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2021年2月

2021年2月27日 (土)

02/27 【聴】源平討魔伝 Sound Chronicle ~参拾周年記念音盤~ / 中潟憲雄, SweepRecords(SRIN-1148)

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 1987年にアーケードゲームとして登場、2017年に三十周年を迎えた時代アクションゲーム「源平討魔伝」の記念アルバムが本作。アーケード版音源に加え、ファミコン版(ボードゲーム)、アレンジバージョン、作曲者である中潟憲雄氏によるリメイクなどに加え、Disc 2(DVD)には源平プロによる実写版映像、雨宮慶太氏によるプロモ映像も収録されている。ブックレットは当時の開発秘話、関係者の対談などが収録されているなど、まさに記念盤・盛りだくさんな内容となっている。2017年6月発売。


 当時はゲーム・グラフィックス化が難しいとされていた「和」の表現を見事に再現、画面の半分を埋め尽くすような巨大キャラ同士が剣劇を繰り広げるなど、ナムコらしい斬新な試みがふんだんに用いられた源平討魔伝。日本の伝統音楽とロックを組み合わせた音楽にも注目があつまり、アルファ・レコードのゲーム音楽レーベルからアルバムリリースがなされたことでも有名である。当時最先端であったFM音源を使ったきらびやかなサウンド、限られたメモリ容量のなかでの音声合成など技術面でも最先端を走っていた本作に、当時の亭主もかなり入れ込んでいたことが思い出される。記念盤となる本アルバムには、中潟氏率いるロックバンドAQUA POLISによるアレンジ・バージョン(ゲストに大友良英氏が参加!)、リッジレーサーV収録のアレンジ"SAMURAI ROCKET"、テクニクビート収録の"Genpei Toumaden"、太鼓の達人収録の"KAGEKIYO"なども収録されるなど、30年を経て広がる源平ワールドを存分に楽しめること請け合いである。


 映像2編は源平プロが特撮版を、雨宮氏がアニメ+実写+ゲーム画面のプロモ版を手掛ける。AMショーでも流れた、というから見た人がいるかもしれない。 いずれもその後のアーケードゲーム「未来忍者」、実写映画へとつながるマイルストーン的な作品となっている(2021.02.04)


2021年2月25日 (木)

02/25 【聴】あめりか -Hosono Haruomi Live in US 2019- / Haruomi Hosono, Speedstar|Victor(VICL-65475)

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 デビュー50周年を迎えてますます活動の場を広げる細野さんが、2019年7月、ロスのMayan Theatreにて開催した単独公演の様子を収録したライブ・アルバム。出演は細野晴臣、高田漣、伊賀航、伊藤大地、野村卓史、最新アルバム"Hochono House"のほか、デビュー以来の楽曲をまんべんなく集めた全18曲。


 当年とって73歳、かつてのおじいちゃんキャラもすっかりおじいちゃんになってしまった細野さん。声量も、また音域も狭くなってしまった中で、枯淡な歌い口と演奏はますます深みを増している。近作で指向するオールド・アメリカン・ミュージック、すなわちブルーズやカントリー、トラディショナルをフィーチャーした楽曲を本ライブでもしっかりと披露している。細野さん的には本場であえてオールド・アメリカンを演奏することに多少の躊躇があったようであるが、英語詞と日本語詞を適度に織り交ぜ、また「北京ダック」や「香港ブルース」、「薔薇と野獣」や「住所不定無色定収入」など(アメリカ人にとっては)エキゾチックな楽曲も演奏することで、細野さんのこれまでの音楽遍歴、音楽世界を存分に楽しめる内容となっている。観客の反応も非常に良く、ちょっと聴きには国内でライブをしているかのようなノリの良さ、もしかしたら会場は日本人で埋め尽くされているのか?とつい思ってしまうくらいの一体感がある。インターネットによって音楽の世界が急速にフラット化したということだろうか。それともせっかくの機会とアメリカ中の細野さんファンが大集結したのだろうか。


 なおゲストとしてカナダのシンガー・ソングライターで細野さんを敬愛するMac DeMarcoが"Honey Moon"でヴォーカルを披露。アンコールでは"Absolute Ego Dance"をスカのリズムにアレンジしている(2021.02.09)

2021年2月24日 (水)

02/25 【聴】Japonism / Arashi, J-Storm(JACA-5484, 5485)

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 嵐の14作目となるフルアルバム。通常盤はシングル曲の"Sakura"、「青空の下、キミのとなり」、各メンバーのソロ曲、本アルバムのリード・トラックとなる「心の空」を含めた全16曲。「心の空」は布袋寅泰氏が作詞作曲編曲を担当。また新曲「君への想い」には雅楽演奏家の東儀秀樹氏が参加している。2015年10月発売。


 「日本」を意識し、アルバムの各所に「日本」をちりばめたコンセプトアルバム。歌詞や演奏に「和風」を盛り込むのはもちろん、さりげなく日本の旋律をリフに使ったりと、なかなか凝ったアルバムに仕上がっている。歌詞も単なる「和風」ではなく、日本の自然や風土、長い歴史の中ではぐくまれた「和」の価値観やメンタリティが込められていて、聴くほどに奥の深さが感じられる。東日本大震災から5年が経とうとし、世間の「つながろう」「がんばろう」の声が徐々に小さくなっていく中で、嵐がもう一度(しかし控えめに)日本を意識したアルバムをリリースした意義は大きい。嵐の楽曲はいわゆる「アイドル・ソング」的な要素に薄い一方で、常に人々の心に寄り添い、癒し、奮い立たせるものが多い。他のアルバムもだが、本アルバムは特に「日本」を意識したアルバムとすることで聴く人(その多くが日本に住む人たちだ)の足場をしっかりと固め、明日へ、次の行動へとつなげる第1歩とさせてくれる。


 ところで本作を聴いていて気が付いたのだが、和を意識したリフ、日本独特の「ヨナ抜き」の音階を持つリフを聴いていたとき、ふとPerfumeの楽曲を思い出した。どちらも日本を代表するポップ・アーティスト、国民的人気を持つアーティストである。「ヨナ抜き」を意識したつくりに、妙な納得をしてしまった亭主であった。(2021.01.31)


 

2021年2月20日 (土)

02/20 【聴】The Digitalian / Arashi, J-Storm(JACA-5445)

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 嵐の13作目となるフルアルバム。通常盤はシングル曲の"Bittersweet", "Guts!", 「誰も知らない」、各メンバーのソロ曲、そして通常盤のみ収録の"Take Off!!!!!"に新曲8曲を加えた全17曲。2014年10月発売。


 "Bittersweet"は松潤主演のドラマ「失恋ショコラティエ」の主題歌、"GUTS!"はニノ主演のドラマ「弱くても勝てます~」主題歌、そして「誰も知らない」は大野くん主演のドラマ「死神くん」主題歌。いずれもベストアルバム、ライブアルバムでも何度も歌われている人気曲、名曲である。アルバム全体はユーロビート、ユーロトランス寄りに作られていて、ハイスピードなビートに分厚いシンセがこれでもかと重なるあたりはまさに"The Digitalian"。一方で"GUTS!"は日本そして世界を勇気づける応援歌、"Bittersweet"は嵐からファンへのラブソング、「誰も知らない」はオペラ仕立てのドラマティックな曲と、「嵐」ならではのアイドル・ポップもしっかり聴かせてくれる。


 亭主はM1"Zero-G"からM2"Wonderful"の流れが気に入っている。ダンス・ミュージックを意識したエッジの立ったサウンドと5人のユニゾンの組み合わせが最高に気持ち良い。これ聴きながらのオフィス・ワークは、脳内クロックがブーストしたみたいでとってもとっても捗りますぜ。(2021.01.31)


2021年2月19日 (金)

02/19 サイトリニューアルに向けての作戦会議(第4回)

 このところ文章の「速」について考えている。

 たとえば昨日の記事の文章。

 災害の記事、ということで関係各所へ配慮した結果、なんとも重たい文章になってしまった。まるで漢文か、それともワンピースの「歴史の本文」みたいで、自分で読んでも堅い堅い。これじゃ誰も読んでくれないよなぁ、PVは伸びないよなぁと反省しきり。

 サイトリニューアルに向けて参考にしたいサイト(第3回参照)のテキストはいずれもかなり「速」が高くて、自分もこういうテキスト満載のサイトにしたいと思っている。ちょい前に「精神地理学」を題材に、速い/遅いテキストを書いてみたのだけれど、しっかり書こうとするとどうしても重たい、重い文章になるようだ。

 今般「どむや繁盛記」に追加したカテゴリ「精神地理学」は、再生YMOのアルバム「テクノドン」に収録されている"Floating Away"から引用したものである。この曲の詞はSF作家のウィリアム・ギブスンから(朗読にて)提供されたもので、YMOがこれを切り貼りして歌詞としている。朗読の中でギブスンは"Psycho Geography"という単語を使ったが(のちの解説によれば)これは、彼が初めて日本を訪れ、夜の東京の街を歩いた時の困惑を表現したものらしい。初めて歩いた夜の東京は、映画「ブレードランナー」の舞台「チバシティ」にそっくりだったという。近未来の世界が突如現在の東京に現出したときの彼の驚きと当惑は想像に難くないだろう。一方、"Psycho Geography"の直訳である「精神地理学」は哲学者・宗教学者である鎌田東二氏の著作「聖地への旅~精神地理学事始(1999年)」でも使われていて、こちらは世界各地の聖地を巡る旅、近代思想によって幻想や迷信の領域に追いやられた見えないものを見るためのフィールドワークを意味するのだそうだ(未読。そのうち読む)。亭主の「精神地理学」はギブスンと鎌田氏のちょうど真ん中、何度も夢を見ることで浮かび上がる夢の中の地図の探求、現世の記憶と、精神という井戸からくみ上げられる「無意識」とが織りなす文様を読み解く試みと定義している。ラブクラフトの著作「幻夢境カダスを求めて」は夢の世界を旅する物語。佐々木淳子のコミック「ダークグリーン」シリーズもまた夢の世界(こちらは人々共通の夢)での戦いを描いた物語で、亭主の取り組みはこれら作品にも大きな影響を受けている。ただし周囲を改めて眺めてみるに、令和の今あらためて夢分析をしている人間も見当たらず、スピリチュアル・ブームが去った今だからこそ、一周回って新たな知見が得られるのではないかとひそかに期待している。

 このテキストの速いヴァージョンを書いてみたら、単なる要約になってしまった。これは違う。

 SF作家ウィリアム・ギブスンは、再生YMOのアルバムに向けた朗読のなかで"Psycho Geography"という単語を用いた。この単語は彼が初めて東京を訪れた夜の街に映画「ブレードランナー」の舞台「チバシティ」のイメージを重ねて生まれたのだそう。一方、直訳である「精神地理学」は哲学者・宗教学者鎌田東二氏の著作「聖地への旅~精神地理学事始」で世界各地の聖地を巡る旅と定義する。亭主が「どむや」で用いる「精神地理学」はギブスンと鎌田氏のちょうど真ん中、現世の記憶と無意識とが作り出す夢の中の光景を、一つの世界、一枚の地図として読み解く試みである。

 口語体にしたらいくらか速くなるのか、細かい説明をとっぱらえばよいのかとあれこれ試行錯誤したが、結局のところ「速い文章=思考の速さ」なのだろう。

 毎日みている夢の中身をつなぎ合わせて、一枚の「地図」にしたらどうかというアイデアに「精神地理学」という名前を付けた(元ネタは再生YMO "Floating Away")。どんな地図ができるかは亭主にもわからない。過去の記憶が作り出す懐かしい町の地図か、それとも深層意識が作り出す人外魔境か。長い仕事になると思うがぼちぼちやっていくつもり。

 突然守護霊が降りてきて自動筆記してくれたらどんなに楽なことか。実際は気合いとノリでばばばっと書く感じ、しかし背後には様々な思いが詰まっている。ベルヌーイの定理から導き出される流量の式(チョーク流れ)がまさしくそれ。

 v ∝ √(P/ρ)

ここで、v:流速、P:圧力、ρ:密度

 テキストの速vは気合いPに比例し、内容の濃さρに反比例する。気合や想いが足りなかったり、複雑な話は速が小さい。ざっくりそんな感じだろうか。

2021年2月17日 (水)

02/17 大地震と我が家の地震対策

 2021年2月13日23時13分、福島県沖を震源とするM7.1の地震が発生した。最大震度は6強、福島県、宮城県などが強い揺れに襲われ、遠くは北海道、島根県まで揺れる巨大地震となった。2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(いわゆる東日本大震災)の余震と見られ、多くの家が揺れで損壊したほか、各地で土砂崩れが発生、常磐道や東北新幹線が止まる事態となった。おりしもコロナ禍の真っ只中、しかも翌々日には爆弾低気圧が日本全国を襲い、ダメージを受けた家々が暴風雨や吹雪に見舞われるという、二重・三重の災害へと発展した。東日本大震災では宮城県沖、福島県沖、茨城県沖の3つの震源が連動することで大災害へと発展したが、今回揺れたのは一つの震源のみ、ただしその揺れの規模は東日本大震災に匹敵し、もう少し震源が浅かったら津波も発生していた、とのことである。

 今回の地震で、亭主の住む街は震度5弱、家も大きく揺れたが、幸いにも被害はほとんどなかった。小刻みな縦揺れののちスマホが緊急地震速報のけたたましいサイレンを発し、ゆっさゆっさという横揺れがしばらく続いた。大震災以降様々な揺れを体験してきた亭主であったが、この揺れは「まじもん」であった。うっかり揺れたのではなく、人の命を本気で獲ろうとしている、本気の揺れであった。ただ、揺れの方向が南北だったため、南北に長い食器棚の扉は開かず、食器も飛び出ることはなかった。

 亭主の部屋はといえばスピーカが倒れたほか床積みしていたCDの山がぞろぞろっと崩れていて、深夜にCDを積み直していた。そういえば震災の際にもCDの山が崩れた。幸いにもケース割れはなく(震災でもケース割れは数枚だった)実質的な被害はなかったものの、震災の経験が活かされていなかったことは反省点といえる。

 以前も書いたが、亭主はCDを衣装ケースに入れて保管している。幅39×奥行53×高さ23cmのサイズを31ケース、横5、縦6(おっと一つは縦7だ)に積んでいる。独身時代には壁面一杯のCDラックを使っていたのだが、自重でたわんできたことからCDラックをRさんに譲り、以前から本の収納に使っていた衣装ケース(4ケース)に27個を買い足したのだ。結婚して今の家に移ってからも31ケースのラックを引き続き使っていたが、その後ケースを買い足すことはなく、CDを買ってもそれまでのケースに無理やり押し込んだり、机の下に積んだりしてなんとなく現状維持を続けてきた。このケース、積み上げることで相当な自重となるため、東日本大震災でも一切崩れず、結果ほとんどのCDが無傷だった。どこかの掲示板に亭主のオーディオシステムの写真が晒され、その際にケースの一部が映りこんでいたことからずいぶん貶された記憶があるが、震度5強だろうが震度6だろうがびくともしなかった、というのは相当な実績。亭主は衣装ケースのCDラックに全幅の信頼を置いている。

20210217cdrack 今回、CDの山が崩れた反省から同じサイズの衣装ケースを4つ追加し、35ケース、横5、縦7の壁面収納へと拡張。結婚以来なんとなく床積みになっていたCDをすべてラックに収納した。ひとつのケースにはおおよそ130枚ほどを収納できるので、ざっくり「YMO関係」「邦楽」「洋楽」「ジャズ」の4つに分類した。床置きCDをすべて収納してもまだまだ余裕がある。今後は他のケースの中身と入れ替えるなどしてジャンル全体の整理をしていく予定。

 ともあれ、今回の地震で被災された方には謹んでお見舞いを申し上げたい。自然の「純粋な敵意」に警戒しつつ、一刻も早い日常生活への復帰を祈りたい。

2021年2月15日 (月)

02/15 Pomera DM100の買い替えについて

 Pomeraの"a"キーの利きがいまひとつ怪しい。


 普通に"a"を打鍵すればしっかりと入力されるものの、たとえばちょっとタイピング速度が乗ってくると、たびたびキーを取りこぼす。乗ってくるとミソがつく、というのがイライラのもとで、致命的ではないもののじわじわと買い換え衝動に駆られている、そんな状況である。


 Amazonによれば現在使用中のPomera DM100も、また後継機で最新型のDM200も35000円前後で売られている。特に2011年発売のDM100がまだ市場にでている、というのがおどろきだが、後継機であるDM200も2016年発売というのだからずいぶんロングセラーになっているようだ。商業ライターの中にもPomeraファンは多く、バッテリー駆動のDM200よりも電池駆動のDM100をあえて選択する方もいるという。生産中止をおそれてDM100を複数台購入した、という記事を以前見かけた記憶があって、愛着をもって使っている、という意味ではある意味「殿堂入り」なガジェットといえるだろう。


 一方で、ネットの評判などを知って購入したものの、残念ながら使っていないという人もいる。亭主の知り合いにも一人居て、出張先で論文などを書こうとしたが結局ノートパソコンを使っているという。論文のように図や表が入っていたり、ページの体裁に気を使う必要のある文章を、Pomeraで入力するというのはなかなか厳しいかもしれない。Pomeraでテキストを書くときは、アタマの中に浮かんだ文章をとにかく打ち込むか、別にスマートフォンやタブレットなどを用意して、そちらに情報を表示しつつ本文を打ち込むスタイルになるだろう。こればかりは良い悪いではなく個人のスタイルの問題なので、スタイルがハマる人はPomeraにぞっこんになるし、そうでなければ死蔵状態になる。この2択ぶりがまた「殿堂入り」なガジェットっぽくてよい。


 以前にも書いたが、亭主はiPadやiPhoneなどで文字入力をするのが苦手で、特にiPad + 外付けキーボードの日本語入力のもっさり感、英数とローマ字など文字種を切り替える際のもたつきが気になって、Pomeraを使っているという経緯がある。特に文字種の切り替えが英数とローマ字のトグルではなく、英数とローマ字と記号の3種を切り替えるあたりは、きびきびと文字入力したい人には耐えられないイライラになる。お節介な予測変換もイライラのもとだが、ごくごく短い文章、日常会話程度ならば予測変換はむしろありがたかったりする。長いテキスト、それなりに専門性の高い単語を含んだ文章を打ち込むときには、入力した文章を文節ごとにきっちりと変換してくれればよいわけで、予測変換はむしろない方がありがたい。


 DM100,DM200への買い換えを検討するが、実売35000円、というのはそれなりに高い買い物である。特に亭主の場合物書きで収入を得ているわけではないので、投資回収云々の話題にもできない。もちろんホームページの記事のほとんどはこれで書いているので活用していることは確かだが、今の亭主の財布事情からするとまだまだ「待ち」の状態が続きそうだ。


 当座はしっかり"a"をタイプするよう気をつける。

2021年2月12日 (金)

02/12 【読】「越境芸人-増補版(マキタスポーツ、Bros.Books)」

「越境芸人-増補版(マキタスポーツ、Bros.Books)」

 音ネタ芸人・ミュージシャン。俳優としての活動のほか、日曜日9時、BSトゥエルビの「ザ・カセットテープ・ミュージック」パーソナリティとして活躍するマキタスポーツ氏が、2011年10月から2018年3月までTV Bros.で連載していたコラムに、書き下ろしを追加した最新エッセイ・評論集。芸能界・私生活、また社会にまつわる様々な事柄を、マキタ氏独自の視点から読み解く。なお新緑として小泉今日子さんとの対談「越境の先へ」を収録。ウィズコロナ、アフターコロナ時代の「今」を語る書き下ろし評論「越境の現在地」も追加されている。


 1970年生まれというマキタスポーツ氏。亭主は1969年(しかし早生まれ)ということで彼が一つ下になる。生まれは山梨県、亭主は長野県と、亭主と共通するものが多く、これまでも注目してきた芸人/アーティストである。マキタ氏のほうがちょっと東京に近い、ということで東京への接近は彼の方が早く、「芸能界」「音楽業界」へ足を踏み入れるハードルも低かったのだろう。ただし彼の場合踏み入れたところは彼言うところの「第2芸能界」。TVを中心とした経済圏・芸能圏からはほど遠い世界で、彼は「ラジカルな観察者」としてお笑いやアイドル、音楽業界が持つ「構造」を読者の前に詳らかにする。


 亭主はこれまで、それほど「評論」をまじめに読んだことがなかった。Headzの佐々木敦氏の音楽評論は難解かつ詩的で雰囲気をつかむのに精一杯だったし、菊地成孔氏のそれはあまりにヒップホップで、評論の持つ毒よりも、毒がもたらすトリップ感に振り回されることが多かった。マキタ氏の「評論」は話題こそ庶民的だったり、下世話だったりするのだが、その分析・解釈の仕方が非常に独特で、常に違う方向から冷水をぶっかけられている、そんな気分にさせられる。評論に際してはまず「キーワード」が提示され、盛大な「出オチ」と思いきやその後にしっかりとした「回答編」が待ちかまえている(この手法はザ・カセットテープ・ミュージックでもよく使っている)。出オチでいかに読者の度肝を抜くか、そして「回答編」でいかに読者の予想を超えるかが本書の注目ポイント。オジサンまるだしの解釈も同世代の亭主にはうんうん頷けたりして、個人的にはかなり面白く読むことができた。


 巻末の小泉今日子さん(キョンキョン)との対談は、「アイドルとアイドルファン」という関係から「第2芸能界で同じ志を持つ仲間との作成会議」へと発展していくあたりがおもしろい。そういえば小泉さんといえば朝の連ドラ「あまちゃん」で主人公の母親・芸能プロダクションの社長役を熱演していて、あの辺の熱量にも通じるところがあるのかもしれない。


 山梨から東京へ、お笑いからミュージシャンへ、第2から第1へ。様々な世界を「越境」しつつ、常にラジカルな観察眼を向けるマキタ氏に、これからも注目していきたい(2021.02.12)


02/12 【聴】20th Anniversary Live / Tokyo Zawinul Bach - Reunion, Apollo Sounds(APLS-2007)

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 坪口昌恭(Key)を中心に1999年より活動するジャズ・プロジェクト「東京ザヴィヌルバッハ」の結成20周年を記念して開催されたスペシャル・ライブのアルバム。結成当初のメンバー菊地成孔(Sax)、五十嵐一生(Trumpet)を呼び戻したほか、織原良次(Bass)、守真人(Drums)、石若駿(Drum)、河波浩平(Vocal)が加わり、重層的かつアグレッシヴな近未来ジャズを聴かせる。全6曲。


 スタジオ・アルバムとは趣を異にする「聴かせる」「楽しませる」をメインに据えたアルバム。坪口・菊地といえばDCPRGあたりのスリリングなコンテンポラリーを思い浮かべるが、本昨に限っては気持ちよい旋律が常にたゆたっていて、酒が傍らにあったらより楽しめそう。もちろん、若手を中心としたベース・ドラムなどのリズムセクションがしっかり締めているからこそ「気持ちよい」サウンドに仕上がっているわけで、このあたりのバランス感覚、トラック・メイカーであるよりもまずコンセプト・メイカーである彼らの得意な部分がいかんなく発揮された、そんなアルバムに仕上がっている。


 ワンパターンな亭主は、菊地が大谷能生とコラボしたCatch22をすぐに引き合いに出してしまうのだが、Catch22にあった攻撃性や、彼らの中に明確にある一方聞き手の中にない危機感は、このアルバムにはまったくなかったりする。演り手と聞き手の間の段差を意識することなく音楽を楽しめる、というのは実は結構大事なことだと思うのだ。演り手が持つ危機感(それが何に対する危機感なのかはここでは問題としない)を聞き手が音楽として受け止める機会というのは、実際のところあまりないような気がしている。演り手(ひろくアーティストと呼ぶか)が日々置かれている状況や立場と、聞き手の日々の生活ではあまりに性質が違いすぎるからだ。「音楽=音を楽しむ」とは言葉遊びはさておくとしても、聞き手にとってアーティストはあくまで生活の一部分に過ぎない。明確なアジテーションならばともかく、批判や批評の音楽は聞き手にとっては度数の強い酒、刺激の強い炭酸飲料であっても、それを常飲するほどのものではない。


 その意味において東京ザヴィヌルバッハのライブアルバムは、20周年記念という気軽さもあって非常に気持ちよいアルバムに仕上がっている。平たく言えば酒を飲みながら、ちょっとした軽食を摘みながら聞いてもよいし、その音楽の構造をがっつり分析しながら聞いても、ライブならではの偶然を楽しんでも良い。(2021.01.09)

2021年2月 6日 (土)

02/06 【聴】 Goodie Bag / DJ Tasaka, UpRight Rec(URRCD-002)

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 電気グルーヴのライブサポートがあまりにも有名。石野卓球が主宰するテクノ・レイヴLoopaのメインDJとして抜擢されたほか、KAGAMIとのユニットDisco Twins、多数のアーティストへの楽曲提供などでも活躍するDJ Tasakaの2020年作品。自身では2015年以来実に5年ぶりのフルアルバムとなる。全13曲。

 DJ Takasaといえば以前はヨーロッパ(特にドイツ)のテクノに影響を受けた、骨太で腰の据わったテクノが特徴だが、こと今回はラテンやトライバルをフィーチャーしたノリのアルバムに仕上げている。全曲ノンストップ・ミックス、4つ打ちを基調にしつつラテン独特のリズムやメロディを積極的に絡めていて、一度聴き始めると最後まであっという間に聴き終えてしまう。全体的に起伏に乏しいせいか、残念なことに各トラックの印象は薄い。ヴォーカル曲があったらもう少しメリハリがついたのかもしれないが・・・正統派テクノのアルバムとして、クラブなどで回すには使い勝手がよさそうだ(2020.12.23)

 

2021年2月 3日 (水)

02/03 サイトリニューアルに向けての作戦会議(第3回)

 Web界隈において、スマホやタブレットからのブラウズを意識したサイトデザインはもはや常識になっているが、肝心カナメの「サイトの中身=コンテンツ」についてなにか格段の進歩が見られたという話は残念ながら聞いていない。

 mixiが人気になってきた頃から、個人の情報発信のプラットフォームが個人のホームページからTwitterやFacebook、Instagramあたりに移ってきていることは確かで、TikTok、また転職系やペット系のSNSあたりのサービスを含め、「画像+短いテキスト」での情報発信・共有が標準になっているようである。

 変わり種は最近話題の「クラブハウス」で、これは音声で情報発信・共有するのだそう。

 ではいわゆる個人ホームページが消滅したのか、といえば(たしかにGeocitiesやInfoseekの閉鎖などでその数が大きく減ったものの)どっこい生きているわけで、たとえば「にほんブログ村」にはCDレビュー系ブログのランキングがあるし、「ほめぱげ」でGoogle検索すれば個人ホームページはまだまだたくさん生きている(問題なのはこういった個人ホームページにリーチする手段がほぼ失われていることだ)。とはいえ、コンテンツという観点からすればインターネット黎明期のものと何ら変わるものはなく、人類が「思考→言語→読解」という手順を踏む限り、そうそう簡単に変質しないのだろうと、むしろ勇気づけられて良いものなのかもしれない。

 亭主はかつて自ブログで、インターネット黎明期に綺羅星のごとく輝いていた優良コンテンツサイトとして「吉牛士一級への道」「ハッピーハッピーうさちゃんまつり'67」「ヤングオデオン」「サカムクレトンガリキッズ」あたりを挙げていた。前の2つはいわゆる「ネタ」サイト、後ろの2つは「評論」やエッセイ色の強いサイトだったと記憶している(「サカムクレ〜」は自ら制作したテクノトラックをRealオーディオで配信していた)。「ハッピー〜」が1996年開設とのことなので、上の4つはだいたい1996年±2年くらいの時代と思ってよい(このあたりの考証は「テキストサイト関連年表(https://fishq.ifdef.jp/trash/webtexthist.htmlに詳しい)。

 では後ろの2つがどんなサイトだったのかとあらためて説明するのは難しいのだが、事実を積み上げるのではなく、どちらかといえばハイテンションで駆け抜けるタイプのテキストだったと記憶している。最近よく言われる「エモさ」はなく、かといってバカ騒ぎ感もなかった。かいつまんでいえば「最新の話題を」「多少の笑いをからめて」「あっさり書く」。「どむや」もそんなコンテンツを目指したいと思っている。

2021年2月 2日 (火)

02/02 サイトリニューアルに向けての作戦会議(第2回)

 先日ラジオ番組で、雑誌「BRUTUS」2021年2月15日号の特集が「音楽と酒。」であると知った。

 本日、会社の帰りに書店に行ったところ、「音楽と酒。」の隣にムック「POPEYE 特別編集 ぼくの好きな音楽。」が置かれていて、エイヤとばかり両方購入した。なんという偶然。しかも両方ともタイトルの最後が「。(読点)」で終わっている。流行っているのだろう。

 早速自宅でパラパラと眺める。BRUTUSの特集はタイトルの通り「音楽」「酒」そしてそれを提供する「場」にフォーカスした企画で、様々な作家や芸能人、アーティストが、ナイスなバーで様々なトークを繰り広げる。音楽が聴ける国内の飲食店やジャズ喫茶の紹介、もちろん「音楽」や「酒」のレビューもある。

 一方POPEYEのムックには、128人の作家や芸能人、アーティストがおすすめする音楽が怒涛の物量で紹介されている。国内のみならず海外のアーティストの記事もある。見れば2020年7月に発刊されていて、コロナ禍の第3波で世界が大混乱に陥る直前ギリギリの企画であったことが伺える。

 どちらの雑誌にもCDレビューが相当数掲載されていて、丁寧に読めば相当のボリューム。ただ(編集してくれた人には申し訳ないが)全部はとても読んではいられない、というのが正直な感想だ。テキストの分量が膨大なうえ、すべてのレビューに興味があるわけではない。知っているアルバム、好きなアーティストのレビューをナナメ読みする程度だろう。しかし、そこに紹介されている音楽がどんなものであるかは分からないだろう。音楽の場合、「百聞は一見に如かず」ではなく「百見は一聴に如かず」なのだ。

 これは音楽レビューをメインコンテンツとする亭主のサイトにも言えることだ。サイトを訪れる人が亭主の聴いた音楽に興味をもつとは限らないし、よしんば興味を持ってもらったとしても、亭主のつたない文章から音楽の魅力を十分に知ることはできない。文章の限界、テキストサイトの限界、と早々にあきらめてしまうのもどうかと思う。BRUTUSやPOPEYEのCDレビュー(あるいはおこがましくも亭主のサイトのCDレビュー)がフォーマットの完成形の一つだとして、「どむや」がそれを踏まえてどうするか、伸るか反るか、それともまったく別の方向へと進むかを、考える必要がある。

 

 

 

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