2020年7月 8日 (水)

07/08 【読】「闇中の星 グイン・サーガ147(五代ゆう、早川書房)」

「闇中の星 グイン・サーガ147(五代ゆう、早川書房)」

 群像大河ファンタジー「グイン・サーガ」続編プロジェクトの最新作。キレノア大陸の中心・大国ひしめく中原を舞台に、主人公である豹頭王グインら多くの登場人物が織りなす運命の物語を、故栗本薫氏から執筆を引き継いだ俊英作家・五代ゆう氏が綴る。

 これまで同様、本書も4話からなる。栗本氏が正編を書いていた頃は、一つのエピソードが完結(というか一件落着)するまで続巻となっていたが、五代氏(および現在は静養しているもう一人の作家・宵野ゆめ氏)にバトンタッチしてからは、1巻に複数のエピソードを平行して掲載、同時並行でストーリが続いているようである。

 第1話は魔都へと変貌したクリスタルに潜入、復活を遂げたパロ聖王アルド・ナリスに邂逅したグインがクリスタル脱出を図る「カル・ハンの手」。

 第2話は自ら命を絶ったモンゴール大公アムネリスの子・ドリアン王子を救出したイシュトヴァーンの落胤・スーティが、黒魔道師グラチウス、黄昏の国の女王ザザ、狼王ウーラとともに、スーティの母フロリーのもとへと帰還する「母子再会」。

 第3話はドリアン王子を奪われ、ゴーラへの反乱の旗印を失ったモンゴール騎士団が、新たな旗印を掲げモンゴールの中心都市トーラスへと進軍する「トーラス反乱」。

 第4話は、クリスタル脱出に成功したグインが、魔道師らの力を借りつつケイロニアの首都サイロンへと帰還する「サイロン帰還」。なおそれぞれのエピソードにからめて沿海州の動き、クリスタル内の動きも語られている。グインのエピソード、スーティのエピソードなどは本巻でまずは一区切りとなっており、様々な不穏な動きがある一方で読み手としてはとりあえず一段落、一安心といった感じだが、沿海州からクリスタルへイシュトヴァーン討伐に向けた派兵があるなど中原に再び動乱が勃発する兆しもあって、タイトル通り先の見えない状態はまだまだ続いている。

 個人的に注目したいポイントは、(1)アルド・ナリス復活の真の黒幕と、ナリスの真の目的(2)クリスタル地下に眠る古代機械をねらうキタイの竜王ヤンダル・ゾッグの次なる謀略、あたりだろうか。グイン・サーガが今後どこまで続くか、どのように展開していくかは全く見えないところであるが、亭主は最終巻「豹頭王の花嫁」の花嫁が、コナンシリーズなどこれまでのファンタジー小説にみられる傾向と対策からパロ王女「リンダ」であると確信していて、ヤンダル・ゾッグの野望を打ち破り、クリスタルに幽閉されているリンダを救出して終幕すると思っているので、物語の終局はそう遠くない未来にやってくると予想している。いや、当初100巻で完結するといわれていた物語である。ここまで内容を盛りに盛ったうえでさらに物語が変転するとはなかなか考えにくい。様々な動きがクリスタルへと集約され、アルド・ナリスひいてはラスボスであるヤンダル・ゾッグを打ち倒すというストーリーを考えるならば、あとは「寄せ手」の問題である。闇の中の星が指し示す方向、それがこの巨大な群像ファンタジーの最終局面を示すのか、それともひとつのエピソードの完結に過ぎないのか。亭主は前者であって欲しいと願っているが、果たして。

 ああ、地の果てにあるという「カリンクトゥムの扉」というタイトルの巻もこれからだっけ。これはどうなるのかなぁ(2020.07.08)

2020年5月20日 (水)

05/20 【読】 「エイフェックス・ツイン、自分だけのチルアウト・ルーム―――セレクテッド・アンビエント・ワークス・ヴォリューム2(マーク・ウィーデンバウム、坂本麻里子訳、Ele-king Books|P-Vine)」

「エイフェックス・ツイン、自分だけのチルアウト・ルーム―――セレクテッド・アンビエント・ワークス・ヴォリューム2(マーク・ウィーデンバウム、坂本麻里子訳、Ele-king Books|P-Vine)」


 Aphex TwinことRichard D.Jamesが、UKテクノの名門・Warp Recordsから1994年にリリースした2枚組のアルバム"Selected Ambient Works Volume 2"に関する様々なトピックを、アンビエント/エレクトロニカのサイトDisquiet.com主宰であるMark Weidenbaumがドキュメンタリー形式でまとめた書。日本語版は2019年2月刊、翻訳はロッキング・オンなどで音楽ライターとして活動する坂本麻里子氏。


 かつては「奇才」と称され、数々の奇行・武勇伝にテクノファンの耳目が集まったRichard D.James。1990年代のUK Drum'n'Bassシーンを牽引し、Drill'n'Bassなる過激なブレイクビーツを生み出した立役者として知られている。一方、繊細なエレクトロニカ・サウンドも多く手がけ、現在も寡作ながら良質な作品を作り続けている。本書はそんな彼の代表作である"Selected Ambient Works Volume 2"にスポットを当て、リリースの経緯、当時の社会状況、またリリース時の周囲の反応やその後のアンビエント/エレクトロニカ界隈の動きを、様々な人々の証言を元に記している。ただし、Richardへの直接のインタビューはなく(あまりメディア露出を喜ばないらしい)なく、収録曲についてもさほど詳細には解説しない(アンビエントに格段の制作意図が込められているともかぎらない)。いわゆる熱狂的なファン・ブックではないことに注意されたい。


 ところで本アルバム、実は結構曰く付きである。Volume 2に先駆けたVolume 1が存在しないとか、Warp Recordsと初めて契約した作品で、Warp側はエレクトロニカを期待していたのに出てきたものはアンビエントだったとか、全25曲のうちBlue Calxしか曲名がついておらず、別人によって勝手的に曲名がつけられ、しかもアルバムに公式にクレジットされていたりとかーーー。地味な作品に関わらず話題には事欠かなかったようである。アルバムリリース後の評判はも微妙だったようで、エレクトロニカを期待していたファンの困惑が伺い知れる。なおその後アルバム収録作品は、クラシックにアレンジされたり、映画や演劇のBGMとして使用されたようである。


 Volume 1もVolume 3もない地味な2枚組アンビエントのアルバムが、音楽シーンに与えた影響を冷静に俯瞰したドキュメントが本書となる(2020.05.20)

2020年4月18日 (土)

04/18 【読】「シュテンプケ氏の鼻行類ー分析と試論ー考察・資料ー(カール・D.S.ゲーステ、今泉みね子訳、思索社)」

「シュテンプケ氏の鼻行類ー分析と試論ー考察・資料ー(カール・D.S.ゲーステ、今泉みね子訳、思索社)」


 1961年、ドイツで出版され、大きな話題を呼んだ「鼻行類(ハラルト・シュテンプケ著」。フランス語・英語・日本語に翻訳され、愛書家らによって現在もしばしば話題に上る名著である。ちょうど一か月前の「読」の記事で「アフターマン」「平行植物」とならぶ「生物系三大奇書」と書いたのが記憶に新しい。「鼻行類」は本来生物学のパロディーとして著されたものなのだが、本家ドイツにおいては「パロディー」の明示がなされなかったことから学術書と勘違いする人が続出したようである。本書に記された「アメリカ軍による核実験(架空)」への批判、学術書としての記載不備や、生物上の分類の不確かさへの指摘など、当時はかなり物議をかもしたらしい。本書はそんな「鼻行類」の解説本・副読本として1988年に出版されたもの。「鼻行類」および学問に対するパロディーの是非を問うた「考察」の章、そして「鼻行類」の本当の作者であるG・シュタイナー氏へのインタビューやシュタイナー氏のもとに送られてきた様々な批判・書簡を紹介した「資料」の章のふたつの章から成り立っている。邦訳版は1989年刊行。仕事が早い。


 いまでこそ社会的に認知され、一つの「表現」として許容されている「パロディー」だが、当時は「パロディー」を受け入れる寛容さに乏しかったらしい。内容を真に受ける人、学術書の体を成していないと批判する人、あるいは学問への冒涜と受け取る人、著者であるG・シュタイナー氏には様々な批判が寄せられたようである。シュタイナー氏はそれら批判に対し丁寧に、真摯に回答していたようで、本書にはそれら批判と、回答の書簡もいくつか収録している。ただし、激しい論戦になることはまれで、多くの場合回答に対する批判者の返答はなし、「鼻行類」に対する理解がなされたか、それとも回答が黙殺されたのかはよくわかっていない。本書には、「鼻行類」発刊に至るまでにシュタイナー氏が様々思案した空想の生物のイラスト、あるいは「鼻行類」で使われている様々な言葉遊び、オマージュの元ネタも紹介されている。特に「鼻行類」の用語にはドイツ・バイエルン地方の方言や、フランスとスペインの間にあって地理的にも文化的にも言語的にも周囲から隔絶されているバスク地方の言語が多用されていて、分かっている人ならば「ニヤリ」としてしまう用語ばかり。このあたりの遊び感覚がなかなか理解されなかったというのが「鼻行類」最大の不幸といってよいだろう。


 ちなみに亭主、「鼻行類」の副読本たる本書を大学時代に購入していたが、積読にしたまま大学卒業時に処分していた。今回はネット経由で古本屋から購入したが、やはり相当ヤレがきており、時代の経過をひしと感じさせた。「鼻行類」そのものは現在も平凡社ライブラリーとして刊行されている。「生物系三大奇書」をさらに楽しく読むためのサブテキストとして、本書もまたぜひ平凡社ライブラリーより刊行されてほしいものだ。(2020.04.18)

2020年4月 8日 (水)

04/08 【読】「電気グルーヴのSound & Recording ~PRODUCTION INTERVIEWS 1992-2019 (リットーミュージック・ムック)」

「電気グルーヴのSound & Recording ~PRODUCTION INTERVIEWS 1992-2019 (リットーミュージック・ムック)」

 ピエール瀧のコカイン使用事件で活動を休止、Ki/oon SONYとの契約を解除した電気グルーヴ。2019年10月にマネジメントをmacht inc.へと移し、11月にはファンクラブ設立、オンラインを中心にグッズ販売を展開している。新型コロナウィルスが猛威を振るう中、フジロックへの出演が決定するなど本格始動を果たした彼らの30年の軌跡を、ディスコグラフィでつづったのが本書となる。リットーミュージックのSound & Recording(サンレコ)誌に掲載されたインタビュー記事+新たに取材した記事による、まるまる一冊電気グルーヴ本。2020年2月刊。

 コカイン騒動を発端に、徹底的な自粛に追い込まれた電気の二人。影響はピエール瀧にとどまらず、石野卓球の個人活動にも及んだことは記憶に新しい。店頭からの商品(CD, DVD)引き上げ、ライブの中止など誰がどう空気を読んだかわからない自粛の中で、音楽誌は彼らを積極的にサポートしていた。今回のムック本もそんなサポートの一環。うやむやになってしまった電気結成30周年を記念して刊行された本書には、 メジャーデビュー後最初のアルバムとなる"Flash Papa"から最新作「三十」まで、すべてのインタビュー記事が網羅されている。サンレコ誌らしく話題の中心は録音機材やスタジオ、そしてシンセサイザー。彼らがどのような環境でアルバム制作にあたり、またどのような工夫を込めてきたかがテクニカルに語られている。おっと、取り上げられる作品はいずれも「オリジナルアルバム」で、いわゆるリミックスやライブ盤、ベスト盤は内容から外れている。クリエータに向けた雑誌作りを心掛けるサンレコ誌らしい構成となっている。

 本書中には二人(+砂原良徳)の若い頃の姿も見られるが、カバーページ他多くのページに「現在の二人」の写真が掲載されている。おっさんを通り越して「初老」となった二人(といいつつ亭主も初老である)の姿に、往年のベテランアーティストの風格が漂い、何とも言えないいい味を出している。(2020.04.08)

2020年3月18日 (水)

03/18 【読】「平行植物(レオ・レオーニ・著、宮本淳・訳、工作舎)」

「平行植物(レオ・レオーニ、工作舎)」

 1910年オランダ・アムステルダム生まれ、第2次大戦時にアメリカに亡命し、以降は絵本作家、彫刻家として活動したレオ・レオーニの代表作。ライフワークである空想上の植物についてまとめた「平行植物」は1976年に上梓、日本では1980年に工作舎より邦訳版が出版された。2017年には新装版の第3刷が発行されており、時代を越え長く読み継がれている。なお、レオ・レオーニ自身は1999年に亡くなっている。

 現在の「植物」とは全く異なる生命形態を持つ生物「平行植物」の生態を、学術書として著したのが本書。好事家には「アフターマン」「鼻行類」などとならんで、「生物系三大奇書」などと呼ばれている。「アフターマン」がサイエンス・フィクション、「鼻行類」が生物学のパロディーだとしたら、「平行植物」は仮想の生物を扱う幻想文学と呼ぶのが正しいかもしれない。地球上に広く分布するものの、長らくその存在が疑問視されてきた「平行植物」。半透明でキノコ類にも似たユーモラスな形状、写真に写らず、採取しようとするとぼろぼろと崩れてしまう奇妙な生命系統は、さまざまな形・手段をもって人類の長い歴史に登場してきたという。本書はいわゆる「植物図鑑」ではなく、「平行植物」と人類との長い歴史を刻んだ人類学・民俗学の本である。もちろん本書につづられた人類の歴史は、地名・人名・参考文献・学術団体に至るまで全てが架空である。そのあたりを踏まえ、まるでもう一つの地球をのぞき込むような気持ちで読むのが正しい読み方、細かく読めば読むほど架空の世界に対する理解が深まるが、一方で、現実世界となんら共通点がないことはあえて肝に銘じるべきであろう。これはレオ・レオーニがコツコツ積み上げてきた幻想世界なのだ。

 本書には「平行植物」として「オカシシ」「ウミヘラモ」「タダノトッキ」(およびその亜種)「クモデ」「フシギネ」「森の角砂糖バサミ」「カラツボ」「グンバイジュ」「キマグレダケ」「アリジゴク」「マネモネ」「メデタシ」「キチガイウワバミ」「ツキノヒカリバナ」「夢見の杖」「ユビナリソウ」などなどが登場する。なんとも人を食った名前・学名があるのは、日本語訳者の命名だろう。このあたりのセンスの良しあしは、正直亭主にはよくわからない(というか亭主には学術的な香りが全くしないためリアリティが著しく損なわれているように思う)。個人的には鼻行類のリアリティに強く惹かれているせいか、本書のもつユーモアのセンスを楽しむのに少し時間がかかった。(2020.03.18)

2020年1月22日 (水)

01/22 【読】「細野観光1969-2019(細野晴臣、朝日新聞出版)」

「細野観光1969-2019(細野晴臣、朝日新聞出版)」


 2019年10月~11月に六本木ヒルズで開催された記念展示「細野観光1969-2019」のオフィシャルガイドブック。音楽家・細野晴臣のデビュー50周年を記念し、細野さんのこれまでの音楽遍歴を膨大なディスコグラフィーや様々な資料、思い出の品々で振り返るイベントを書籍としてまとめたのが本書となる。イベントでの展示内容に加え、坂本龍一、高橋幸宏、星野源、水原希子らのお祝い(?)コメント、細野さんの様々な著書からの発言を追加して、肩肘張らずに読めるムック本に仕上げている。


 1969年にGSバンド「ザ・フローラル」のメンバーとしてメジャーデビューして以降、様々な形態で音楽活動を続けてきた細野さん。日本語ロック、テクノ・ポップ、アンビエントなどの分野でシーンを牽引したその功績は、YMOチルドレンなど多くのフォロワー、後継者に恵まれつつ現在も音楽世界の深層海流(表層でないことに注意)としてシーンに大きな影響を及ぼしている。ただし、その流れの中心に居るはずの細野さんはといえば、常に泰然自若、独自路線を突き進んでいる。さながら仙人のようである。


 多くの人から慕われ、また多くの人と関わりつつ常に独自の音楽活動に取り組む細野さんを見るにつけ、亭主などは「振り返り」など果たして必要か、まだまだこれからではないかと思ったりする。そういえば細野さんの音楽遍歴は様々な時期に「アーカイブ」「ボックスセット」などと称してアルバムにまとめられているが、どれもこれもVol.1で終わっていて、Vol.2以降に続いた試しがない。細野さん自身、まとめることにあまりこだわりがないのかもしれない。


 本書は基本的に「読む」よりも「眺める」タイプの本。ぱらぱらとページをめくりつつ、気になったところを読んでみたり、またディスコグラフィのジャケット・アートを眺めたりするだけで十分に楽しめる。特に1988年のアルバムomni Sight Seeing以降の活動は、メジャー・シーンから遠ざかっていた時期だけにファンにとっては追っかけきれていない部分もあるだろう(亭主も取りこぼしが少しだけあった)。デビュー50年の軌跡をあらためて確認するとともに、細野さんの新たな魅力を再発見する、そんな読書になれば素敵だろう。(2020.01.22)

2020年1月 9日 (木)

01/09 【読】「80年代音楽解体新書(スージー鈴木、彩流社)」

「80年代音楽解体新書(スージー鈴木、彩流社)」


 熱烈なポップスファンで知られる音楽評論家・スージー鈴木氏が、1980年代の日本ポップスの構造を徹底的に解体、その魅力を分析した書。80年代音楽サイト「リマインダー」で連載していた全46回に、ライブトーク2編を追加、修正したものが本書となる。大瀧詠一、山下達郎、荒井由実といったニューミュージック世代から、アイドル歌謡、日本のロック・バンド、そして現在のJ−Popにまで連なるヒット曲を網羅的に解説する。


 亭主はBS12(トゥエルビ)で日曜夜21時から放送中の「ザ・カセットテープ・ミュージック」で本書を知った。「ザ・カセットテープ〜」はMCであるマキタスポーツ氏とスージー氏が毎回テーマを決めて音楽の魅力を語る番組。その番組を充分に楽しみ、また内容を理解するためのサブテキストが本書であると理解している。この番組のおもしろさは、それはもう実際に見てもらうのが一番である。マキタスポーツとスージー鈴木の掛け合いの楽しさ、女性アシスタント(ほとんど80年代ポップスを知らない)の反応のおもしろさ、また怒濤のごとき蘊蓄の数々に、亭主はまんまと引きずり込まれている。本書を読んでいると、補足のためにYoutube動画へのアドレスが示されている。音楽サイト上ならば動画へのリンクですませられるが、単行本で動画をいちいち参照するのは結構めんどうである。そんなときは「ザ・カセットテープ・ミュージック」を見ればよい。ただし、過去の放送回は見られないのが残念である。隔週で再放送を行っているようなので、次回の放送を狙うしかない。


 番組は、マキタ氏とスージー氏の掛け合いで進行するが、本書はスージー氏の独壇場。青春時代の思い出が赤裸々に語られる、ある種のエッセイでもある。亭主はスージー氏と世代がほぼ似ているため、80年代以降の音楽の潮流もまたよく知っているし、当時流行した曲は本当に日本国民全員がソラで歌えるほどに人々の記憶に残っている。単行本からは活字しか見えないが、亭主のような同世代の人間が読めばあら不思議、イントロもサビも全部脳内演奏されてしまう。時代の音楽とともに過ごす読書タイム、これほどお得で、心沸き立つ読書タイムがこれまでにあっただろうか。


 なおスージー氏はほかにもチェッカーズ評のほか8冊の著作があり、本書は9冊目であるという。ヒット曲の構造を解体し、その魅力を分析する氏独自のアプローチ、音楽のエモーションと音楽理論とを結びつけた独自の音楽評論に今後も注目していきたい。(2020.01.09)

2019年12月18日 (水)

12/18 【読】 「蜜蜂と遠雷(恩田陸、幻冬舎)」

「蜜蜂と遠雷(恩田陸、幻冬舎)」

 2017年本屋大賞、直木賞受賞作品。最近映画化もされた恩田陸の話題作「蜜蜂と遠雷」を読了した。3年毎に開催される国際ピアノコンクールにエントリした4人の天才を主人公に、才能と運命に翻弄されるピアニストたちの生き様を描いている。


 舞台は、静岡県の地方都市。楽器製造メーカを要するこの町(おそらく浜松市がモデル)に、世界各地での予選を勝ち抜いた若き才能たちが集う。ジュリアード音楽院に通い優勝候補と評されるマサル・C・レヴィ・アナトール、音大出身で年齢制限ぎりぎりの28歳にして優勝をねらう高島明石、天才少女と評されつつも心身喪失から長らくピアノから遠ざかっていた栄伝亜夜、そして養蜂家の父とともにフランス各地を転々とするピアノを持たない少年・風間塵。それぞれに音楽と浅からぬ縁を持ち、それぞれにコンクール優勝の理由を持つ彼らが、第1次・第2次・第3次予選、そして本戦へと勝ち抜いていく。


 なかでも本作のトリック・スターは、弱冠16歳にして天才的な耳と感性、そして演奏能力を持つ風間塵だ。世界的音楽家で多くの演奏家を育てたことで知られるユウジ・フォン・ホフマン(故人)が直々に指導したとされる塵は、生前のホフマンの推薦によってコンクールに参加したが、ホフマンを尊敬し、神格化すら厭わない彼の弟子たちの強烈な拒否反応(おそらく嫉妬)によって批判の種となってしまう。だが、塵の型にはまらない奔放な演奏、奇跡ともいうべき表現力に人々は徐々に塵の虜となっていく。故ホフマンにして「ギフト」と呼ばれる風間を台風の目に、サバイバル・ゲームよろしくプログラムが進行する。


 第一印象は「コミックを意識した物語」。登場人物のキャラ立ちの良さ、サバイバル・ゲーム的なストーリ、またビジュアル的な音楽表現などなどそのどれもがコミック的で、読んでいて常にビジュアルがつきまとった。昨今の音楽コミック「のだめカンタービレ」や「ブルージャイアント」では、感動を呼び起こす音楽のパワーを「主人公が行使しうる特殊な力」として表現する。塵をはじめとする主人公たちの才能もまた「特殊な力」であり、非常にコミック的である。直木賞はともかく、本屋大賞に選ばれる理由がなんとなく伺い知れる。


 もちろん、「コミックを意識した物語」だけが本書の魅力ではない。今日日ピアニストを華やかな職業と思う人は(スポーツ界や芸能界が一強多弱であることを知っていれば)まさかいないとは思うが、子供の頃から天才・神童などとほめそやされ、音楽一筋に生きてきた人々が代々作り上げてきた(世界規模の)コミュニティを想像するのは難しいだろう。ところが、そんな息の詰まるようなコミュニティのなかで、塵だけは唯一自由奔放、自在に動き回る。演奏も自由だが、その行動、興味の範囲なども実に自由で、作品全体に涼やかな風とダイナミズムを感じさせてくれる。


 そしてトリック・スターの名に恥じない彼の自由さが、コンサートの行く末を握っていることは言うまでもない。


2019年11月11日 (月)

11/11 【読】「三体(劉慈欣、早川書房)」

「三体(劉慈欣、早川書房)」


 中国、山西省生まれ。2006年に中国のSF雑誌「科幻世界」に「三体」を発表し爆発的な人気を得る。2014年に英訳版を刊行、2015年にアジア人初となるヒューゴー賞を受賞するなど世界的にも評価の高い劉慈欣氏の話題作がついに日本語化された。なお、中国では続編である「黒暗森林」「死神永生」が3部作として刊行されていて、オバマ元大統領も第1部を愛読、第2部以降の英訳化を熱望しているという。日本では2019年7月の初版が1週間で第9刷となるなどSF作品としては異例の大ヒットとなっている。


 主人公は、中国のエリート科学者・葉文潔。父親を文化大革命で惨殺され、自身もまた当局から監視される日々を送っていた彼女は、軍関係者と思しき人物によって謎に包まれた軍事基地への就職を誘われる。自らの不遇に絶望しつも有能な物理学者であった彼女は、軍事基地で巨大なパラボラアンテナを稼働するチームに参加、みる間に頭角を現す。だが、巨大なパラボラアンテナの用途は依然として不明、レーザー兵器とも、電磁波兵器などとも呼ばれつつアンテナを向けるその先にあるものとは。


 ーーーと、まずは本書の冒頭部分をざっくり書き下してみたが、本書の面白さをなかなか表現し切れていないのが正直つらい。文化大革命の時代から現代へ、世界の有り様も、技術も変遷していくなか、「中国」という巨大国家の内側で、様々な人々が「三体」と呼ばれるプロジェクトに翻弄される。天体力学における「三体問題」に由来する「三体」の全貌が徐々に明らかとなる様、その面白さをどうやって説明したらよいのだろう。


 「三体」の面白さを実際に経験してもらう為には、やはり本書を読んでもらうしかないのだけれど、内容に触れない範囲で本書の面白さをいくつか述べてみる。


 まず一つ目。


 本書舞台である中国の独自の政治体制、価値観、あるいは政府という大きな枠組みの中で発展していく科学技術の面白さ。中国の人間でなければなかなか想像できない不自由さ、閉塞感のなか、独自の発展を遂げていく科学技術に、西欧の科学との「パラレル・ワールド」を見て取れる。当局の目をかいくぐり、なんとか研究を続けようとする研究者たち。中国の国力増加と結びつけられ、政府から支給される莫大な開発予算。そして西洋人には思いもつかない研究開発のアプローチ。そのどれもが読み手に新鮮な感覚(とパラレルワールド的な違和感)を与えてくれる。


 二つ目。


 現代の科学技術とSF的なガジェットとを緻密に接合する疑似的なリアリティの面白さ。従来SF作品にみられる技術の大幅な飛躍を用いることなく、既存の科学技術を少しづつ外挿することで壮大な物語へと仕上げている。と、同時に、ストーリを彩る思想・政治・宗教・環境などに関するリアルなエピソードが本書をしっかりと現実世界へとつなぎ止めている。あまりネタ晴らしをしてはいけないが、物語は終わりに近づくにつれどんどんと拡大していく。と同時に、技術の飛躍の度合いもまた指数関数的に広がっていく。この飛躍の度合いがまた痛快である。どこかの書評で、本書が「トンデモ小説」だと書いているのを見たが、「トンデモ」などとはとんでもない。本書はリアルな中国世界を舞台としたハードSFだ。ただ、外挿による飛躍がとんでもない範囲にまで拡大して、我々の想像を遙かに越えていくにすぎない。我々読者はその拡大する世界を前に、ただただなす統べなく立ち尽くすしかない。


 なお第2部「黒暗森林」は日本語訳が2020年に発売予定とのこと。さらにボリュームを増した続巻にも期待したい。(2019.11.11)

2019年10月17日 (木)

10/17 【読】「つげ義春 夢と旅の世界(つげ義春、山下裕二、戌井昭人、東村アキコ、新潮社)」

「つげ義春 夢と旅の世界(つげ義春、山下裕二、戌井昭人、東村アキコ、新潮社)」

 1960~70年代、月刊漫画誌「ガロ」に発表した作品が話題を呼び、「つげブーム」なるムーブメントの中心となった漫画家・つげ義春の作品世界を、美術史家の山下、作家の戌井、漫画家の東村らが徹底解説したムック本。2014年刊、2017年までに三刷を数える。

 全160ページのほとんどがカラー印刷、つげ氏の漫画原稿がそのまま掲載されるなど、これまでの漫画全集や解説書とは趣を異にした、ある種の「ファンブック」に仕上がっているあたりが面白い。タイトルにある通り、本書は「夢」の部と「旅」の部の2部構成となっており、それぞれのテーマに沿った漫画やインタビュー記事、年表、写真などの記事が構成されている。特筆すべきはそれぞれの記事に、積極的につげ氏が登場している点。かつてはメディアへの露出を避けていたつげ氏が本書の構成に積極的に携わっている点は亭主のようなファンからすれば非常にうれしい話だ。

 本書で掲載されている漫画は「ねじ式」「外のふくらみ」「紅い花」「ゲンセンカン主人」の4編だが、コマやページの抜粋という点ではもうほんとうにあらゆる作品が登場し、しかもそのほとんどすべてが「原画」である。細部まで徹底的に書き込まれた風景画、大胆な構図、そして斬新な作画テクニック。かつて漫画家志望だった頃の亭主がこれを見たなら、もう本当に食い入るように細部まで見入ったことだろう。今は漫画家への興味が薄れているが、それでも美しい原稿を心ゆくまで楽しめることはなによりの癒しである。

 ファンならばもちろん絶対購入の一冊。価格も1800円と装丁の美麗さを考えれば非常に良心的である(2019.10.17)

 

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