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2017年7月18日 (火)

07/18 【読】「書楼弔堂 炎昼(京極夏彦、集英社)」

「書楼弔堂 炎昼(京極夏彦、集英社)」

京極夏彦の最新長編。異形の古書店「弔堂」の店主が、店に迷い込んだ客である明治期の有名人にもっともふさわしい一冊を選び出す「探書」シリーズ第2巻。「探書漆」から「探書拾弐」まで、6つのエピソードを収録する。

都内某所、某寺へと続く坂道の途中を折れたドン詰まりに、陸燈台のようにそびえ立つ異形の建物「弔堂」が物語の舞台。中には古今東西の書物~西洋の稀覯本から地方の新聞紙に至るまで、あらゆる書物がそびえ立つ壁沿いに並べられている。店を仕切るはかつては僧侶、現在は還俗したという弔堂店主(名前は後々明らかとなる)。皮肉屋の美少年、しほるをお手伝いに、書物三昧の日々を送っている。弔堂の客は明治の文豪、文化人から学者、政治家、軍人に至るまで多岐にわたる。いずれも口伝にて店の名を知った人々、それぞれに悩みを秘めて店を訪れる。弔堂店主は彼らとの対話の中で彼らの悩みの本質を暴き出し、彼らが真に求める書物を選びだす、というのが本シリーズの大きな骨格である。

一方、第2巻となる本作の主人公は塔子という女性に交代する。薩摩隼人の士族を祖父に持つ彼女は、旧態然とした家父長制に支配された家風と、急激に社会進出をはかる世の女性たちの間で葛藤する。束縛と、自由。従属と、自立。息の詰まる家を抜け出し街へと出た彼女は、新体詩で一世を風靡する詩人、松岡と出会い、弔堂ののれんをくぐることとなる。

本書に登場する弔堂の客は、田山花袋、添田唖蝉坊、福来友吉ほか。いずれも当時高い知名度を誇り、現在もたびたび話題に上る有名人である。彼らが古書店「弔堂」を訪れたという史実はなく、あくまでも京極氏の遊び心・フィクションにすぎないのだが、彼らがなんらかのきっかけで人生に変節をもたらしたことは確かなようである。本書では「弔堂への来訪」を変節と解釈する。緻密な時代考証と綿密な物語が、作品全体にリアリティを与えている。

ところで。

この頃の出版界隈、「専門知識」の開陳をメインに据えた作品が乱立している。例えば「食」に関していえば、古くは知識人の教養として北大路魯山人や子母澤寛、水上勉らによって食のエッセイがしたためられていたものが、漫画「美味しんぼ」あたりで巷間のグルメブームと繋がり急速に普及、この頃はどのコミック誌にも「食」に関する作品が掲載されるありさまである。もちろん、「食」に関する作品の乱立は今に限ったことではない。「鉄鍋のジャン!」や「ミスター味っ子」あるいは「OH!MYコンブ」など食をテーマにした作品は以前からもあって、これらがひとつのジャンルを形成していたことは言うまでもない。対する現在の食をテーマにした作品は、おそらくだが「孤独のグルメ」あたりを発端としている。

「孤独のグルメ」を筆頭とした作品群の大きな特徴は、(1)それぞれのエピソードが完全に独立している、(2)エピソードの構造が常に画一的でありテンプレート化が進んでいる、(3)エピソードを重ねても作品としてのストーリーは進行しない、の3点にあるだろう。高い専門性や深い知識があって、登場人物が魅力的であるならば、テンプレートに沿っていくらでも再生産できるのが、現在の食をテーマにした作品である。

本書もまた、上に挙げた3つの特徴をおおむね満たしており、巻毎に主人公が変わる一方でネタさえあればいくらでも再生産可能な構造を有している。この点は京極氏の他の作品、たとえば「京極堂シリーズ」や「巷説百物語シリーズ」には見られない。底意地の悪いことを言うならば、亭主はこれらの構造を持つ作品をあまり評価していない(面白いとは思うがそれも飽きるまでの話だ)。本シリーズがどのような結末を迎えるかは良く分からないが、ネタが尽きるのが早いか、亭主が飽きるのが早いか、それとも京極氏が飽きるのが早いかの競争になるのなら、亭主としてはとっとと勝負から降りたいところだ。

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