「追憶の泰安洋行(長谷川博一、ミュージック・マガジン)」
細野晴臣が1976年に発表したソロ・アルバム「泰安洋行」。「トロピカル・ダンディー」「はらいそ」とともに「トロピカル三部作」と呼ばれた2枚目のアルバムに徹底的に焦点を当てた音楽所が本書「追憶の泰安洋行」となる。執筆は北海道小樽市出身のフリーライター・長谷川博一。かつては細野氏が監修するノンスタンダード・レーベルのディレクターをつとめたほか「音楽王 細野晴臣物語」「ミスター・アウトサイド」「きれいな歌に会いにゆく」など多数の音楽書の編集・執筆に関わった。
本書は音楽誌「レコード・コレクターズ」2016年7月号から18年11月号の連載をまとめ、書籍化したもの。なお、長谷川氏は連載終了後に病に倒れ、一時的に回復した際に書籍化のための準備を始めたが、2019年7月8日に逝去された。本書は著者の意図しない改変を避けるため、連載当初のフォーマットを踏襲した構成となっている。前書きには、逝去後に氏のPCから見つかった原稿を使ったほか、細野氏、また鈴木惣一朗氏がメッセージを寄せている。2020年7月刊。
はっぴいえんど解散後、YMO結成前のソロ活動時期に細野氏が制作した4枚のアルバム。なかでも「トロピカル三部作」の2作目である「泰安洋行」は、中国・香港・沖縄・ハワイアン・ニューオーリンズ・ブギウギなど多彩な音楽要素を日本人ならではの絶妙なバランス感覚で配合した「歴史的名盤」として現在も多くのアーティストに影響を与えている。参加アーティストも実に豪華で、佐藤博、矢野顕子、岡田徹、鈴木茂、林立夫、浜口茂外也、大瀧詠一、山下達郎、大貫妙子、小坂忠、久保田麻琴などなど、当時の音楽界の若き実力者・現在のレジェンドがこぞって参加している。
本書は、そんな歴史的名盤をあらゆる方向から分析・考察するとともに、当時の関係者、ひいては細野氏ご本人にまでインタビューを敢行することで、その魅力や真価をひもとくことに全力を傾けている。アーティストの半生を一冊の本にまとめ上げた本は実に多いが、アルバム1枚をひたすら掘り下げた本というのは実に珍しい。音楽にたいする長谷川氏の博覧強記ぶりもさることながら、当時アルバム制作に関わったエンジニアや、その後の細野氏の音楽活動に関わった若き音楽家まで、文字通り全方位的な視点で、しかも最後までしっかりとまとめ上げた氏の情熱がすばらしい。また、本書にはアルバムリリースの際に販促として使われたチラシやポスターなどもふんだんに収録されていて、歴史的資料集という一面もある。1970年代の世界の音楽シーンを俯瞰するという意味でも一読の価値あり。
ファン・ブックを越えた音楽の世界絵巻として全音楽ファン必読の書。(2020.09.18)
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