« 07/25 日々進捗 | トップページ | 08/01【読】「モナドロジー 他二篇(ライプニッツ、岩波文庫)」 »

2019年8月 1日 (木)

08/01【読】「新レコード演奏家論(菅野沖彦、ステレオサウンド)」

「新レコード演奏家論(菅野沖彦、ステレオサウンド)」


 2018年10月に86歳で逝去した菅野沖彦氏が、生前提唱していたレコード演奏家論を一冊にまとめた書。菅野氏は「レコード演奏家」の提唱者として数多くのエッセイ、論考、対談等を残しているが、特に本書は1996年に執筆した「レコード演奏家論」を増補改訂したもの。2005年初版、2017年に第4刷を数える。


 音楽プロデューサ、レコーディングエンジニア、演奏家、また後年は特にオーディオ評論家として活躍した菅野沖彦氏。彼の提唱していた「レコード演奏家」は彼の音楽に関わる長年のキャリアから生まれたものである。氏によれば、音楽の鑑賞には(1)作曲家による楽譜の執筆(2)音楽家による演奏(3)録音エンジニアによる録音(4)レコード演奏家による音楽再生(5)純粋な音楽鑑賞の5つのステップが存在するとし、なかでも近年は(4)の存在が軽視されていると主張する。音楽家が演奏し、エンジニアが録音したものをいかに再生するかが(4)における最大関心事であり、再生機器や再生環境など考慮すべき部分は多岐にわたる。本書では(4)の主役であるレコード演奏家の重要性を様々な角度から示すことで、音楽鑑賞、ひいてはオーディオ趣味の価値を主張している。技術的な説明や具体的なオーディオ機器に関する言及は一切なく、むしろ音楽にまつわる文化論、科学技術の発展によって変わりゆく音楽文化への批判が本書の主張である。


 実は亭主、この連載をリアルタイムで追っていて、ステレオサウンド誌上あるいはその後Webメディアに掲載されたときにもこの文書を読んでいた。当時は「レコード演奏家」という言葉に多くの人々(特に2ちゃんねる界隈)が批判を連ねていて、亭主もずいぶん仰々しいことを言うものだと思っていた。ただ、一冊の本として集成されたものを読んでみると、菅野氏の主張の裏にある音楽への愛情、情熱が強い説得力として読み手に迫ってくる。本書の元になる記事は1996年頃より執筆されているが、2019年の現在菅野氏が懸念する音楽再生環境の衰退は「懐古主義」「保守的」などと一笑に付すことができない状態にまで深刻化している。衰退は再生環境だけではなく、音楽に関わる市場全体にまで及ぶ。かつて中世貴族たちの贅沢であった「音楽鑑賞」が、メディアとテクノロジーの発展によって急速に巷間へと普及し、そして衰退していく、その衰退の様を菅野氏は激しく憂いている。


 いろいろ異論はあろうかと思うが、亭主は本書を読みながら、本書は「アドルノの音楽社会学序説」の現代バージョンなのかもしれない」と思っていた。あちらもかなり「懐古主義」「保守的」ではあるが、アドルノの主張の深奥にある世の中への危機感は、本書が主張するところの音楽再生環境の衰退に対する懸念と通じるところがある。


 今を生きる人間にとっては「今」こそが標準であり、多少の不満はあったとしてもそれが普通である。過去を知る人間にとっては「現状」を変えることは著しく困難であり、現状に抵抗することで世間の嘲笑を呼ぶことを怖れている。巨大なタンカーが簡単には進路を変えられないように、この世の中もまたタンカーのように巨大な質量をもってどこかに進んでいく。推進力は言うまでもなく「今」である。タンカーの行く先がたとえば中世より脈々と発展を遂げてきたはずの音楽再生環境の衰退であったとして、乗客たちはどうしたらよいのだろうか。(2019.08.01)


« 07/25 日々進捗 | トップページ | 08/01【読】「モナドロジー 他二篇(ライプニッツ、岩波文庫)」 »

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 07/25 日々進捗 | トップページ | 08/01【読】「モナドロジー 他二篇(ライプニッツ、岩波文庫)」 »

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト
無料ブログはココログ