て、リリースの経緯、当時の社会状況、またリリース時の周囲の反応やその後のアンビエント/エレクトロニカ界隈の動きを、様々な人々の証言を元に記している。ただし、Richardへの直接のインタビューはなく(あまりメディア露出を喜ばないらしい)なく、収録曲についてもさほど詳細には解説しない(アンビエントに格段の制作意図が込められているともかぎらない)。いわゆる熱狂的なファン・ブックではないことに注意されたい。


 ところで本アルバム、実は結構曰く付きである。Volume 2に先駆けたVolume 1が存在しないとか、Warp Recordsと初めて契約した作品で、Warp側はエレクトロニカを期待していたのに出てきたものはアンビエントだったとか、全25曲のうちBlue Calxしか曲名がついておらず、別人によって勝手的に曲名がつけられ、しかもアルバムに公式にクレジットされていたりとかーーー。地味な作品に関わらず話題には事欠かなかったようである。アルバムリリース後の評判はも微妙だったようで、エレクトロニカを期待していたファンの困惑が伺い知れる。なおその後アルバム収録作品は、クラシックにアレンジされたり、映画や演劇のBGMとして使用されたようである。


 Volume 1もVolume 3もない地味な2枚組アンビエントのアルバムが、音楽シーンに与えた影響を冷静に俯瞰したドキュメントが本書となる(2020.05.20)

2020年4月18日 (土)

04/18 【読】「シュテンプケ氏の鼻行類ー分析と試論ー考察・資料ー(カール・D.S.ゲーステ、今泉みね子訳、思索社)」

「シュテンプケ氏の鼻行類ー分析と試論ー考察・資料ー(カール・D.S.ゲーステ、今泉みね子訳、思索社)」


 1961年、ドイツで出版され、大きな話題を呼んだ「鼻行類(ハラルト・シュテンプケ著」。フランス語・英語・日本語に翻訳され、愛書家らによって現在もしばしば話題に上る名著である。ちょうど一か月前の「読」の記事で「アフターマン」「平行植物」とならぶ「生物系三大奇書」と書いたのが記憶に新しい。「鼻行類」は本来生物学のパロディーとして著されたものなのだが、本家ドイツにおいては「パロディー」の明示がなされなかったことから学術書と勘違いする人が続出したようである。本書に記された「アメリカ軍による核実験(架空)」への批判、学術書としての記載不備や、生物上の分類の不確かさへの指摘など、当時はかなり物議をかもしたらしい。本書はそんな「鼻行類」の解説本・副読本として1988年に出版されたもの。「鼻行類」および学問に対するパロディーの是非を問うた「考察」の章、そして「鼻行類」の本当の作者であるG・シュタイナー氏へのインタビューやシュタイナー氏のもとに送られてきた様々な批判・書簡を紹介した「資料」の章のふたつの章から成り立っている。邦訳版は1989年刊行。仕事が早い。


 いまでこそ社会的に認知され、一つの「表現」として許容されている「パロディー」だが、当時は「パロディー」を受け入れる寛容さに乏しかったらしい。内容を真に受ける人、学術書の体を成していないと批判する人、あるいは学問への冒涜と受け取る人、著者であるG・シュタイナー氏には様々な批判が寄せられたようである。シュタイナー氏はそれら批判に対し丁寧に、真摯に回答していたようで、本書にはそれら批判と、回答の書簡もいくつか収録している。ただし、激しい論戦になることはまれで、多くの場合回答に対する批判者の返答はなし、「鼻行類」に対する理解がなされたか、それとも回答が黙殺されたのかはよくわかっていない。本書には、「鼻行類」発刊に至るまでにシュタイナー氏が様々思案した空想の生物のイラスト、あるいは「鼻行類」で使われている様々な言葉遊び、オマージュの元ネタも紹介されている。特に「鼻行類」の用語にはドイツ・バイエルン地方の方言や、フランスとスペインの間にあって地理的にも文化的にも言語的にも周囲から隔絶されているバスク地方の言語が多用されていて、分かっている人ならば「ニヤリ」としてしまう用語ばかり。このあたりの遊び感覚がなかなか理解されなかったというのが「鼻行類」最大の不幸といってよいだろう。


 ちなみに亭主、「鼻行類」の副読本たる本書を大学時代に購入していたが、積読にしたまま大学卒業時に処分していた。今回はネット経由で古本屋から購入したが、やはり相当ヤレがきており、時代の経過をひしと感じさせた。「鼻行類」そのものは現在も平凡社ライブラリーとして刊行されている。「生物系三大奇書」をさらに楽しく読むためのサブテキストとして、本書もまたぜひ平凡社ライブラリーより刊行されてほしいものだ。(2020.04.18)

2020年4月 8日 (水)

04/08 【読】「電気グルーヴのSound & Recording ~PRODUCTION INTERVIEWS 1992-2019 (リットーミュージック・ムック)」

「電気グルーヴのSound & Recording ~PRODUCTION INTERVIEWS 1992-2019 (リットーミュージック・ムック)」

 ピエール瀧のコカイン使用事件で活動を休止、Ki/oon SONYとの契約を解除した電気グルーヴ。2019年10月にマネジメントをmacht inc.へと移し、11月にはファンクラブ設立、オンラインを中心にグッズ販売を展開している。新型コロナウィルスが猛威を振るう中、フジロックへの出演が決定するなど本格始動を果たした彼らの30年の軌跡を、ディスコグラフィでつづったのが本書となる。リットーミュージックのSound & Recording(サンレコ)誌に掲載されたインタビュー記事+新たに取材した記事による、まるまる一冊電気グルーヴ本。2020年2月刊。

 コカイン騒動を発端に、徹底的な自粛に追い込まれた電気の二人。影響はピエール瀧にとどまらず、石野卓球の個人活動にも及んだことは記憶に新しい。店頭からの商品(CD, DVD)引き上げ、ライブの中止など誰がどう空気を読んだかわからない自粛の中で、音楽誌は彼らを積極的にサポートしていた。今回のムック本もそんなサポートの一環。うやむやになってしまった電気結成30周年を記念して刊行された本書には、 メジャーデビュー後最初のアルバムとなる"Flash Papa"から最新作「三十」まで、すべてのインタビュー記事が網羅されている。サンレコ誌らしく話題の中心は録音機材やスタジオ、そしてシンセサイザー。彼らがどのような環境でアルバム制作にあたり、またどのような工夫を込めてきたかがテクニカルに語られている。おっと、取り上げられる作品はいずれも「オリジナルアルバム」で、いわゆるリミックスやライブ盤、ベスト盤は内容から外れている。クリエータに向けた雑誌作りを心掛けるサンレコ誌らしい構成となっている。

 本書中には二人(+砂原良徳)の若い頃の姿も見られるが、カバーページ他多くのページに「現在の二人」の写真が掲載されている。おっさんを通り越して「初老」となった二人(といいつつ亭主も初老である)の姿に、往年のベテランアーティストの風格が漂い、何とも言えないいい味を出している。(2020.04.08)

2020年3月18日 (水)

03/18 【読】「平行植物(レオ・レオーニ・著、宮本淳・訳、工作舎)」

「平行植物(レオ・レオーニ、工作舎)」

 1910年オランダ・アムステルダム生まれ、第2次大戦時にアメリカに亡命し、以降は絵本作家、彫刻家として活動したレオ・レオーニの代表作。ライフワークである空想上の植物についてまとめた「平行植物」は1976年に上梓、日本では1980年に工作舎より邦訳版が出版された。2017年には新装版の第3刷が発行されており、時代を越え長く読み継がれている。なお、レオ・レオーニ自身は1999年に亡くなっている。

 現在の「植物」とは全く異なる生命形態を持つ生物「平行植物」の生態を、学術書として著したのが本書。好事家には「アフターマン」「鼻行類」などとならんで、「生物系三大奇書」などと呼ばれている。「アフターマン」がサイエンス・フィクション、「鼻行類」が生物学のパロディーだとしたら、「平行植物」は仮想の生物を扱う幻想文学と呼ぶのが正しいかもしれない。地球上に広く分布するものの、長らくその存在が疑問視されてきた「平行植物」。半透明でキノコ類にも似たユーモラスな形状、写真に写らず、採取しようとするとぼろぼろと崩れてしまう奇妙な生命系統は、さまざまな形・手段をもって人類の長い歴史に登場してきたという。本書はいわゆる「植物図鑑」ではなく、「平行植物」と人類との長い歴史を刻んだ人類学・民俗学の本である。もちろん本書につづられた人類の歴史は、地名・人名・参考文献・学術団体に至るまで全てが架空である。そのあたりを踏まえ、まるでもう一つの地球をのぞき込むような気持ちで読むのが正しい読み方、細かく読めば読むほど架空の世界に対する理解が深まるが、一方で、現実世界となんら共通点がないことはあえて肝に銘じるべきであろう。これはレオ・レオーニがコツコツ積み上げてきた幻想世界なのだ。

 本書には「平行植物」として「オカシシ」「ウミヘラモ」「タダノトッキ」(およびその亜種)「クモデ」「フシギネ」「森の角砂糖バサミ」「カラツボ」「グンバイジュ」「キマグレダケ」「アリジゴク」「マネモネ」「メデタシ」「キチガイウワバミ」「ツキノヒカリバナ」「夢見の杖」「ユビナリソウ」などなどが登場する。なんとも人を食った名前・学名があるのは、日本語訳者の命名だろう。このあたりのセンスの良しあしは、正直亭主にはよくわからない(というか亭主には学術的な香りが全くしないためリアリティが著しく損なわれているように思う)。個人的には鼻行類のリアリティに強く惹かれているせいか、本書のもつユーモアのセンスを楽しむのに少し時間がかかった。(2020.03.18)

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