雑談

2019年10月27日 (日)

10/27 CDと音楽業界とオーディオの将来を妄想する

奥田民生「CDはなくなるでしょうね」YouTuberとして活動する理由語る(マイナビニュース)

そのうち埋もれてしまうと思うが、一応クリップしておく。

実際亭主も、CDは購入しても聞くのはだいたいリッピングしたデジタルデータだったりするので、CDが早晩なくなるだろう、という意見にはおおむね同意する(亭主が望むと望まざるとにかかわらずだ)。しかしこれは、CDの終焉、というよりは、CDをメディアとしたビジネススキームが成り立たなくなるということを意味しているわけで、音楽は依然としてメディアの上にあって、作り手も聴き手もそのメディアを介して音楽を楽しむということでもある。

メディアがCDではなく、たとえばYoutubeやハイレゾ音源のサイトとなるというのは、近未来のビジョンとして容易に想像可能である。おそらく5Gが普及し、大容量データが高速にやりとりできるようになったら、音楽データは常にサーバ側、配信側にあって、聴き手は聴きたい音楽を聴きたいときにサーバからストリーミングで聴くことになるだろう。A面/B面、アルバム/シングルという単位は存在せず、音楽の単位は「曲」と「プレイリスト」になる(実はすでにそうなっている)。聴き手は「曲」を選ぶか、配信側が自動的にアレンジした「プレイリスト」を聴くことになる(すでにそうだ)。亭主が期待したいのは「プレイリスト」を自動作成する際のバリエーションで、いわゆるアーティストやレーベルといった単位だけでなく、ベストアルバム、コンピレーション、アンソロジー、気分に合わせた音楽、過去に聴いた曲、マイベストなど、聴き手の様々なニーズにこたえてくれることを期待している。GoogleやAmazonならばできることだろう。

CDはメディアの主力から外れるだろうが、クラシックやジャズ、また往年のロックなどではこれからも現役であり続けるだろう。新しいタイトルは出ないかもしれないが、レコード会社に存在する無尽蔵の音源データは、再販という形で何度でもユーザに提供され続けるだろう。店舗の数は激減するが、衰退を免れたアナログや、アーティストグッズ販売、インストアライブなどを組み合わせることで生き残る店舗もあるだろう。ただし、すべての音楽がCD(あるいはアナログやカセットなどのパッケージメディア)となる時代はもう来ないだろう。

アーティストは(リンク先の奥田民生のように)Youtubeなどを拠点に活動するか、Soundcloudなどの音楽配信サイトやレーベルが立ち上げたサイトで音楽を発表することになるだろう。ただし利益を確保するためには、より大きなサイト、人の集まるサイトで活動する必要がある。ライブやアーティストグッズなどと組み合わせたビジネスモデルとなるが、もはやレコード会社はその中には必須ではない(アーティストをマネジメントする会社は必要だろうが)。1980~2000年頃まで続いた「音楽」というビッグ・ビジネスはどんどん衰退し、小規模かつニッチなものとなると予想している。利益がシュリンクするなかでレコード会社のような巨大組織を維持させるのはかなり難しく、レコード会社もまたクラシックやジャズといった分野を中心として事業規模を限定することになるだろう。

最後に音楽を再生する手段、オーディオに関しては、レガシイとしてのCDプレーヤは残るものの、主力はPCオーディオ(PCからの音楽データをアンプに送る)、ネットワークオーディオ(NASなどに保存されている音楽データをアンプに送る)に移る(すでにそれがあたりまえになっている)。もう一つ、レコード会社や音楽配信業者のサイトからネットワーク経由で直接音楽をアンプに送るオーディオ機器も登場するだろう。オーディオというのはなかなか特異な分野で、世の中がデジタル化、小型化に動くと、コイルのように逆起電力が働きアナログプレーヤや真空管アンプの人気が再燃する。デジタルだが、真空管やオーディオ用コンデンサの特性をシミュレーションした「真空管アンプエミュレータ」が登場するかもしれない。最近のスピーカはどれもこれも性能が良いかわりに個性に乏しいので、未来のスピーカもまた個性に乏しいものばかりを想像してしまう。いっそスピーカだけはどんどん個性化していってほしい。マーチンローガンやマグネパン、ラウザーやJBLなど個性的な方式、デザインのものが百花繚乱していってくれることを期待している。

なんでもかんでもデジタル化され、高効率かつ小型化されていくなかで、スピーカくらいは羽目を外していってほしいものだ。

2019年10月10日 (木)

10/10 「日々進捗」の意味

亭主がときどき(というか頻繁に)「進捗」について記事を書くのには理由がある。

もちろん「どむや」に来ていただいている読者が、「進捗」に関心がないのは知っている。そもそも何を書いているのかさっぱりわからないだろうし、もし何を書いているか分かったとしても、大した情報でもない。いわば、「まったく読むだけの無駄な記事」である。

だが、亭主たち世代は、かつてこのような「進捗」を当たり前のように見ていたことがある。

家族で出かけた食堂で、メニューを注文した後に見る漫画雑誌。

旅行先で買ってもらった漫画雑誌。

あの時、わくわくして開いた雑誌の中には、「進捗」のような漫画が常に掲載されていたはずだ。

そもそも子供が、週刊の漫画雑誌を毎号読めることはまれである。本屋の子だとか、あるいは親が毎号買ってくるならば話は別だが、多くの場合子供は漫画雑誌を偶然に手にする。雑誌には、毎回一話完結で楽しめる漫画と、毎号読まなければ意味の分からない漫画があって、多くの場合一話完結の漫画は「ギャグマンガ」、毎号読まなければ意味が分からない漫画は「ストーリーマンガ」と呼ばれていたはずだ。ギャグの反対はシリアスなのかもしれないが、とにかく「ギャグ」と「ストーリー」が一対となっていた。

子供はまず「ギャグマンガ」を読む。何回か繰り返し読んで、読むのに飽きたりすると「ストーリーマンガ」を試しに読んでみるのだが意味が全く分からない。その号のストーリーマンガを楽しんだとして、次回その続きを読める保証はない。ストーリーマンガを楽しめるのは、毎号雑誌を買えるオトナか、本屋などで立ち読みができる大学生、高校生に限られる。

亭主の「進捗」はストーリーマンガだ。それだけ読んでも意味が分からないし、そもそも面白いとも思えない。だが、そんな境遇にあってもストーリーマンガは依然として漫画雑誌の主軸にある。

2019年9月20日 (金)

09/20 日々雑感

亭主が所属する部署で飲み会があって、普段なかなか話す機会のない隣の職場の若手と話をする機会があった。

このブログにもときどき登場するHさんも話に加わり、映画の話だのアニメの話だの、音楽の話だのワイワイやっていたのだが、亭主がYMO好きだという話になって、それまで会話に入っていた若手がふと会話を遮り、

「すいませんYMOってなんですか」

と聴いてきたのに衝撃を受けた。坂本龍一って知ってるよね、彼が昔やってた3人組のバンドだよと説明してああそうなんですかと理解してもらえたが、そうかYMOはもはや世代共通の話題ではないのだと改めて気づかされた。

Hさんもオーディオを嗜む(正確にはオーディオビジュアルである)ので、自然とオーディオの話題になる。マークレビンソンはオーディオ機器のブランドであるとあえて注釈を入れないと会話が成立しない。いや、オーディオはもともとマイナーな趣味であるし、マークレビンソンがアーティストの名前だと誤解されても仕方ないのだけれど、若い世代と会話する際には配慮が必要である。こちらに気を使って傾聴してくれていても実は内容を理解していないことは大いにある。

会社には、会社の中だけで通じる共通言語がある。社会に出れば様々な人がいて、その人それぞれに知っていること、知らないことがある。

しかしかつて世間に広く知られていたことが、今も知られている保証はない。それが、かつて多くの人々が熱狂したジャンルであったとしても、だ。土地が時代を重ねて地層を成すように、知識や常識も時代を重ねて地層となる。亭主の生きる時代もまた地層となって、誰からも理解されなくなる時が来る。望むと望まざるとに関わらずだ。

2019年8月 5日 (月)

08/05 日々雑感

お茶の水のDisk Unionが新装開店したというので、出張帰りに覗いてきた。


最近はもっぱらAmazonとタワーレコードばかりを利用していて攻撃的な買い物ができていないと反省しきりの亭主ではあるが、Disk Unionでは久々にレコードコレクターの血が騒ぎ、売場の棚のCDをかぶりつきでチェックしていたのだった。


欲しいCDも何枚か見つかった。ただ・・・以前リリースされたタイトルで買い逃したものばかりで、いまいち心が前向きでない。一念発起して亭主がこれまであえて避けてきたSigur Rosの2ndと、Steve Jansenの新ユニットExit Northの1stを購入した。音楽に関してはすっかりコンサバになってしまった亭主ではあるが、これをきっかけにいろいろと新しい分野にも食指をのばしていきたいと思っている。


Sigur Rosを避けていた理由は、正直よくわからない。シューゲイザー系の音楽はけして嫌いではないが、一部に有名すぎることから(有名どころをあえて避けるという)マニアにはありがちな偏屈さが出てしまったのかもしれない。


2019年6月 2日 (日)

06/02 日々雑感

部屋の荷物整理をしようとニトリでしばらく悩んだが、結局何も買ってこなかった。

収納用品をいくら買っても、荷物の整理にはならないのではないかと思ったのがその理由だ。

亭主同様、妻も「片づけられない人間」であるが、亭主と妻では基本的な部分で考え方が異なる。妻は「片づけてしまうと場所がわからなくなり結局同じものをまた買ってしまう」タイプの人間であり、物品管理が苦手である。このような場合、「片づけずに手の届く場所に綺麗にレイアウトする」のが正解らしい。

一方亭主は「物品管理をしっかりしたい」タイプの人間である。したがって「片づけているものは物品管理ができているもの」であり「片づけていないものは亭主の人生に不要だが、当座置いておかないと生活に困るもの」つまり「その他」なのである。このような場合、「その他」をどこかにストックしておく必要があって、時々ストックを覗いて要/不要をより分けることになる。残念なことに亭主の人生においては「その他」の部分が圧倒的に多い。その他だからといって無下に切り捨てることができない、それが世の中というものである。

亭主には「その他」をどんどん入れている箱(通称「パンドラボックス」)があって、その箱の「その他」っぷりといったらもうどうしようもないくらい「その他」なのだが、いつの間にか「その他」になっている箱というのがもう一つ、部屋から見つかった。

その箱とは、オーディオやPCなどの雑多な小物を入れていた箱である。

RCAケーブル、ピンコネクタ、携帯の充電器、RGBケーブル、D端子ケーブル・・・かつては第一線で活躍していたはずの小物たちが、時代の移り変わりとともに不要となっていることに気が付いて、ニトリから戻って1時間ほどは、この箱とひたすら格闘していた。Bluetoothのキーボードが2台見つかったため、捨てた。3mの光ケーブルが見つかったのでこれも捨てた。どんな経緯で作ったか忘れてしまった特注品のデジタルケーブルはとりあえずキープ。これまた特注品らしいRCAケーブルが見つかったので、これは20年選手となっていたピンケーブル(カセットデッキとプリアンプをつないでいる)と交換した。SATAのDVD-Rドライブが見つかったのでこれも捨てた。ガラケーとスマホ合計4台(うちスマホ1台は妻のもの)は処分のタイミングを逸してしまった。妻のものはとっておくとして、その他は捨ててもよいかもしれない。

ごちゃっとしていた箱の中がずいぶん見通し良くなったので、とりあえずこれで終わりとしたが、もう少し冷静に見れば捨てられそうなものはさらにありそうだ。

それにしても特注品らしいRCAケーブルの素性がわからない。銀線を使っていてそれなりに高級そうだが亭主の記憶からすっぽり抜け落ちている。物品管理を身上としている亭主には実に珍しい事例。

2019年5月 7日 (火)

05/06 日々雑感

GWが終わった。

各段コメントはない。世間がいうところの史上最長の10連休はほぼほぼ自宅に居た。

今年も家庭菜園を作ろうと連休初日にプランターを持ち上げ、腰を痛めてしまった。ぎっくり腰ではないが、腰に違和感があり、これをかばっていたら太ももの方まで痛みが広がった。以降痛みは治まったものの右足に力が入らず、ほぼ10日間、えっちらおっちら年寄りのように歩いていた。

連休前の疲労がたまっていたのだろうか、急に体の自由が利かなくなり強制的にスリープ状態となること数度。体は寝ているが意識ははっきりしており、自分のいびきが聞こえる。現象としては面白いがあまりうれしい話でもない。健康的にもあまりよくない状態のような気がする。

家庭菜園の手入れをしたり、家の周りにある様々な不用品を市の清掃センターに搬入したりと、普段できないことはしっかりできた。一方で休みをしっかり休めたかは自信がない。オーディオや読書や音楽鑑賞に取り組んだ連休でもなかった(おっとオーディオはケーブル整理をしたっけ)。せいぜい愛犬たちとしっかりスキンシップできたことが成果と言えば成果だろうか。

まあそんなこんなのGWなので特にコメントはない。

右足に力が入らないのだけはなんとかしたい。このままだと走ることすらおぼつかない。

 

2019年5月 4日 (土)

05/04 日々雑感

GWである。

このブログを日々の記録とするならば毎日の亭主の行動をつぶさに報告すべきなのだろうが、あいにく大したことはしていないため、報告すべきことも特にない。というか、報告して面白いことがあるならば率先して報告しているはずだ。

昨日、時間を見て水戸赤塚のワンダーレックス(旧ハードオフ)と水戸の川又書店に行ってきた。

何を買う、というわけではなく、店頭に並べられた品物から刺激を受けることが目的だ。

日々変わり映えしない生活をしていると、すべてが退屈で、ありふれたものに見えてくる。新しいコトを起こすことが億劫に思えてくる。そんなときは外に出て、新しい情報を仕入れるのが良い。興味のないことに無理やり興味を持つ必要はない。これまで慣れ親しんだこと、気軽に興味が持てることが良い。亭主の場合、本やCD、オーディオがそれにあたる。

店頭に並ぶ中古オーディオを見ていると(大したものが並んでいるわけではないことはさておいて)様々な思いが心の中に湧き上がってくる。最近亭主の中では沈滞ムードのオーディオであるが、あんなことがしたい、こんなことがしたいという気持ちがあれやこれやと思いつく。SACDプレーヤが売られているのを見ると、安いSACDプレーヤでYMOのリマスタリング盤が聴きたいと思う。DALIの普及版ブックシェルフを見ていたら、現在PCオーディオで使っているAuratone QC-66をメインシステムに移設して、PCには代わりとして小粋なブックシェルフを置きたいと思う。オーディオに大きく投資できるならばそれも良いが、ちょっとした出費で新しい機器を導入し、手軽に楽しむのでも充分だ。

翌日家事の合間を見つけて、オーディオラックの背面にあるオーディオケーブルをすべて抜き、ホコリなどを良く拭いてつなぎ直してみた。音が良くなったかはよくわからない。以前は埃っぽかったラックの裏がこざっぱりとして、オーディオを楽しんでいる気分になった(本格的にやるならば接点磨きやケーブルの被覆剥きなどやってもよかっただろう)。これだけ楽しめて出費はゼロ円、しかもラック裏がきれいに整理されたのだから、良いコト尽くしだ。

昨日の話に戻る。

ワンダーレックスでオーディオ方向に刺激を受けた次は、書店である。

川又書店では2冊ほど購入した。書名はおいおいレビューなどで報告していく(つまり買ったのは漫画や雑誌、技術書などではない)。こちらも書店の売り場を眺めていると様々にインスピレーションが湧いてきて、あれも読みたい、これも読みたいという気持ちになった。ただ亭主には悪い癖があって、ある作家やジャンルの作品を集中して読み込んでいると突如その作家や、ジャンルに飽きてしまうのだ。いわゆる「おなかいっぱい」というやつ、作品のパターンがある程度読めてしまったり、あるいはたいして得られるものがないと思ってしまった瞬間、(以降の作品も似たか寄ったかであろうと勝手に見切りをつけ)興味を失ってしまうのだ。これまでSFやミステリ、戯曲集、日本史の解説書などでこの気分を味わっている。いや実際は読みたい気持ちがないわけではない。ただ日常生活で読書の時間が限られている中、新鮮な驚きと知識が得られる本はSFやミステリ以外にもたくさんあるのではないかと考えてしまう。

今回購入した2冊は、そういった亭主の飽きっぽさから少し趣を変えた、しかし気軽に興味の持てる2冊である。

 

2019年5月 1日 (水)

05/01 日々雑感

平成が終わり、令和が幕を開けた。

世間はざわざわと騒がしく、テレビは朝から新天皇の即位を寿ぐ番組を繰り返し放送している。

ゴールデンウィークが10連休となったそもそもの発端が新天皇の即位であることを考えれば、こういうイベントが組み込まれた連休、ということなのだろう。どこかに出かけても良いし、自宅でテレビを眺めても良い。もちろん改元にかこつけた様々なイベントに参加しても良い。亭主はといえば近所のスーパーで無料で配られるという紅白饅頭を目当てに、買い物を数度に分けてそのたびに饅頭をゲットしたりしていた。いちおう言っておくが妻の指示である。もし亭主が独身だったならまったく別の行動に出ていたはずだ。

このスーパーでは、チェーン全体で無料の紅白饅頭を16000個配ったそうである。メーカはヤマザキ、意外にも粒あんであった。早速一つ食べてみたが美味い。粒あんが食感の良さを引き立てていてお茶はもちろんコーヒーにも合う。これが無料で食べられるというのだからお祭り騒ぎも悪くない。

午後はケーズデンキに出かけ、プリンタのインクを買った。本当はiPad mini 5を見に行ったのだが残念ながら店頭になかった。月末にコンサートに行くので双眼鏡を物色したが正直何を選んでよいかよくわからない。双眼鏡を覗くと視界がときどきまっくらになるのはなぜだろう。左右の視野が分離していて、これが正しい見え方かもわからない。もっと左右の像が一つにみえるとおもったのだが、今の双眼鏡はすべてこんな感じなのだろうか。そんなところからわからないでいては安物買いのナントヤラになると、今回は購入を見送った。ネットで少し調べてみるとしよう。

少なくとも亭主の日常は、平成の時代と全く変わらない。

2019年4月30日 (火)

04/30 日々雑感

なんだかんだで平成最終日である。

世間は朝からカウントダウンムード、テレビも店も妙に盛り上がっている。テレビによれば「夜にそばを食べる」人間や、「渋谷でカウントダウン」をする人間もいるらしい。なんだかよくわからないが、大みそかみたいなものらしい。

我が家では(妻が体調を崩しているので)夕食をスーパーの総菜弁当で済ませた。世間の盛り上がりとは全く関係なく、淡々とした平成最後の日を送っている。そうそう、ベネズエラでクーデターが起こったらしい。亭主は出張で何度かベネズエラに行ったことがあり、親しくなった人も少なからずいる。ここ数年ベネズエラはハイパーインフレに悩まされ、治安が最悪レベルにまで低下しているという。連絡を取っていないため現地の様子はニュースでしか知らない。気がかりである。平成最後とは関係ないけれども。

Yahoo!ニュースで改元の瞬間を迎える各地の様子をライブ配信している。渋谷の交差点は大混雑らしい。改元の瞬間、渋谷は果たしてどんな騒ぎになるのだろうか。

2019年4月27日 (土)

04/27 日々雑感(2)

ところでもうすぐ元号が変わるそうで、世間は(テレビを中心として)なんやかやとざわついている。

亭主の勤め先も一応「10連休」なのだが、ゴールデンウィークの大渋滞を避けてずっと自宅にいる予定である。ゴールデンウィークのお出かけは先週の土日、実家への帰省として済ませている。その翌々日が人間ドックだった。とにかく精神的にも肉体的にも休息しないと体がもたない。

亭主にとって「平成」という時代は、とにかくざわついた時代であった。バブル景気やリーマンショックなどの物価の乱高下、阪神淡路大震災や東日本大震災、熊本地震、北海道での大地震などの天変地異、それに地下鉄サリン事件やアメリカ同時多発テロ、イスラム国の台頭など新たな世界的脅威に脅かされた時代だった、と書いて、否定できる人はおそらくいないだろう。インターネットやスマホ、高速道路や新幹線の開通など暮らしやすさは向上した。しかしその反面生きていくことが難しい時代にもなった。

新たな元号「令和」で始まる時代がどんな時代になるか、なってほしいかと妻に問われて、「とにかく平穏無事であってほしい」と答えた。多分無理だろうが、そう答えるしかないと思った。

日本は平成に到来した2度のバブルを通じて絶頂期を迎え、今はかつての絶頂期から徐々に衰退していく時期にある。社会が徐々に衰退していくなかで我々はこれまで広げてきた風呂敷をどうたたむか、新たな風呂敷を広げるべきか否かを選択していく時期であると考えている。

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