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2017年2月

2017年2月28日 (火)

02/28 【聴】 The Montmartre Collection / Dexter Gordon, Black Lion|Tokuma(TKCB-30464)

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 ロサンジェルス生まれのサックス奏者。1960年代にデンマークのコペンハーゲンに移住したDexter Gordonが、コペンハーゲンで活躍していたKenny Drewと制作したアルバムが本作とのこと。第1集、第2集の2枚組で、オリジナルは第1集、第2集ともに4曲づつだったが、Tokumaからの再発盤は6曲づつとなっている。オリジナルは1967年録音。ジャズ喫茶四谷「いーぐる」の100枚のうちの1枚に、第1集がセレクトされている。


 参加アーティストはKenny Drew(piano)、Niels Henning Orstred Pederson(bass), Albert Heath(drums)。ただしAlbert Heathの参加は突発的だったようで、前日まではArt Taylorがドラムを叩く予定だったらしい。理由は不明だが、こういう状況にあってもしっかり仕上げてくるあたりはさすがプロである。Sonny Rollinsの"Sonnymoon for Two"、"Doxy"、Erroll Garnerの名曲"Misty"、Duke Ellington楽団のレポートリーである"Take the A Train"など耳なじみの良い曲、Dexter Gordonの快活なサックスが楽しめる。アレンジも気が利いていて、Niels Henningの地を這うようなベース・ソロは演奏しているかどうかも定かではないほどの低音・小音量。ストイシズムを感じるソロからぐぐっとサックスとピアノが立ち上がり一気に盛り上がる。そうそう、CDに収録されている追加の曲はどこかのライブ演奏らしく、観客の声援が背後に録音されている。ライナーノーツなどにはオリジナルとCD盤との違いが記載されておらず、シレっとオリジナルのように見せかけているので要注意。スタジオ録音とライブ録音とが混在するあたりは、1980年代中盤・CD発売黎明期のおおらかさといったところだろう。そういえばトラックとトラック間の妙な無録音部分も気になる。(2017.01.10)

02/28 日々雑感

そもそもなぜ100枚のアルバムを集め始めたか、から話すことにする。

きっかけはズバリ「ジャズ喫茶四谷「いーぐる」の100枚(後藤雅洋、集英社新書)」を読んだからだ。読んだあと、亭主が持っているアルバムを数えてみたところ4枚あり、意外と持っているものだなという感想を抱いたのを覚えている。もっとマニア向け、入手困難なものばかりが紹介されていると思っていたのだ。

100枚のアルバム名とアーティスト名をリストにしてEvernoteで共有、タワーレコードで探すと、有名どころが何枚か見つかった。しかも「名盤シリーズ」として何度も再発されているものらしく、1000~1500円くらいで手に入る。

値段の安さから、これはイケるかもしれないと思った。

しばらくは一ヶ月に1~2枚、のんびりと集めようと思っていた。ただ、店頭でリスト片手にアルバムを探すのは疲れる上、このところタワーの売り場が急速に縮小しており、定番であるはずのジャズの品揃えすら怪しい状態になっていた。Amazonで探すと、わりと品物が見つかるうえに、安いものは確実に安い。新品でも一枚1700円+送料、中古ならば1000円でも送料込みでおつりが来る。

昨年の10月あたりから本腰を入れ始め、一気呵成にとばかりアルバムを注文。10月に3枚、11月に6枚、12月に16枚、1月に16枚、2月に10枚、あわせて51枚を注文した。100枚のうち実に半数を5ヶ月で集めたことになる。まあ、こういう固め打ちもときには良いだろう。

2017年2月27日 (月)

02/27 日々雑感

 ブログの記事たりうるか、という話はさておき、未完了であることを前提として書く。

 目下「ジャズ喫茶四谷『いーぐる』の100枚(後藤雅洋、集英社新書)」に紹介されている100枚のジャズのアルバムをせっせと集めている。

 100枚のアルバムのうち、現在集まったのは87枚。残り13枚というところまできて収集の難易度が急激に高まり、おそらくここでひと段落だろう、という状況となっている。収集に当たっては亭主なりにルールを定めているが、このルールの範囲では収集が難しい状態となったのだ。

 亭主が定めたルールはたったのふたつ。

  1. CDであること。LP,Music Tape, MP3などは対象外。
  2. 新品中古を問わず、適価で購入すること(1枚あたり3000円以内を目安とする)

 13枚のうち、5枚はおそらくCD未発売。8枚は価格が高騰していて3000円を超えている。後者8枚をAmazonの欲しい物リスト、Disc Unionのウォントリストに登録して価格や在庫を常に監視しているが、高いものは19800円にもなり手が出ない。

 結果的に13枚を残して「とりあえず完了」宣言をしようか、迷っている。


2017年2月25日 (土)

02/25 【聴】 Jackie's Bag / Jackie McLean, Blue Note|Universal(UCCQ-9266)

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 NY生まれのアルト・サックス奏者。Miles Davis、Bud Powellらとの共演のほかArt Blakey & Jazz Messengersの一員としても活躍したJackie McLeanが1959-1960年に録音したアルバム。全9曲。2002にはRudy van Gelderによるリマスタリングが施され、以降何度も再発されている。ジャズ喫茶四谷「いーぐる」の100枚の一。


 参加アーティストはDonald Byrd(Trumpet)、Sonny Clark(Piano)、Paul Chambers(Bass)、Philly Joe Jones(Drums)(以上1959年録音分)、Blue Mitchell(Trumpet)、Tina Brooks(Tenor Sax)、Kenny Drew(Piano)、Paul Chambers(Bass)、Art Taylor(Drums)(以上1960年録音分)。前半3曲が1959年、後半3曲が1960年、そしてLP未収録作の3曲が1960年の録音となる。クインテットあるいはセクステットの豪華編成、トランペット+アルト・サックス、あるいはトランペット+アルト・サックス+テナー・サックスという重厚なホーン隊がアルバム全体を締めている。ただし、いわゆるハード・バップのシリアス路線、というほど締まった感じはなく、むしろ奔放で楽し気ですらある。軽快なドラムとピアノに、まるで炎が揺らめくがごとくホーンが見え隠れする。ときに調性を外した演奏は、悪乗りを挟みつつ曲全体をぐいぐいと引っ張っていく。メインストリームを離れつつ新たな世界に晴れがましい表情を向ける、そんなアーティストらの冒険心すら感じられる良作。(2017.01.09)

2017年2月22日 (水)

02/22 【聴】 Fuchsia Swing Song / Sam Rivers, Blue Note|Universal(UCCQ-9274)

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 オクラホマ州生まれのサックス奏者。Miles Davis、Cecil Taylorのバンドで活躍したほか、70年代以降はロフト・ジャズという分野で中心的役割を果たしたSam Riversの1964年アルバム。オリジナルLPは全6曲、CDには別テイク4曲が含まれ全10曲となる。四谷「いーぐる」の100枚のうちの一枚。


 モード演奏を彷彿とさせる攻撃的なサックス・プレイ、現代音楽なども手掛けるSamの演奏にただただ耳を惹かれる。ハイ・スピードかつ前衛的なメロディは、とらえどころがあるようで、ない。くちずさもうとしても、くちずさめない難解な曲調は初心者にとっては大きなハードルになるかもしれない。ただ、John Coltraneあたりにどっぷりと使っている人間にすれば、本作におけるサックスは決して難しいものではない。理論的な面はさておき、音の洪水に耳と身をゆだねていると、身体がうずうずと動き出すのが分かる。この曲がダンス・ミュージックと直結しているというわけではないものの、聴くうちにぐいぐいと引き込まれ、身体が動く。 ジャズ喫茶などでマニアらしい紳士がしきりに体をゆらして音楽を聴く、あんな感じに近いかもしれない。「前衛的」などという言葉に騙されてしまいがちだが、その実は極めて計算され、観客のノリすらも演奏者の手の内にあるようにみえる。


 なお、ピアノはJaki Byard、ベースはRon Carter、ドラムはAnthony Williamsが担当。別テイクではかれらリズム隊の奔放なソロが存分に楽しめる。オリジナルアルバムから構成は変わってしまってはいるものの、 リズム隊の活躍にわくわくするならばボーナストラックの楽しみ方もまた変わってくるに違いない。なお、CD盤は2008年、Rudy Van Gelderによるリマスタリングが施されている。Blue NoteファンならばRudyの参加は大いに歓迎したいところ。(2017.01.09)

2017年2月21日 (火)

02/21 日々雑感

秋葉原に出張に行き、仕事帰りにヨドバシアキバを巡回してきた。

何か物欲の琴線に触れるものがあったら買ってやろうと意気揚々と乗り込んだつもりだったが、結局何も買わずに出てきた。

iPad mini 4は少し気になったものの、電子書籍ならば Kindle whitepaper comic modelで事足りる。Surfaceで文章を書くならば、Pomera DM100のほうが使い勝手が良い。いずれにせよ、現在持っているKindle、Pomeraを使う限りバッテリー問題は解決しているので、あえてiPad miniやSurfaceを導入する必要はない。先日のエントリで社用にガラケーを使い続ける旨を書いたことからもわかる通り、亭主の主張はわりと首尾一貫している。

ちなみに最近の座右の銘はこれ↓

「モバイルでACアダプタ持ち歩いたら負け」

出張に社用のノートPCなども持ち歩いているが、2泊3日以上の出張でない限り、ACアダプタは持参しない。バッテリー切れを起こすようなモバイルに、モバイルを標榜してほしくない。

現在通勤カバンの中にはいっているACアダプタは、私用のiPhone SE向けアダプタただひとつだ。モバイルに辛辣な一方、なんやかやと使用頻度の多いiPhone SEは甘やかし気味となっている。

02/21 【読】 「グローバル時代を生き抜くためのハーバード式英語学習法(青野仲達、秀和システム)」

「グローバル時代を生き抜くためのハーバード式英語学習法(青野仲達、秀和システム)」


 ビジネス・ブレークスルー大学教授、株式会社GABA(英会話)代表取締役社長である著者が、欧米人との会話・ディベートに使える英語学習法を解説した書。2016年3月刊。


 昨年紹介した「欧米人を論理的に説得するためのハーバード式ロジカル英語(青野仲達、秀和システム)」 にさかのぼること1年前に刊行された本であるが、内容は「ロジカル英語」とほぼ共通。5つの短文から構成される「5行エッセイ」によって、自らの意見を他者に効果的に伝える方法を伝授する。5行の構成は「結論」「理由1」「理由2」「理由3」「結論の繰り返し」。この構成を維持しつつ、文を補足・肉付けしていくことで一つのエッセイが完成する。文の補足・肉付けの段階で様々な文章の体裁を学び、また話題を豊かにすることでボキャブラリが増え、話の引き出しが増えていく。これも「ロジカル英語」と同じだ。


 難点を一つ挙げるとすれば、本書の「5行エッセイで発音力を鍛える」の部分がきわめてぞんざいなこと。LとRの発音、Tの発音、そして子音消失と子母連結についての解説がなされているが、雰囲気としてネイティブ発音に近づくとはいえ、発音の教科書としてはいささかPoorだ。本書の他の部分とのバランスを考慮し、難しくならないようあっさりと書いてあるのは仕方ないとして、やはりこの分量で発音にまで分け入るのは無理がある。この部分はむしろ他の良書を紹介するなどしてもよかったように思う。


 いずれにせよ「ロジカル英語」とほぼ同内容なので、どちらか一方を読んでいれば大きな問題は発生しない。亭主は2冊読んでしまったが、ここは良い復習になった、と強がりを言っておくことにする。(2017.02.21)

02/21 【読】 「生まれ変わりの村(4)(森田健、アクセス|河出書房新社)」

「生まれ変わりの村(4)(森田健、アクセス|河出書房新社)」


 ソフトウェア会社経営・社内に不思議研究所を設置し、「時空」と「私」の謎を解くべく精力的にフィールドワークを続ける著者が、住民がみな生まれ変わるという中国のとある村で聞き取り調査を実施した結果を記した書。あわせて氏の愛犬であるゴールデンレトリバーの「フェルル」の生まれ変わり体験についても記している。2016年刊行。


 シリーズとしては4作目となる「生まれ変わりの村」。中国は某所、断崖絶壁に洞穴を掘って暮らすという村に赴き、前世の記憶を持つ住民たちに一問一答形式の聞き取り調査している、という内容はシリーズ全体に共通するものらしい。住民たちの前世は様々だが、死後の世界の様子は皆同じイメージ。男性も女性もワンピースを着、村のようなコミュニティで暮らしているうち、新しい生を受けて転生していくのだという。彼らは村の中で、とある「スープ」を飲まされるのだが、このスープが前世の記憶を失わせるらしい。生まれ変わっても前世の記憶を持つ人々は、みなこのスープを何らかの形で飲まなかったのだそうだ。古くは古代ギリシア神話においても、死者はレーテー(黄泉の世界へ行く際にわたるという川)の水を飲んで、前世の記憶をなくすのだという(レーテーはギリシア語で「忘却」「隠匿」を表す)。中国某所・現代の村と、古代ギリシア神話がどのようにつながっているのかは定かではないが、たとえば仏教の三途の川、あるいは臨死体験における川の存在など、川を超える(あるいは川に身を浸す、水を飲む)という行為が、死というプロセスと何らかのかかわりがあるらしいことはなんとなく理解できる。面白いのはこのような「スープ」の事例が国内でも見つかっていることで、これまでに何度も転生体験を繰り返してきたセラピストの並木由紀さんもまたスープを飲まなかった一人なのだそうだ。


 ただ、これで終わらないのが本書の面白いところ。「スープ」に着目した著者は、氏の愛犬「フェルル」の臨終に際し、飼い主の命令として「スープを飲んではならない」と厳命し弔ったというのだ。独自の占術によって愛犬の転生時期や転生先のビジョンを得た氏は、果たしてそのビジョンどおりの家の形を持つブリーダーで転生した愛犬と見事に再会したという。新たに「リボン(Reborn)」と名付けられた愛犬は、前世でよく知っていた氏の家を思うままに歩き回り、好物の氷を楽しんでいる。氏がおこなったおいう独自の占術が一体何なのかは本書を読んでも良く分からなかったが、これまでの聞き取り調査で得られた知見を見事に応用し、愛犬との再会を果たしたというのは(それが果たして本当に転生だったのかはともかく)感動的であり、心が癒される。


 亭主もこれまでに何度も愛犬・愛猫との別れを体験し、今もまた愛犬たちとの別れに恐れを抱いている。もしこの方法が亭主にも使えるのであればぜひ使ってみたいものだと切に思っている。もっともうちの犬は結構がっついているので、死後に飲むなと言明したスープを結局がぶがぶ飲んでしまったりするのかもしれない。(2017.02.21)

2017年2月20日 (月)

02/20 Sundisk Ultra PLUS 128GB

先日水戸に出張に行った帰りに、駅前のビックカメラでSundiskのSDXCカードを買ってきた。

128GBでスピードクラスはC10, U1、読み取り速度は80MB/secだという。

Class 10に対応するSDXCカードリーダを持っていなかったため、リーダも併せて買うことに。ポイント還元で端数を相殺し、ちょうど12000円で購入した。

カードリーダの用途はずばり、VW Passatの純正ナビゲーション"Discover Pro"に音楽ライブラリを持ち込むためだ。亭主は現在iPod Classic 160GBをDiscrover ProとUSB接続している。収録アルバム数は1096枚。亭主の所有するCDからするとかなり少ない方だが、それでも1000枚近いCDを車の中で自由に選ぶことができる。ただ、(冬季はともかく)炎天下にHDDが搭載されているiPodを車の中に入れておくのは、iPod Classicがディスコンとなった現在ではかなりリスクが高いと言わざるを得ない。

SDXC 128GBをDiscover Proに使うにあたり、不確実だったことが二つ、確認できた。

一つは、iTunesで取り込んだアルバムが、正常にDiscover Proで認識されるかだ。

iTunesでは、取り込んだアルバムを"アーティスト名"のフォルダに、またその下に"アルバム名"のフォルダを作り、曲を保存する。取り込んだ曲には"トラック番号"+"曲名"の順に名前が付く。結論からいえば、iTunesのデータをそのままSDXCカードに保存すると、Discover Proはカードの内容を、フォルダ構成そのままに表示する。カバーアートは残念ながら表示されなかったが、曲データ単独ならば自由に再生できる。

もう一つは、曲の容量だ。

うっかりしたことに、亭主はこのところアルバムをApple Losslessで取り込んでおり、圧縮音源に比べるとデータ容量が大きい。1096枚のデータ容量は173GBと128GBを軽く超える。何のアルバムをコピーするかを決める必要がある。

とりあえずこの日はサンプルにアルバムを数枚コピーし、Discover Proでデータを確認した。これからどんなアルバムをコピーするかの構想はあるものの、まだ具体的なコピー作業は行っていない。奇特なことにDiscover ProにはSDXCカードスロットが二つ搭載されているので、現有のデータを二枚に分けて保存するというのもありなのかもしれない。

2017年2月19日 (日)

02/19 【動】 第10回石岡つくばねマラソン大会への参加

茨城県は石岡市で開催された題記大会に参加してきた。

筑波山を大きく西側に臨む地域、「つくばねの里」と呼ばれるのどかな里山を、10km(一般)、5km(一般)、3km(中学生)、2km(小学生)の4種目、22部門のランナーが駆け抜ける。10kmは833名、5kmは266名、3kmは699名、2kmは360名と、小中学生の参加が多いことが特徴。とくに中学生は県外(千葉、埼玉)からの参加も多いようである。今回亭主は初めての参加で10kmの部に出場した。

ところで、今回のマラソン大会、前日に茨城県南部に大雪が降ったらしい。水戸に入ったあたりから少し様子がおかしくなり、石岡市に入ったところで景色は真っ白、北国もかくやという雪景色になってしまった。スタッドレスを履いていたためスリップすることはなかったが、会場に着いた亭主はともかく、マラソン大会で駐車場の誘導に当たっているスタッフさんもなすすべなしという表情。幸いにして道には雪が残っておらず、凍結した部分には融雪剤をまいていたため、レースは予定通り開催。スタートの9:30頃になると沿道の雪もなくなり、ランナー、観客ともに暖かい日差しを受けながらの大会となった。

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今回、亭主はといえばまったくの練習不足、インフルエンザだったり出張だったりととにかく多忙を極めていたうえ、このところ体力の衰え著しく、今日死ぬか明日死ぬか、それとも今死ぬかといった状態で出走となった。出るからは気合も入れるし、多少の無理も計算のうちである。出走前はなるべく体力を温存、走る際にあらんかぎりのパワーを投入する方法で臨んだ。捨て身のランの結果、最後の1kmはほぼ全力疾走、10kmを約55分でゴールすることができた。ただ、最後に全力疾走できたということは途中余力が残っていたということでもある。個人的には途中もう少しペースを上げても良かった気がする。

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それにしてもこの日は良い天気、筑波山の鋭い稜線を眺めながら、楽しく走ることができた。スタッフの皆さん、ランナーの皆さんともにアットホームな雰囲気で、小規模ならではのぬくもりの感じられる大会であった。本大会にかかわった皆さんに御礼を申し上げたい。

走った後は「やさと温泉ゆりの郷」に立ち寄り、温泉と露天風呂を満喫。じつは「ゆりの郷」亭主が結婚する前に一度いったことがあって、今回10年ぶりの再訪となった。久しぶりに独身時代のことを思い出したりもし、温泉につかりつついろいろな思いを巡らしてしまった。

02/19 【聴】 True Blue / Tina Brooks, Blue Note|EMI(7243-8-64473-2-6)

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 ノースカロライナ州出身のサックス奏者。ニューヨークを拠点としてラテンやR&Bのジャンルで活躍、1960年にBlue Noteからソロ名義でリリースしたアルバムが本作となる。参加アーティストはFreddie Hubbard(Trumpet)、Duke Jordan(Piano)、Sam Jones(Bass)、Art Taylor(Drums)。オリジナルは全6曲、その後の再発では2曲の別テイクを含む。


 ハードバップの名盤として、四谷「いーぐる」の100枚にも選定されている本作。サックスとペットのダブル・ホーンにはマニアではなくとも「おっ」と引き込まれるものがある。正統派ハード・バップのM1"Good Old Soul"、M2"Up Tight's Creek"など男気あふれるサックスプレイは、とにかく聴きごたえがある。Tinaの演奏が「熱い」ことは間違いないが、それはメンバーたちの練達の演奏があってのことだ。特にPianoのDuke Jordanの渋いこと。M3"Theme for Doris"でのピアノ(口ずさんで説明しようとしたがうまくいかないのでやめた)、M4"True Blue"でのシンプルなピアノ・フレーズの繰り返しが、サックスの演奏をさらに熱く盛り立てる。特にM4などは、本来ならば「イロモノ」に片付けられそうなミニマルかつユーモラスな作品なのに、アルバムのタイトル・ナンバーとしてしっかりと存在感を放っている。このイロモノをしっかりと支えているのがピアノにほかならない。


 なお本アルバムは東芝EMIがBlue Noteからライセンシングを受けるようになるまではいわゆる「隠れた名盤」の一枚だったのだそうだ。名盤リストには載っていてもだれも聞いたことのない幻の名盤。だが「百読は一聴にしかず」なのだろう。リリースと同時に多くのファンを惹きつけ、彼の名前を大きく国内に知らしめたのだという(2017.01.07)

2017年2月17日 (金)

02/17 日々雑感(2)

 そういえば、先日インフルエンザに罹患した際、こんなエントリを上げていたのを思い出した。

 軟禁状態になってわかったのは、自分が閉所恐怖症である、ということだ。いや、正確には「窒息恐怖症」といえばよいだろうか。インフルにせよ風邪にせよ、ハナが詰まる。すると亭主の中に「窒息したら死ぬ」という恐怖心が沸きあがり、止まらなくなる。口で呼吸できていたとしても、就寝時にふとしたはずみで口を閉じたら窒息するかもしれない。食事をしているとき、モノを飲み下す瞬間に窒息するかもしれない。この狭い部屋が二酸化炭素で充満して酸欠状態になって死ぬかもしれない。

 おおよそ正常な頭で考えればそのようなことはない、と思っていても、恐怖が心の中に立ち上るといてもたってもいられなくなる。寝て入れば起き上がるし、起き上がれば立ち上がる。立ち上がって窓を開け、外の風をいれたくなる。風が吹いていなければ窓の外に首を出し、首だけではなく身を乗り出したくなる。呼吸が荒く、短く、不安定になり、窒息の恐怖から逃れるために自死すらも考えてしまう。「恐怖症」の恐ろしさをつくづく思い知らされた。

 病院でインフルエンザと診断された際、特効薬ですからと医者に「イナビル吸入粉末剤」なる薬を処方されたのだが、調べてみると案の定「異常行動に関する注意喚起のお願い」なるドキュメントが見つかった。

 してみると当時感じていた「恐怖症」は、イナビルの副作用によるものだったのかもしれない。リンク先によれば家の外に飛び出す事例が複数確認されたようであるが、亭主もまた外に飛び出したくなる衝動に襲われた。

 インフルエンザ治療薬の副作用などというとなんとなく他人事に聞こえるし、子供が家の外に飛び出した、ベランダから転落したなどというニュースを見るたび「なんでそんなことになるのかしらん」と不思議に思っていたのだが、今ならばはっきりとわかる。

 どうやらこの薬、恐怖症あるいはパニック障害の類の症状を誘発するらしい。亭主自身が身をもって体験したのだから、間違いない。

02/17 日々雑感

朝いつも5時に起きている亭主が、この日はなにを間違えたのか4時に起きてしまった。

起きた当初は一時間早く起きたことに気づかず、布団をたたみ、カーテンを開けてからスマホをのぞき込んで初めて気がついた。

これから布団を敷き直すのも面倒だし、かといって朝活するほど殊勝でもない。毛布と枕を引っ張り出し、畳の上で毛布にくるまり二度寝した。

ずいぶん久し振りに毛布一枚で寝た気がする。寒くて堅くて、決して快適な環境ではないのに、なんだか懐かしい感じがする。

亭主が学生時代に、こんな生活をしていたというわけではない。亭主が若い頃から、日々の生活を通じて漠然と感じてきた「ヨソモノ」感があらためてよみがえったものと思われる。

高校卒業以降、あちらこちらと転々としてきた亭主にとって、どの場所もいつかは出て行く「仮宿」にすぎなかった。どんなに親しい友人と囲まれていても、また現在のように自分の家を持っても、「ヨソモノ」感や「仮宿」感は消えていない。

たぶんこれからも消えないだろうし、それが亭主にとって正常なことなのだろう。

2017年2月15日 (水)

02/15 【聴】 Moment's Notice / Charlie Rouse, Storyvile|Solid(CDSOL-6916)

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 ワシントンDC出身のサックス奏者。Count BasieやDizzy Gillespie、Thelonious Monkなどのバンドで活動したCharlie Rouseが、1977年に発表したカルテットのアルバム。メンバーはHugh Lawson(Piano)、Bob Cranshaw(Bass)、Ben Riley(Drums)。全11曲。「四谷いーぐる」の100枚のうちの1枚。


 Rouseの男気にあふれるサックス・プレイ。ハードバップ・リバイバルの流れに乗ったスピード感あふれる演奏が本作の魅力である。押しの強いサックスの音色はメロディともに非常に印象的で好感が持てる。なお先ほど全11曲と書いたが、オリジナルであるアナログ盤は全7曲、CDには4曲がいわゆる別バージョンとして収録されている。ソロ部分が違うので聴き比べてもよいかもしれないが、思いがけない4曲の追加は、アルバム全体の構成を乱し、結果的にアルバムの作品性を損ねている(場合がある)。アナログのA面、B面がCD盤では一つの曲リストになってしまったことがそもそも由々しき問題であるのに加え、バージョン違いが勝手に追加されていては、どのバージョンをRouseがアルバムに選んだかというメッセージ性さえも損なう。アナログに比べて収録時間が長いCDならではの弊害である。


 幸いにして本作で重複している曲たちは、明確に良しあしが分かるほどにクオリティがばらついていないので、「あ、なんか重複しているけどまた聴けてラッキー」と前向きにとれる。ハイスピードなハードバップを楽しみたい人はぜひどうぞ。(2017.01.07)

02/15 日々雑感(2)

業務にスマートフォンを使ってよいと、通達があった。希望者(といっても対象者は一部だが)には会社からiPhoneを貸与するという。

通達書類や関係者の情報を総合するに、iPhoneを使うメリットは意外と多い。

これまでWillcomの端末を内線・ダイヤルインとして使ってきたが、iPhoneならば社外でも使える。内線の転送サービスでどこにいても受話できる。社外向けに別途携帯を持たずに済む。

iPhoneのアプリから、社内メールが見られるようになる。ExcelやWordのファイルも読めるそうだが、そもそもiPhoneの小さな画面でExcelやWordを操作することは無謀なので、短いメールを送受信する程度にとどめたほうがよさそうではある。

社外でノートPCを使用する際のワンタイムパスワードを発生するアプリがiPhoneで使える。これまでワンタイムパスワードは、物理トークン(万歩計の大きさでボタンを押すとパスワードが表示される)を別途持ち運ぶ必要があったが、これが持ち運び不要となる。

内線用携帯、外線用携帯、物理トークンを一つにまとめられ、しかもノートPCを使わずとも社内メールがみられるというのは、いかにも便利に見える。亭主の周りでも数人が「iPhoneを使います」と宣言している。ただ、亭主は5分ほど考えて、iPhoneを導入しないことに決めた。

理由は明確である。

社外で使える携帯(ガラケー)は、待ち受け状態ならば1週間ほど放っておいてもバッテリーはほとんど減らない。だが、iPhoneはなにもしなくともバッテリーがどんどん減っていく。通話はもちろん、社内メールを見ようものならば、おそらく常にモバイルバッテリーや充電器を持ち歩き、出先でコンセントを探す羽目になるだろう。

亭主は現在、個人用にiPhone SEを使っている。バッテリーの減りを気にして、特急の車内やカフェなどでちょこちょこと充電している。これが個人用と会社用、2台のバッテリーを気にしなければならないとなると、そのストレスやいかばかりになるだろうか。

荷物を集約でき、ノートPCを使わず社内メールがみられるメリットは確かに大きいが、そのおかげでモバイルバッテリーや2個目の充電器、あるいはテーブルタップやUSBハブ(iPhoneを2台同時に充電するためだ)を持ち歩くのは本末転倒だ。会社で見るメールがすべてiPhoneで見られるような内容ならばよいが、メールの読む/読まないをiPhoneの画面で判断し、iPhoneで読めないメールに目印を付けるような手間は勘弁してほしい。それよりなにより、似たようなスマホを持ち歩けば、亭主のような注意散漫な人間は必ずどちらか一方を失くすだろう。

目先のメリットに心奪われて、結果的に面倒になるようならば、そもそものメリットを再考すべきだ。

会社用携帯はガラケーで十分と、5分で見切った亭主であった。

02/15 日々雑感

亭主は都合5種類のプリペイドカードを所有している。

JR東日本の「SUICA」
セブンアンドホールディングスの「nanaco」
地元のバス会社の「バスカード」
タリーズコーヒーの「Tully's Card」
auの「au Wallet」

SUICAは基本的に電車やバスでの移動、JR駅構内での買い物に使い、nanacoはセブンイレブンやデニーズ、ヨークベニマルで使う。バスカードとTully's Cardは用途限定である。Tully's Cardは店頭で提示すると、「お得意様」感が出て何気に気分が良い。

問題はau Walletである。iPhone 5SEを購入した際になんだかんだで作ってみたものの、使いどころがいまひとつわからない。各所で使えるという話だが、具体的にどこで使えるのかが分からない以上、積極的に活用するまでには至っていない。どこか定番で使えるところがあると良いのだが。

亭主の場合、懐に余裕があるうちに比較的高額をチャージし、以降チャージしたことを忘れることにしている。たとえば3000~10000円をチャージしておくと、しばらくは残額を意識せずに使うことができる。自動改札も売店も、コンビニエンスストアも手早く会計を済ませることができる。便利というだけではなくポイントが付くのもうれしい。無意識に使うのがコツなので、日ごろの生活で使えそうなところを決め打ちしておく必要がある。

亭主が良く立ち寄るコンビニは、通勤途中にあるミニストップである。ここにもイーオングループで使えるプリペイドカード、Waonがある。いっそWaonも使えるようにしたらどうかとも考えているが、まずはau Walletの使える場所を確保するのが先決だろう。

2017年2月12日 (日)

02/12 【食】 天下一品博多店(こってり並、福岡県福岡市)

博多で念願のとんこつラーメンを食べた亭主だったが、ラーメンを食べている間中、もやもやとしたものが頭の中をよぎっていた。


たしかにラーメンは美味い。博多といえば国内でも有数のラーメン激戦区であり、出店している店はそれなりに厳しい戦いを勝ち抜いている実力店ばかりである。そんななか、九州とんこつラーメンに関しては経験も知識も乏しい亭主が、とやかく言える立場でないことは重々に承知したうえで、あえて言わせてもらうならば、


ものたりない。


おそらく地元の人たちはラーメンを、他の料理やお酒をたらふく食べ、飲んだ後のシメとして食べているのではなかろうか。大いに飲み、騒ぎ、テンションが充分に上がったところで食べるラーメンはたしかに美味い。だが、とんこつラーメンそれ自体はきわめてシンプルな料理である。スープに、また麺にいかな工夫が凝らされていたとしても、これだけで食事として完結させるためにはそれなりの納得感が求められる。いや、少なくとも亭主は、このラーメン一杯で満足することができなかった。


そんなわけで、満を持して向かったのは天下一品の博多店。周囲のラーメン店に押され気味な店構え、しかしここならば亭主の思いを全て汲み取ってくれるはずだ。

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テーブルに座るやいなや、ネイティブの流暢さを気取って「こってり並、にんにくなし」をコール。出てきた「並」は、こちらも亭主の期待通りのこってりラーメン。味はもちろん他の店と同じく美味い。天一のスープが体にしみいる。身体の浸透圧に近いのかもしれない。


博多の人たちが、飲み食いの後をとんこつラーメンで〆るならば、亭主はとんこつラーメンのあとをこってりで〆る。


実に合理的な考え方に満足した亭主、やっとホテルに戻ることができたのだった。


02/12 【食】 博多ラーメンShinshin KITTE博多店(ネギラーメン、福岡市博多区KITTE博多B1)

福岡市出張で博多駅に投宿することになり、博多とんこつラーメンの店Shinshinに立ち寄った。Shinshinは福岡市に4店舗を構える人気店。特に今回入ったKITTE博多店は博多駅に隣接する商業ビルの地下1階にあり、食事とお酒も楽しめる気軽な店構えになっている。出張で夜6時に博多に着いた亭主、とりあえず今回はネギラーメンを注文した。


20170208shinshin


九州は博多のとんこつラーメンといえば、白濁した豚骨スープにバリカタの直麺、紅ショウガやきくらげ、高菜などのトッピングでもはや全国区の知名度を誇る。かつては亭主もとんこつラーメンが大好きで、茨城県内に九州ラーメンの店が出店した際にはかならず立ち寄り、味を確認しているほどだった。いまでこそ食べ歩き・新店チェックはしていないものの、博多を訪れた際にはやはりこれだろうと、心に決めていた。


期待して食べた今回のとんこつラーメン。スープも麺も期待通りのうまさで、ああ、さすが本場、博多はすごいなぁと、駅前の店で茨城県の標準を軽く飛び越えてくるなぁと素直に感心してしまった次第。


02/12 日々雑感

ブログ記事を書こうとするのだが、キーを打つ指がなかなか動かない。


博多で食べたラーメンのことだとか、孤独のグルメを描いた谷口ジロー氏が亡くなったことだとか、最近の物欲の話だとか、話題は豊富にあるのだが、ブログの記事として頭の中で焦点を結ばない。


いわゆるスランプ、というわけではなく、多分疲れているのだろう。休めばなんとかなる、回復すると信じたい。

2017年2月11日 (土)

02/11 【聴】 Michel Petrucciani Trio/ Michel Petrucciani, Owl|Universal(UCCU-5346)

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 フランス生まれのピアニスト。15歳でプロデビュー、以降アメリカを拠点に活動したMichel Petruccianiの1981年アルバム。J.F.Jenny-Clark(Bass)、Aldo Romano(Drums)によるトリオ構成の全6曲。「四谷いーぐる」の100枚の一枚。


 思わず二度見してしまう、印象的なジャケット。まさしく「異相」な風貌に圧倒されるが、内容は文句なしに素晴らしい。スタンダードは「酒とバラの日々」「チェロキー」の2曲、残りはPetruccianiが1曲、Romanoが2曲を手掛け、ご機嫌なピアノ・トリオを聞かせてくれる。「酒とバラの日々」は同名の映画から、Henry Manciniによるテーマ曲。正当派ピアノから、コロコロと転がるようなソロが美しい。一方Ray Noble作曲のスタンダード「チェロキー」は6分33秒の冒頭2分がドラム・ソロ。2分という長丁場をドラムだけで聴かせてしまうテクニックも素晴らしいが、Petruccianiによる大胆なアレンジには舌を巻く。気が付いてみればジャケットなどは全くどうでもよい話になっている。オリジナル曲の"Christmas Dreams"はRomano作曲。上から下へと縦横無尽なピアノソロと、徐々にテンションを上げていくリズム・セクションとの掛け合いが楽しい。(2017.01.07)

2017年2月10日 (金)

02/10 【聴】 I Love Brasil / Sarah Vaughan, Pablo(PACD-2312-101-2)

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 ニュージャージー州出身のシンガー。ジャズ、ポップス、R&Bなど多彩なジャンルで活躍し、世界的なシンガーとして名前を残すサラ・ヴォーンの1977年アルバム。ピアノにA.C.Jobimを迎えた本作では、ボサノヴァをメインとしたポップなナンバーを聴かせる。ヴォーカルに「ブラジルの声」「ブラジルの心」ともいわれるほどの国民的アーティストMilton Nascimento、ギタリスト・ヴォーカリストとしてラテン・グラミー賞の受賞歴にも輝くDori Caymmiらが参加。全12曲。


 ブラジルの超大物アーティストたちとの共演、彼らの本貫地たるラテン音楽に果敢に挑んだSarah Vaughan。超低域から高域までをカバーする圧倒的な声量は、ボサノヴァというジャンルをしっかりと掌握している。ボサノヴァ音楽に特徴的な、いわゆる「サウダージ=寂寥感」は影を潜め、パワフルかつソウルフルなトラックが並ぶ。その世界はポップス的であり、R&B的であり、ジャズ的でもある。本来のテイストを圧倒し、超大物アーティストたちと拮抗する彼女の実力は、聞き手にも圧倒的なパワーとして迫ってくる。有無を言わせない説得力がある。面白いことに、Sarahの声質と男性ヴォーカルの声質が非常に似ているうえに声域もかぶっていて、曲によっては二人の声が入れ替わるなどの趣向が用意されている。意識せず女性の声が男性に入れ替わっていたりする。うれしい不意打ちとでもいうべきか。


 ところで本作もまた「四谷いーぐる」の100枚に数えられ、ジャズ喫茶でのリクエストが特に多かったアルバムとのことである。当時はこのようなポップス的な、豪奢なアレンジの曲もジャズ喫茶で再生されていたということになる。ジャズ喫茶というところは、亭主が思っているよりももっと自由でおおらか、ノリの良い場所なのかもしれない。(2017.01.05)

2017年2月 9日 (木)

02/09 【読】「人類最古の哲学~カイエ・ソバージュ1~(中沢新一、講談社選書メチエ)」

「人類最古の哲学~カイエ・ソバージュ1~(中沢新一、講談社選書メチエ)」

 宗教学者、思想家。チベット仏教へと入門した経験を元に執筆した「チベットのモーツアルト」が一世を風靡、1980年代ニューアカデミズムの旗手として活躍した著者が、ライフワークとする「対称性人類学」の講義録をシリーズ化した最初の巻が本書。3万年ともいわれる人類の歴史のなかでも最大級の飛躍の一つとして数えられる「哲学」の発祥を、ヨーロッパ、北東アジア、北アメリカの各民族の民話から読み解く。2002年の第1刷刊行以来15万部を売り上げた人気シリーズとのこと。


 ネアンデルタール人から現生人類であるクロマニョン人へ。人類の歴史は、3万年前に出現したといわれるクロマニョン人=ホモ・サピエンスから始まっている。これまでにホモ・サピエンスは2度の大きな飛躍を遂げており、1度目が3万年前の旧石器時代の開幕、そして2度目が1万年前の新石器時代の開幕なのだそうだ。2度目の新石器時代の開幕は、同時に人類に農業や家畜化などを通じての思考の組織化が行われた時代の開幕でもある。これにより人類は「哲学的思考」を獲得する。以降、人類は(文明がいくら進歩しようとも)これ以上の飛躍を遂げていないというのが人類学者たちの認識となっている。


 では、人類が獲得したという「哲学的思考」というものが一体何だったのかという話になるのだが、残念ながら1万年前の人類は文字を持たなかった。代わりに人類は口伝によって後世へとそのエッセンスを伝え、その残滓は北東アジアの古い伝承や、北アメリカのネイティブ・アメリカン(インディアン)の神話として残っているのだという。いや、それだけではない、世界には、神話の残滓は様々な形で残されていて、たとえば日本の創世神話(「記紀」「日本書紀」)、「かぐや姫」「シンデレラ」といった童話やおとぎ話にも哲学的思考のエッセンスが含まれる。さらに言えば「かぐや姫」や「シンデレラ」に類する民話は世界各国に存在し、様々なバージョンをつぶさに分析することで、人類が飛躍的発展を遂げたという「哲学的思考」のアーキタイプが見えてくるのだそうだ。


 本書では、「かぐや姫」や「シンデレラ」といった民話を題材に、様々な国のバージョンを紹介しつつ、それら民話の中に登場する「哲学的」キーワード(たとえば「燕貝」「灰」「ガラスの靴」)が北東アジアや北アメリカの古い伝承とつながっていることを証明していく。レヴィ・ストロースや南方熊楠、あるいは世界の人類学者・哲学者・民俗学者たちが地道に積み上げてきた叡智が中沢氏によってわかりやすく、また独特のユーモアを交えながら解きほぐされていく。

02/09 【読】 「羊と鋼の森(宮下奈都、文藝春秋)」

「羊と鋼の森(宮下奈都、文藝春秋)」

 福井県出身、2004年にデビュー作「静かな雨」が文學界新人賞佳作に入選。長編「スコーレNo.4」、本屋大賞ノミネート作「誰かが足りない」などの作品を発表する宮下奈都の長編。第154回直木賞候補作として「王様のブランチ」などで紹介され話題を呼んだ。


 北海道の山間で生まれ育った青年、外村。高校生の頃に偶然目にした調律の仕事に心を打たれ専門学校を卒業した彼は、故郷近くの街の楽器店で調律の仕事に就いた。格別音楽の才能があるわけではないものの、日々の努力によって技術を高め、己の目標を見いだそうと苦闘する彼の姿を生き生きと描き出す。妻文庫。


 まずなにをおいても読後感が良い。主人公である外村の現代的かつ純粋な性格、こつこつと努力を続ける彼の成長物語は、常に前向きで希望に満ちている。外村をとりまく人々もまた、個性的かつ人間味にあふれていて、それぞれが自らの人生のなかで輝いている。さらに彼らを取り巻く北海道の豊かさ、厳しさは、彼らにとっての原風景であり、音楽体験の基礎となっている。物語の構造や舞台設定がシンプルであるぶん、登場人物それぞれの生き方がヴィヴィッドに際立つ。


 もう一つ、特筆すべきは音楽の描写の豊かさだ。本作品ではピアノの音あるいはピアノの弾き手の音をレトリックを駆使して表現しているが、そのいずれもが文字や文章の間から音を感じさせる。温かい音、くっきりした音といったオーソドックスな表現はもちろん、子犬と戯れているかのような演奏、森の中を想像させる音などの表現、さらには北海道の厳しい自然など多彩な表現を使用しており、しかもその一つ一つが不思議と心にしっくりなじむ。


 それにしても本作で描き出される世界は、どこまでも優しい。人々は皆前向きで、物語は希望に満ちている。まるで上質のオーケストラを聞いたかのような読後感に、読んだ後しばらく余韻に浸ってしまった亭主であった。

2017年2月 6日 (月)

02/06 【聴】Tete a Tete / Tete Montoliu Trio, Steeple Chase(SCS-1054)

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 スペイン、バルセロナ生まれの盲目のピアニスト、Tete MontoliuがNiels Henning Orsted Pedersen(Bass)、Albert Tootie Heath(Drums)とともに作り上げたピアノ・トリオのアルバム。欧州のレーベルSteeple Chaseから1976年に発表されたもので、CD盤は2008年に紙ジャケットでシリーズとして復刻されている。中でも注目はB面に1曲のみ収録されている「カタラン組曲」。20分という長尺に、彼の出身であるバルセロナへの思いがたっぷりと詰まっている。全5曲。


 ヨーロピアン・ジャズらしい小粋さと、盲目とは思えない自在で奔放なピアノ・プレイが印象的な本作。ジャズ喫茶四谷「いーぐる」の100枚の1枚に挙げられるだけあって、リリース当時はジャズ喫茶を中心として人気を博したのだという。Teteがリーダーというだけあってピアノの存在感は格別で、Oscar Petersonを思わせるテクニカルな演奏、流麗でモダンな演奏が楽しめる。ヨーロッパのジャズというととかくスタイリッシュな部分ばかりが強調されるが、彼のピアノには「なにもここまで・・・」とツッコミたくなるくらいのサービス過剰な部分もまた同居している。「面白い」といえば安直だが、黒人音楽のダイナミズム、ホットな部分がヨーロッパ的なウィットに置き換わったと考えると、これもまたジャズの楽しみ方といえるだろう。サービスは甘んじて受けるべきである。


 本アルバムの目玉である「カタラン組曲」は、バルセロナのあるカタルーニャ州に因んでいる。端々に感じられる異郷の音階、どこへ行きつくとも知れない自在なピアノ演奏、突如始まるハイスピードなモダンジャズ。異国情緒を感じさせつつ、現代的な要素をも含む大作。

2017年2月 4日 (土)

02/04 【聴】 Mingus / Joni Mitchell, Asylum|Warner(WPCR-80286)

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 カナダ出身のシンガー・ソングライター、Joni Mitchellの1979年アルバム。ジャズ喫茶・四谷いーぐるの100枚の1枚としてラインナップされた全11トラック、うち5トラックはヴォイスとなる。


 1967年にアメリカに進出、名曲「青春の光と影」のヒットで知られるJoni Mitchell。Bebel Gilbeltoにも通じる柔らかい歌声と、工夫を凝らした多彩なアレンジは、彼女がいわゆる(いわゆる、というのは日本の音楽界の共通認識としての、という意味)シンガー・ソングライターという枠組みに当てはまらないことを意味している。本作にはHerbie Hancock(Key., Piano)、Jaco Pastorius(Bass)、Wayne Shorter(Tenor Sax, Soprano Sax)、Peter Erskine(Drums)らジャズ界の巨匠たち、また異才の打楽器奏者とも名高いEmil Richardsが参加。ジャズ/フュージョン的な要素をふんだんに取り入れつつ、Joni自身の世界観をしっかりと描く。気ままに、まるでフリージャズのソロ演奏を聴いているかのような彼女の歌声が楽しい。また、各曲の間に挟まれる、10秒~1分くらいの音声(Rap)は、彼女の日常を切り取ったもの。お誕生会の様子であるとかちょっとしたセリフであるとか、これもまたJoniの世界観をより印象的に描いている。


 本作で最も注目すべきなのは、M11 "Good Bye Pork Pie Hat"。いわずとしれたCharles Mingusの名曲であるが、冒頭になんとCharles自身がヴォイスで参加している。アルバムのタイトルがCharles Mingusに捧げられたことはもちろん、Charles自身がアルバムに参加していることは、アルバム発売当時ファンに衝撃としてもたらされたそうである。(2017.01.05)

2017年2月 3日 (金)

02/02 日々雑感

 風邪をひいてのこの5日間は、部屋の中で軟禁状態に置かれていた。


 ほぼ完治したと思われる最終日は、半日ほどPCに向かってやり残していたことを片づけていた。


 一番時間を使ったのは、"Domuya Portal"のメンテナンスだ。これまで書いてきたCSSの重複、未使用部分を整理したり、サイト内で不要となったタグを削除したりと、普段はできない作業に没頭した(もちろんタグの削除などはツールで一括だが、消してはいけないタグも少なからずあるので事前の確認は大事)。"Domuya Portal"のトップページのデザインも少しいじった。


 裏話をすると、トップページに使われている3枚の写真(夜明けのダイヤモンドヘッド、ヤシの木、波打ち際)は、すべて亭主がハワイで撮影したものだ。どの写真もトリミング・加工などは一切していない。加工なしでこれだけ印象的な写真に仕上がるのは、いうまでもなく、ハワイという土地の光の美しさと、被写体の美しさのおかげだ。


 もう一つ、トップページに使われているフォントは、フリーのWebフォントサービスであるGoogle Fontsから"Yellowtail"を使用している。筆記体だが読みやすく、サンセリフのような存在感、ポップさもある。どことなく、ハワイのイメージとも共通している感じもする(もっと素敵なフォントがあればそちらを使うことは吝かではない)。


 「どむや」も、プロトタイプに遡れば1996年から、実に21年間にわたり運営してきた。途中コンテンツが大きく入れ替わることもあったが、おおむね「こんな感じ」の内容に安定した。ただ、ネットを眺めているとデザインには流行り廃りがあって、たとえばコリスで紹介されるデザインのトレンドにはいつも刺激を受ける。いつかはあのようなクールなデザインのサイトにも挑戦したいと思っている。

2017年2月 2日 (木)

02/02 【聴】 Summer's Daughter, Strawberry Children / Jugo Nagisa(渚十吾), Waikiki Records(WAKRD-046)

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 シンガーソングライター、文筆家、音楽DJ、音楽プロデューサーなどで幅広く活躍する渚十吾の2015年作品。表題作"Summer's Daughter, Strawberry Children"ほか全15曲。


 カフェやワインバーを会場に、歌と音楽、おしゃべりを中心としたイベントを主宰する渚氏。亭主自身はまだ彼のイベントに参加したことはなく、知人であるLucienさんのイベントレポートなどからうかがい知るしかないのだが、本アルバムのようなオーガニックで安らぎにつつまれた雰囲気であるらしい。ギター、ベース、パーカッションなどシンプルかつアコースティックな演奏に、渚氏ほかToyoda Miwa, Oranoa, Yepらのヴォーカルが重なる。素朴で飾り気のない歌い方、あえて節回しをしない独特の歌い方が彼の作品の特徴である。この独特さが一種の「アク」「クセ」となって聴く人を選ぶ。「都会の民族音楽」という言葉で形容するのがしっくりくる。


全体的には穏やかで深い慈しみにあふれた曲ばかり、愛だの恋だの感謝だの、絆だのとことさらにがなりたてる昨今の押しつけ型ポップスとは一線を画する。(2017.01.05)

2017年2月 1日 (水)

02/01 日々雑感

 いまいましいことにインフルエンザウィルスに感染してしまい、ここ数日は自室に軟禁状態となっている。


 6畳ほどのオーディオ兼書斎に布団を持ち込み、妻から差し入れされる3度の食事をただ黙々と消化する日々を送っている。妻はと言えば除菌滅菌殺菌に血道をあげていて、亭主が触れた家具や手すりを重曹水やクエン酸で拭きまくっている。もちろん洗濯物を妻のものと一緒に洗濯籠に入れようものなら血圧を3倍ほど上げてすぐさま洗濯機を回している。申し訳ないと思いつつ、ばい菌同様の扱いに少なからず落ち込んでいる亭主である。


 軟禁状態になってわかったのは、自分が閉所恐怖症である、ということだ。いや、正確には「窒息恐怖症」といえばよいだろうか。インフルにせよ風邪にせよ、ハナが詰まる。すると亭主の中に「窒息したら死ぬ」という恐怖心が沸きあがり、止まらなくなる。口で呼吸できていたとしても、就寝時にふとしたはずみで口を閉じたら窒息するかもしれない。食事をしているとき、モノを飲み下す瞬間に窒息するかもしれない。この狭い部屋が二酸化炭素で充満して酸欠状態になって死ぬかもしれない。


 おおよそ正常な頭で考えればそのようなことはない、と思っていても、恐怖が心の中に立ち上るといてもたってもいられなくなる。寝て入れば起き上がるし、起き上がれば立ち上がる。立ち上がって窓を開け、外の風をいれたくなる。風が吹いていなければ窓の外に首を出し、首だけではなく身を乗り出したくなる。呼吸が荒く、短く、不安定になり、窒息の恐怖から逃れるために自死すらも考えてしまう。「恐怖症」の恐ろしさをつくづく思い知らされた。


 軟禁状態になって3日が立つ。あと一日くらいは監禁されている予定。亭主にウィルスを感染した人間に、この恐怖を克明に伝えてやりたいものだ。

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