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2018年7月27日 (金)

07/27 日々雑感

 先日、CASIOがデジタルカメラの製造を中止したというニュースが流れた。


 CASIOといえばデジタルカメラの草分けQV-10の大ヒットで知られるメーカだ。大学の先輩のHさんがCASIOに就職し、QV-10を買ったと大学の食堂に見せびらかしに来たことがあって、その時は「はあこんなのが出たんですか」とあまり心を動かされなかったことを覚えている。


 これまで感光板やフィルムに焼き付けていた映像が、CCD素子を介してデジタルデータとして保存できるようになった、というのは実は破壊的なイノベーションなのだが、当時の亭主にはそのすさまじさが全く理解できなかった。


 なぜ破壊的なのかといえば、デジタルカメラという発明が、その後デジタルカメラの息の根を止めてしまうことになるからだ。


 デジタルカメラは、それ単独ではいわゆるフィルムカメラの代替としてしか機能しない。一世を風靡した写メールですら「トイカメラ」に準じる画質で、カメラの地位を揺るがすようなものではなかった。


 ところが、デジタルカメラがスマートフォンに搭載されたことで、パワーバランスが入れ替わる。デジタルカメラの機能が準パソコンであるスマートフォンに搭載され、ネット回線を通じて、TwitterなどのSNSへと投稿された瞬間、スマートフォンのカメラ機能が、デジタルカメラを上回った。


 これまでデジタルカメラが優位とした画素数や画質ではなく、画像をネットに投稿して他者と経験を共有する機能が、デジタルカメラとスマートフォンのカメラ機能のパワーバランスをひっくり返したのだ。


 思い返してみれば、デジタルカメラの発明が発端だった。しかし結果的にデジタルカメラはその役割をほぼ終え、スマートフォンがその後釜に座ってしまった。スマートフォン、ネット回線、SNS。デジタルカメラとはおおよそ相いれない要素が、結果的にデジタルカメラの息の根を止めてしまった。


 もし先読みに優れた(将棋でも囲碁でも良いが)達人がいて、デジタルカメラの誕生する場所に居合わせたなら、やがてデジタルカメラが自らの「映像がデジタルデータとして保存できる」という機能によって市場から駆逐されることを予見できただろうか。

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