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2017年1月

2017年1月31日 (火)

01/31 【聴】 Reflection / Brian Eno, Opal|Warp|Beat(BRC-538)

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 アンビエント音楽の大家・Brian Enoの最新作。1970年代から長きにわたって彼が取り組む、アンビエント音楽のさらなるマイルストーン的なアルバム。全1曲。


 "Reflection"すなわち「熟考」とは、本作が内省、内的世界、あるいは自己との対話といったコンセプトのもと作られているからとのこと。静かな空間に、様々な音が弾け、響くさまはまさにアンビエントの王道、といった趣を持つ。一方、制作の過程には「自動生成的」な要素が多分に含まれ、確率や自己参照といった数学的・プログラミング的な手法が用いられている。手法としては無機的だが、得られた音楽は実に有機的で、多様。この有機的なトラックメイキングこそが彼を長く「アンビエント音楽の大家」として位置付けている所以である。


 このところジャズを聴く機会が多いなか、アンビエントを聴くとなんというか、妙にホッとする。亭主の音楽的ルーツがアンビエントであるということではまったくなく、まして亭主の生き方がアンビエント的であるわけでもないので、この妙な安堵感は純粋に音楽の作用によるものらしい。自動車の中で聴いてもよいが、やはり自宅で、それも深夜にじっくり聴くのが良い。昔ならば深夜ラジオを聴いていたような時間帯である。そう、ちょうど深夜の静寂のなか、はるか空の向こうからやってくるラジオの電波を拾ってひっそりと聴くのに近い。昔は亭主も深夜ラジオを聴きながら受験勉強に勤しんだものだ。昨今は深夜放送も様変わりしていると聞く。当時の亭主と、現在の亭主を比べるのにも無理がある。ただ言えるのはアンビエントがまぎれもないパーソナルな夜の音楽であること、あの頃と今とが夜の闇でつながっているということだ。(2017.01.05)

01/31 日々雑感

土曜日あたりから体に変調あり、月曜日に医者に行ったところインフルエンザA型に罹患していた。

昨年についで2回目の罹患となる。

おそらく、木曜日の東京行で、行きあるいは帰りの常磐線車中で感染したのだろう。そのまえの月曜日、始発/最終で移動した大阪出張で体力が落ちていたことも原因と思われる。

急遽月曜日から金曜日まで会社を休むことにしたが、この時期の病欠はダメージが大きすぎて筆舌に尽くしがたい。インフルエンザの感染源が誰かは不明だが、このテのパンデミックを起こして平気な顔をしていられるような人間はとっとと地獄に落ちてほしいと思っている。

言いたくはないが、どうやら妻も体調を崩してしまったらしい。これで妻がインフルエンザだとしたら、地獄に落ちることすら生ぬるい。

2017年1月28日 (土)

01/28 【食】の件で日々雑感

12月に出張で東京・新橋を訪れた際、偶然立ち寄ったラーメン店のラーメンのうまさに感動して、「これは亭主の定番メニューになりそうだぞ」と予感した件。

ラーメンのレビューはまだブログには書いていないが、1月の出張で再度訪れ、再び同じメニューを食べたところ2度目にして飽きてしまった。

最初に食べたときは、麺の太さ、コシといい、スープの濃厚さ、こってり感といい、またトッピングの分量、豪華さといい、いずれも亭主の好みに一致していて、これはすごいラーメンだと思ったのを記憶している。普段は無言で食べている亭主が、店主に「このラーメン美味いですねぇ!」と声をかけてしまったくらい感動し、次の出張でもきっとここに来るぞと心に決めて店を出たほど気に入っていたのだ。

ところが今回の出張で再び同じメニューを食べたところ、最初の印象とはまるで異なる印象を受けてしまった。麺はもったりとして分量ばかり多く、スープはラー油をふんだんに使って辛味を出すと同時にしつこくて、トッピングも量の割には主張に乏しかった。あの時の感動はどこにいってしまったのだろうか。

このような心境が変化した状況を、亭主は「見切る」と呼んでいる。味の底が見えてしまったり、あるいは味そのものに飽きてしまったり、とにかく見切ってしまうと急に興味が失われていく。逆に、どんなに食べても味の正体が見えないラーメンは亭主の好きなラーメンでもある。最初に食べて「なんじゃこらあ」と思うくらいでちょうどいい。家系も、天下一品も、最初に食べたときは「なんじゃこらあ」で、食べ続けるうちに定番のメニューとなっていった。

ちなみに今回2回目で「見切った」ラーメンはしょうゆ味。お店の人によると塩味もあるそうだ。塩味はどうなのだろうか。もう一度食べに行ってもよいかもしれない。

2017年1月27日 (金)

01/27 日々雑感

新たに購入したiPad Air 2を妻専用のタブレットに、また以前から使っていたiPad 2を自分専用のタブレットに割り当てた亭主、iPad 2を買った頃のことをつらつらと思い出す。

そういえばiPad 2を買った当時、亭主はこれを使って電子書籍を読んでいた。iPadに角川書店のBookwalker、そして雑誌のオンライン書店であるFujisan.co.jpのアプリをそれぞれインストールし、アプリから電子書籍を購入していたのだ。

ただ、BookwalkerにせよFujisanにせよ、たまたま角川書店に、また雑誌に読みたい本があっただけのことで、それぞれのアプリで数冊購入し、読んで以降はどちらのアプリもiPadから消していた。本格的に電子書籍を読むようになったのはKindle Whitepaperを購入してからだ。

なぜiPadで電子書籍を読まなくなったのかと当時のことを思い出すに、やはりiPadの重さが一番のネックであった。

タブレット性能比較(iPad 2を追加して再掲)
モデル名 画面サイズ メモリ 駆動時間 重量 参考価格
Kindle Paperwhite Comic Model 6インチ 32GB 数週間 205g 16280円
Kindle Fire HD 8 8インチ 32GB 12時間 341g 15980円
Apple iPad mini 4 7.9インチ 32GB 10時間 299g 45900円
Asus Zenpad 3 8.0 7.9インチ 32GB 11時間 320g 36000円
Apple iPad 2 9.7インチ 64GB 10時間 601g 購入済

コミック4冊分(一冊おおよそ150g)を片手に持って読むというのは、いくらなんでも負担が大きい。例えば電車の中、特急の指定席で読む場合、iPad 2をどうやってホールドしたらよいのだろうか。片手で持って、目の前でホールドすれば確実に手が疲れるし、かといって腿の上に置いたら視線が下を向きすぎる。指定席にあるテーブルを引き出しこの上に置けば、視線と画面が正対しない。いずれにせよ長時間の読書に向いていない。

モノは試しと、iPadにKindleアプリをダウンロードして活字やコミックを読んでみた。片手では重いと両手で持ったものの、やはりずっしりくる。9.7inchの画面は相当大きく、特に活字に関しては「間が抜けている」ように感じる。コミックならば画面の大きさは気にならないが、今度は画面の「白」のギラギラ感が気になる。個人的には白ではなく、少し暗さのあるクリーム色くらいがちょうどよい。本に長年親しんできただけに、電子書籍への注文は思いのほか多いようだ。

01/27 【聴】 Saxentric / Jimi Tenor, Herakles(HRKL-005CD)

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 フィンランド出身の電子音楽家兼プロデューサ・Jimi Tenorの久々となる単独名義作。Sax + Eccentricの名前を冠した一風変わったタイトルの本作は、サックスを前面に押し出したジャズ/フューチャー・ソウルのアルバム。2016年リリース。全12曲。


 北欧出身らしい色白なフェイスに真っ白なボディ・スーツ、白い馬にまたがった姿から「白馬に乗ったマントの騎士」などというありがたくもなんともない二つ名で呼ばれたこともあるJimi Tenor。国内では1999年にSony Technoからリリースされたエレクトロニック+モンドのアルバム"Organism"で知名度を上げた彼ではあったが、その後の国内での評判はいまひとつで、テクノ的には忘れられた感もあったようだ。ただ、個人的に彼の作品が大好きだった亭主としては地道に情報を集めていて、アフロビートバンド"Kabu kabu"との共作や、妻であるNicole Willisとの共作"Jimmu & Cola"など継続的なリリースがなされていたことは把握済。そんな中で本作"Saxentric"は、亭主の中ではOrganism以来のスマッシュ・ヒット、彼の得意とするデジタル・ファンクをジャズのフォーマットで再解釈した、実に気持ちの良い作品に仕上がっている。彼の得意とするレトロ・フューチャー、レトロ・モダンなアレンジはもちろんのこと、多数のミュージシャンが参加した生楽器がとにかくゴキゲン。ドラムのシャンシャンという響きにチョッパーなギターが加わると、気分はもちろん身体までウキウキと動き出す。極め付けはちょっとすっとぼけたサックス・プレイ。Kabu kabuで培ったアフロ・ビートを正攻法でジャズにぶつけている。文句なしに気持ち良い。(2016.12.28)

2017年1月26日 (木)

01/26 iPad Air 2(Wi-Fiモデル、スペースグレイ、32GB)の導入

 妻が使っているiPad 2の調子がこのところ思わしくない。


 Safariでネットを見ていると頻繁に落ちる。全体的に動作が重くなる。


 iPad 2を導入したのはいつ頃の話だったか、とんと覚えていないが、ハードの発売日は2011年で、「安いから」とタイにいた知り合いに現地で買ってきてもらったのだ。実際安かったかもよく覚えていないが、多分東京に行く電車賃片道くらいは浮いたように思う。当初は興味を示さなかった妻がその気軽さからちょくちょく使うようになり、妻のノートPCにインストールされているWindows XPのサポートが切れたのをきっかけに、ノートPCからiPad 2へと移行した。プリンタが使えないことを除けば不便はないようで、毎日便利に使っていた。


 最近までSafariが落ちても我慢強く使っていたようだが、とうとう限界がきたようで何とかしてほしいと頼み込まれたのが今週の月曜日のこと。端末リセットでなんとかなるかとも思ったものの、せっかくだからと一念発起、この日秋葉原のヨドバシカメラでiPad Air 2を買ってきた。


 色はスペースグレイ、容量は32GB。


 自宅のiTunesにiPad 2のデータをバックアップし、その後iPad Air 2にデータをリストアした。データが正常に書き戻されていることを確認し、iPad 2のコンテンツをまっさらにし、リセットをかけた。


 iPad Air 2とiPad 2、双方で都合4回もWi-Fiのパスワードを入力したのには閉口したが(うちのパスワードは強度を気にしてランダム+どえらい長いのだ)、とりあえず双方とも使えるようになった。


 妻にiPad Air 2を進呈したら、iPad 2は個人用に使うつもり。期せずして電子書籍用の端末が手に入った。


 ところでiPad Air 2には、Apple純正の外付けキーボードが提供されていない。iPad 2時代にはドックとしても使えるキーボードがあって、iPadを立ててハードキーを打つことができたのだが、Apple Storeの店員さんによれば、現在の純正キーボードはiPad Pro専用なのだという。必要な人はサードパーティからBluetoothキーボードを買ってくださいとのこと。


 しかたないので、以前亭主が購入したBluetoothキーボード、「Key-to-go iK1041BK / Logicool」を進呈することにした。iPadを立てるためのスタンドもついているので、すこぶる使いやすいはず。ただ、キーボードにせよiPadにせよ、ほっぽっておけば電池は切れる。ドックとして使えるキーボードならば、ドックに置いておくだけでiPadが充電できた。


 今のApple製品のコネクタは、わりと脆弱。このあたりが気になるところだろうか。

01/26 【読】 「風のくわるてっと(松本 隆、立東舎文庫)」

「風のくわるてっと(松本 隆、立東舎文庫)」


 作詞家・松本隆が伝説の日本語ロック・バンド「はっぴいえんど」在籍時代に発表したエッセイ集。1972年にブロンズ社から刊行、1985年に復刊されたのち、2016年3月に再度復刊された。3回目はリットーミュージックがプロデュースする立東舎文庫から。


 作詞家として、またはっぴいえんどのドラマーとして非凡なる才能をあますところなく発揮していた松本隆。独特で、若者の感性をヴィヴィッドに表現した歌詞は、はっぴいえんどの方向性を明確に示していた。彼の指向する「風街」のコンセプトは、バンドのアルバム「風街ろまん」となったほか、その後設立するインディペンデント・レーベル「風待レコード」へも反映されている。はっぴいえんど時代に作られた数々の名曲、松田聖子や太田裕美、オリジナル・ラブ、中島美嘉らへの楽曲提供などなど現在も第一線で活躍している。本書は、そんな彼が手がけた楽曲が書かれた背景、彼が生まれ育ってきた東京の心象風景が、当時19~22歳だった彼の視点で鮮やかに記されている。


 私事で恐縮だが、亭主がはっぴいえんどを知ったのはたしか大学生の頃だ。小学生~中学生でYMOにハマり、高校生でノンスタンダード・モナドレーベルにハマった亭主は同時にメンバー3人の過去の音楽活動をたどっていた。高校近くのレコード店で細野さんの過去であるキャラメルママやティンパンアレイを知った亭主が、はっぴいえんどやさらに前身であるエイプリル・フールへとたどり着くのはごく自然な流れといえた。その中で、はっぴいえんどに出会い、松本氏の歌詞に感動し、同時に松田聖子の「赤いスイートピー」が松本氏によるものだと知ったときの驚きはいまだに忘れることができない。亭主が松本氏の歌詞に感動した年代は、松本氏がはっぴいえんどとして活動していた年代でもある。亭主の大学時代、世はまさにバブル絶頂期。はっぴいえんどのコンセプトとはまるで違う価値観が時代を席巻していたが、すくなくとも亭主はといえば相も変わらずの貧乏生活、当時の狂乱ぶりとは無縁な生活を送っていて、はっぴいえんどの世界観にかなり近いものがあったと、思っている。


 本書は、亭主のようなはっぴいえんどに強く惹かれたファンがはっぴいえんどをさらによく理解し、またアルバム「風街ろまん」をより深く楽しむためのサブテキストでもある。ご丁寧にも松本氏自身がアルバムの楽しみ方を「読者への注文」というかたちで指南している。エッセイの語り口も「風街ろまん」そのもので、アルバムを知る人ならばその語りひとつひとつがはっぴいえんどの世界観と繋がっていることに気づくだろう。またはっぴいえんどの作品に特徴的な「海」のイメージが、ロック・バンド「プロコル・ハルム」からの明確な引用であることにも気づかされる。なぜ「海」なのだろうと当時疑問に思っていた亭主、本書を読んで思わず「ああ」と声を上げてしまった。(2017.01.26)

2017年1月24日 (火)

01/24 【聴】 The Message / J.R.Monterose, Jaro|Sinatra Society of Japan(XQAM-1622)

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 ミシガン州デトロイト生まれのサックス奏者。Charles MingusのバンドやKenny Dorhamのプロジェクトに参加したJR Monteroseの1959年アルバム。スウィング・ジャーナル誌の「幻の名盤読本」で紹介されたのをきっかけに、国内で大ブームを巻き起こした名盤中の名盤が本作となる。参加アーティストはTommy Flanagan(Piano)、Jimmy Garrison(Bass)、Pete la Roca(Drums)といずれも実力者ばかり。全7曲。


 名盤ブームのあおりをうけ、廃盤となっていた本作が中古市場で暴騰したのが1970年代のこと。彼自身はMingusやDorhamのアルバムでそれなりに知名度があったものの積極的にアルバムが売れたということもなく、むしろ地味なアーティストの部類に入っていたようだ。ただし本作を聴いてみると、そんな「地味」な印象は一切ないことに気づかされる。テナーサックスのスピード感、キレの良さ、そして爽やかな音には、コンテンポラリー・ジャズにも通じる垢ぬけたセンスがある。なぜこのアルバムが当時ウケなかったのだろうと考えるに、やはり白人サックス・プレイヤーというジャズにとってはむしろ不利なルックスと、そのセンスの良さにあったのではないかと想像される。マニアにとってジャズといえば黒人の音楽であり、楽器の先から汗とツバとが飛び散るようなエネルギーがもてはやされたのだろう。JR Monteroseのサックスには、そんなアフリカ音楽のダイナミズムや汗やツバの飛び散りは残念ながらないが、むしろこの垢ぬけたセンスは現代にこそマッチするように思われる。(2016.12.24)

2017年1月23日 (月)

01/23 【読】 「完全言語の探求(ウンベルト・エーコ、平凡社ライブラリー)」

「完全言語の探求(ウンベルト・エーコ、平凡社ライブラリー)」


 イタリアはピエモンテ地方、アレッサンドリア生まれ。トリノ大学、ミラノ大学、フィレンツェ大学、ボローニャ大学などで美学、視覚コミュニケーション論、記号論などを教えたほか、「薔薇の名前」「フーコーの振り子」などの小説作品でも知られるウンベルト・エーコが1993年に記した言語学の大著。古くヨーロッパの哲学者が追い求めてきた「完全言語」「普遍言語」に端を発し、現在の人工言語、人工知能、民族論にまで至る壮大な英知の旅。


 本書で言及する「完全言語」とは、旧約聖書にて神がアダムに語りかけた言葉のこと。また「普遍言語」とは神がバベルの塔を破壊し、言葉を混乱させた以前に離されていた言葉を指す。神は、この世界を作り出した最初の存在であり、アダムに語る言葉は完璧でなくてはならない。またバベルの塔が破壊された以前の言葉は、その後派生した全ての言語の原型でなければならない。これらの仮定の下、多くの学者が様々な論を繰り広げる、それら論を断章として紹介したものが本書となる。完全言語の研究は、世界に隠された英知を探求する学問としてカバラや魔術的言語などより抽象的な思索へと発展する。聖書にかかれた言葉を基本として文字を入れ替えたり数字に変換してみたりといったカバラの秘法・数秘術はその後暗号論へと継承されていく。


 一方、「普遍言語」は、ヘブライ語を全ての言語の祖とするという仮定のもと、様々なヨーロッパ言語の共通性を見いだす「比較言語学」へと発展する。我が国の言葉こそは言語の祖であると、いささかのナショナリズムを含みつつ発展するが、遠くインド・アーリア人の言葉にヨーロッパ言語との共通性が見いだされるなど意外な方向からの発見があるなど、研究が進むうちにますます聖書から外れていってしまうあたりが興味深い。これら研究は16世紀あたりにはすでに活発に論じられていたそうである。日本ならば室町から安土桃山といった時代の話。当時関ヶ原界隈でエイエイオーとやっていた日本からすれば、文化学術的にずいぶんと出遅れているという見方もあるし、聖書の解釈をめぐっての余計な回り道をせずに済んだという見方もあろう。


 ウンベルト・エーコの著作といえば、とにかく様々な文献を参照しつつ論を展開することで有名である。情報過多というか、ナミの人間ではなかなか追いつくのが難しい、盛りだくさんなテキストとなっているので読む側としても非常に骨が折れ、読んでいても非常に疲れた。おもしろい、興味深い部分もある一方で、参考文献を引き合いに出しながらの考察は前提条件や知識を必要とするため理解がなかなかに進まない。結果的に読み飛ばしたり、消化不足で読んでしまった部分も多々ある。諸手を挙げて「これはおもしろい!」と言うには少しおこがましい。専門知識があるならば正当に評価できたのだろう。


 現代の人工言語や人工知能の取り組みは、なまじ亭主も守備範囲なだけにフンフンと興味深く読めたが、工学的な記述や知識処理、あるいはオートマトンと言った人口知能でも特にベーシックな部分についての記述は意外に少ないのが気になった。(2017.01.23)

2017年1月22日 (日)

01/22 【聴】 The Return of the 5000lb. Man / Rahsaan Roland Kirk, Rolar|Warner(WPCR-29107)

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 オハイオ州コロンバス生まれのサックス奏者。数多くの楽器をこなすマルチ・プレイヤーとしても知られるRoland Kirkの1976年作品。映画のサウンドトラックを思わせるM1"Theme for the Eulipions"ほか全7曲。


 実にたくさんのアーティストが参加している本作、その楽曲もまたバラエティに富んでいる。先に述べたM1は、女性のアナウンスに続いてRolandによるサックス・ソロが奏でられる。むせび泣くようなサックスとスウィングとの組み合わせが、夜露にぬれる深夜の路地を思わせる、まさに好演。サックスに続いては女性ヴォーカルが同じメロディを歌で彩る。まさしく映画のサウンドトラック、いや映画のワンシーンでも見ているかのようだ。


 続くM2"Sweet Georgea Brown"はイントロの口笛とサックス、ピアノの掛け合いが楽しいディキシーランド的な曲。M4"Lovin' You"は言わずと知れたMinnie Ripertonの1974年大ヒット曲で、バート・バカラックを思わせるリラックスした、ポピュラー音楽的なアレンジと、フルートによる主旋律が美しい。ポピュラー音楽的、といえばM7"Giant Steps"などは、男女混声の合唱曲。なんとも意表を突くアレンジ、アイデアの奇抜さと豪華さに、彼のプロデューサー的手腕が光っている。実際のところ売れ行きがいまひとつだったのは、彼がジャズ・シーンですでに有名となっていた一方でアルバムそのものが非常にポップであったため、世のジャズマニアが引いてしまったから、らしい。一方、「四谷いーぐる」ではこのアルバムが大いに受けたようである。他のジャズ喫茶との差別化に一役買った、ということらしい。

2017年1月21日 (土)

01/21 【聴】 Story on Dial Vol.2 / Charlie Parker, dial|Universal(UCCU-5769)

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 カンザス・シティ生まれのサックス奏者。ジャズの原型である「ビ・バップ」の創始者として知られるジャズ・ジャイアント、Charlie Parkerの若き日の演奏を集めたアルバムの第2弾。オリジナルは1986年リリース、全18曲。こちらはジャズ喫茶「四谷いーぐる」の100枚の中の1枚ではない。


 参加アーティストはMiles Davis(Trumpet)、J.J.Johnson(Trombone)、Duke Jordan(Piano)、Tommy Potter(Bass)、Max Roach(Drums)。いわゆるセクステット構成で、ゴージャスかつ軽快なビバップを聞かせる。Parkerがニューヨークを拠点として活躍していた1947当時の演奏とのことで、メンバーの豪華さもさることながら、演奏そのものもスタイリッシュだ。DexterityやBongo Bopなど12曲が彼自身の曲であるが、それらもまたジャズ・スタンダードと呼んでも良い風格を持つ。いうまでもなくビバップといえば当時の最新モード、変幻自在にコードを変える構成は最高に刺激的で、ハイソだったに違いない。金管楽器・ホーンが3名もいるとそれだけでもう華やか・きらびやか。当時の賑わいを存分に感じることができる(2016.12.24)

2017年1月20日 (金)

01/20 日々雑感

IntelのSSD5を買いに、東海村にあるPC-Depotに行った際、モノのついでとタブレットをいくつか見た。かねてから、電子書籍リーダーとしてこのテのタブレットが欲しいと思っていたからだ。


亭主自身は電子書籍リーダーとしてKindle Paperwhite 32GBマンガモデルを購入したばかりである。Paperwhite応援団として他のタブレットに目移りするのはいささか気が引けるが、興味があるのだからしかたがない。今のところの候補は、Apple iPad mini4、それにKindle Fire HD8。以前にもこれらとPaperwhiteとを比べたことがある。Paperwhiteの不満な点は、なんといっても画面の狭さ。iPadやKindle Fireがこの不満を解消してくれると期待してのことだ。


ただ、Kindle Fireに表示されていた電子書籍のサンプルを見た瞬間、目と、脳が拒否反応を起こした。Fireの画面はとにかく明るく、とてもとても、落ち着いて読書をできるような環境になかったからだ。


タブレットにとって、画面が美しいことは必須要件の一つだ。Webサイトを見るにせよ、またYoutubeで動画を見るにせよ画面が美しくなければコンテンツを十分に楽しむことはできない。だが、本の場合には、長時間活字や漫画を眺めていても疲れないことが必須要件となる。鮮やかな発色はカラーページを眺める際に必要だとしても、本文を読むにはまったく不要。これはiPadにも言えることだ。


実は亭主の自宅にはiPadがあって、妻が便利に使っている。妻が使っていたノートPCがWindows XPだったため、セキュリティ対策もかねてiPadの使用を勧めたのだ。最初はあまり興味がなかった妻も、次第にiPadの便利さ、立ち上げの速さや持ち運びの気軽さに気が付いて、現在はもっぱら妻専用の端末になっている。このiPadに亭主が電子書籍アプリをいくつかインストールしていて、亭主自身もちょくちょくiPadで電子書籍を見ている。


ただ、残念なことに、iPadを使って、本気で電子書籍を読む機会はほとんどなかったように思う。時間がないというよりも、読んでいるうちに飽きたり、疲れたりしてなかなか続かないためだ。

やはりKindle FireやiPadはお預けなのだろうか。

2017年1月19日 (木)

01/19 【聴】 Story on Dial Vol.1 / Charlie Parker, dial|Universal(UCCU-5770)

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 カンザス・シティ生まれのサックス奏者。ジャズの原型である「ビ・バップ」の創始者として知られるジャズ・ジャイアント、Charlie Parkerの若き日の演奏を集めたアルバム。オリジナルは1947年リリース、全19曲。ジャズ喫茶「四谷いーぐる」の100枚の中の1枚。


 参加アーティストはMiles Davis(Trumpet)、Dizzy Gillespie(Trumpet)、Wardell Grey(Tenor Sax)、Erroll Garner(Piano)、Barney Kessel(Guitar)ほか。「チュニジアの夜」「ヤードバード組曲」などジャズ・スタンダードの名曲を、 ジャズ黎明期・綺羅星のごとく輝くアーティストの演奏で聴くことができるというのは、何にも増して喜ばしいことだ。なにぶん70年前のソースということで音質は察するところだが、演奏の雰囲気、とくに全体をもっさりと包む空気が、当時の最新モードであったビバップの熱さをしっかりと伝えてくる。1曲あたり3分前後とコンパクトなせいもあり、名演・名フレーズがどんどんと現れては消える。アルバム全体でテンションが維持する状態を「プラトー状態」などと呼ぶことがあるが、本アルバムの構成もまたスタンダード・ファンにとってはプラトー状態に近いものがある。ちなみに亭主がジャズというものに興味を持って初めて聞いたアーティスト/曲はBud PowellのA Night in Tunisiaだが、この曲はDizzy GillespieとピアニストであるFrank Paparelliとの共作である。大学生の頃、わからないながらも繰り返し聞いた思い出の曲もまた収録されているのがうれしい(2016.12.24)

2017年1月18日 (水)

01/18 ちょっとご連絡

年賀状に「どむや見てます」と書いてある方が意外と多く、ラジオの深夜放送のパーソナリティ気分をひそかに味わっている。


一方で、深夜放送を聴いている方がたがこのブログの内容に興味を持っていただけているのかは若干不安だったりもする。ジャズのCDのレビューより、まはろ+あろはのハワイコンビの話題の方がウケるだろうかと思うこともある。


ハワイコンビの話題は、Facebookに載せているので、興味のある方は亭主の実名で検索ください。Facebookのアカウントを持っていない方は、もしよろしければこの機会に、どうぞ。可愛い写真もありますよ。

01/17 メインPCのデータドライブ換装(Intel SSD5 480GB)

このところ、データドライブ(D:\)として使っていたPlextorのSSD、PX-0256M6S(256GB)の調子が悪かった。


Windows Update時にSSDが認識されなくなること1回、Jane Doe(掲示板ブラウザ)のデータが消えること1回、メールフォルダに入っているメールとインデクスとの不整合が生じること数知れず。2013年8月に購入し現在まで、3年と5か月使用したSSDだ。


当初Windows Updateを疑ってみたのだが、状況証拠からデータドライブの不具合と最終判断したのが昨夜のこと。翌日、事態が深刻となるまえにIntelのSSD、SSD5(480GB)を近所のPC-Depotで購入。店頭にはSamsungとIntel、それに見知らぬメーカの3種しかなく、しばし悩んでIntelを手に取った。


すでにデータドライブの内容はコピーを取ってあったので、古いSSDを外し、新しいSSDに換装。データを書き戻し作業はつつがなく完了した。


今回の件でSSDもまた不調となることが分かった。Crystal Disk Infoというドライブの健康状態をレポートするソフトは不調と診断していなかったが、このテのトラブルは診断よりも直感や違和感を大切にしたい。いろいろと不可解なことはあるが、とりあえず被害はメールボックスにあった数通のメール程度、無事に復旧したので良しとしよう。

なお、今回もPCの更新はなし。部屋には相変わらずデカブツが鎮座している。

2017年1月17日 (火)

01/17 【聴】 My People / Joe Zawinul, Escapade(ESC-63651-2)

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 Weather Reportでの活動がことに有名。キーボード奏者Joe Zawinulが1996年にリリースしたアルバム。アフリカ系ワールド・ミュージックとヨーロッパ音楽とを接続する試みた画期的なアルバムとして話題を呼んだ。全11曲。リリースによっては全12曲のアルバムもあるらしい。ジャズ喫茶・四谷「いーぐる」の100枚のうちの1枚。


 アフリカ音楽、特にアフロ・ビートと呼ばれるジャンルの音楽に、世界の様々な音楽要素を詰め込んだハイブリッドな音楽、という形容がいちばんしっくりくるだろうか。アフリカ・ジャズ・シーンのカリスマで、政治活動家でもあるフェラ・クティが、自身のジャズに命名した名前がアフロ・ビート。のちに彼の息子であるフェミ・クティが、ロックやクラブ・ミュージックの要素を加えることでダンス・ミュージックとしての機能性を獲得したこのアフロ・ビートが本アルバムの大きな柱だ。ただしJoe Zawinulは、このアフリカ発の音楽にさらなる要素を加える。アラブ音楽、ホーミー、声明、グレゴリオ聖歌など世界の様々な音楽要素をふんだんに投入する手法は、ディープ・フォレストやエニグマといった、1990年代前半に活躍したニューエイジ系ミュージシャンの作品とかなり近い。ディープ・フォレストやエニグマが採ったあざといまでのサンプリングは一部アーティストから痛烈な批判を浴びることになるが、本アルバム"My People"での演奏は基本的に人力。ジャズ的な要素も多分に含むことでオリジナリティを主張している。(2016.12.08)

2017年1月16日 (月)

01/16 ノジマの@nifty買収に関して(2)

前回のエントリであからさまな不安を表明した亭主であるが、それでは実際にノジマが@niftyを買収したならば@niftyを解約するかと言えば、そうでもない。現状使っているサービスが多岐にわたるうえ、新しいプロバイダに乗り換えるための手間が想像を絶するからだ。


@niftyでは、プロバイダメールのほかブログ(cocolog)、ホームページサービス(Lacoocan)を利用している。特にプロバイダのメールボックスには、1日10~20通のメールが届く。そのほとんどはいわゆるメルマガである。メルマガなど捨ててしまえばよいと思われるが、それだけのサービスに当該メールアドレスを登録しているということでもある。登録変更にはそれぞれアカウントやパスワードが必要である。パスワードをどれだけ管理しているか、記憶しているか、はっきりいってわからない。


ところで、私信がプロバイダのメールボックスに届かなくなって、いったいどれほど経つだろうか。現在、私信はキャリア(au)のメールボックスに届くか、SNSのダイレクトメッセージに届いていて、それで全く不自由していない。


ならばプロバイダへのメールをキャリアに集約すればよいではないかと言われそうだが、キャリアのメールボックスに読みもしないメルマガがひっきりなしに届く状況は、はっきりいってストレスである。ときおり届くjpgやpdfが添付されたメールを、スマートフォンの小さい画面で見るのも勘弁してほしい。


キャリアメールとは別に、プロバイダメールはやはり必要なのだ。

01/15 日々雑感

亭主の出身高校には、高校卒業30周年記念の同窓会を開催するという伝統があるらしい。


知らなかった。


Facebookで同期から連絡があり、ホームページを教えてもらう。ホームページには実行委員の紹介やらタイムスケジュールやら、各クラスごとに同窓生名簿を作るためのフォームを記入するページがある。しばらくページを眺めていたのだが、気乗りがしなかったため、そのままページを閉じてしまった。


実行委員の名前に見覚えはあったが、格別親しくしていたわけではなかった。彼らの高校生活と、亭主の高校生活、共通するものもあるにはあったが、基本的にはあちらの銀河とこちらの銀河、異なる銀河での出来事であるかのように他人事であった。


学園祭や体育祭はあちらの銀河が企画進行していたし、学内のガバナンスはあちらの銀河が主導していた。あちらの銀河での色恋沙汰も青春の光と影も、こちらの銀河には全く関係のないことであった。


Facebookで報じてくれた同期もまた思うところがあり、フォームへの記入をためらっているようだ。あまりいい思い出がなかったというから、あちらの銀河と中途半端にかかわってしまったものと思われる。

2017年1月15日 (日)

01/15 【聴】 Euquitanul / Takkyu Ishino, Ki/oon|SONY(KSCL2821)

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 石野卓球のアルバム"Lunatique"を内外のテクノ・アーティストがリミックスしたアルバム。妖艶な美女のジャケットは骸骨に、タイトルは前後逆に、そして曲の収録順はオリジナルと逆、と、すべてが「逆」にデザインされたコンセプチュアルな作品。全9曲。


 参加アーティストはDer Dritte Raum、Hiroshi Watanabe(Quadra)、Westbam、A. Mochi、GONNO、DJ SODEYAMA、agraph、SUGIURUMN、砂原良徳、TOWA TEI。いずれも石野卓球と縁が深く、またテクノの世界で現在も活躍するアーティストたちだ。それぞれのリミックスには各リミキサーの個性が反映されている一方、オリジナルのポップな感性、そして4つ打ちテクノのテイストも残っていて、どの曲もオリジナルと差し替えても違和感がないほどの統一感がある。大きな冒険・・・というか、ぶっ壊れた部分がないのを良いと思うか、それとも物足りなく思うかは個人の判断だが、亭主としては地に足のついた作品と素直に評価したい。(2016.12.20)

2017年1月14日 (土)

01/14 ノジマの@nifty買収に関して

ニフティのネット接続事業、ノジマが買収(2017年1月14日付日本経済新聞電子版)


ノジマは横浜市を中心に展開する家電量販店だそうである。一地方の電気店が、国内を網羅する大手プロバイダを買収してのちの絵をアタマの中で描くことが出来ないため、亭主個人としてはかなり混乱している。


家電量販店によるITサービスの全国展開は、おそらくヤマダ電機が先鞭を付けている。だがヤマダ電機がこの分野でトップブランドとなったという話も聞かないし、むしろ家電や住宅が売れれば、サービスはそのオマケという感じすらする。ニフティがノジマに買収されても事業そのものは継続するだろうが、既存事業とどう接続するかが見えない。日経には「家電販売とネット接続事業の相乗効果」とあるが、なにが相乗なのかは書かれていない。神奈川県外でのノジマの知名度は圧倒的に低い。


あまり不安になってもしかたないので後報を待つしかないが、ネットによるとノジマの社長である野島廣司氏の弟がPCデポの野島隆久氏とのことで、PCデポがプロバイダ事業に本格参入するための布石とも考えられる。PCデポならばプロバイダ事業はozzioブランドのPC、ozzio光などの光回線サービスと容易に関連付けられる。


しかし、世間におけるPCデポの評価が必ずしも高いとは言えないのは、以前にもyahoo!ニュースなどで話題になったとおりである。


PCデポ 高額解除料問題 大炎上の経緯とその背景(2016年8月23日付Yahoo!ニュース個人)


不安はいや増すばかりである。

01/12 【食】 柏ボンベイカフェ(カシミールカレー、千葉県柏市)

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常磐線柏駅西口。本格インドカレー店・ボンベイの柏2号店「ボンベイカフェ」に行ってきた。今回食べたのは大好物の「カシミールカレー」。ボンベイでは(裏メニューであるドライカレー・赤とんぼを除いては)最も辛いカレーとなる。900円。


柏のボンベイ・・・といえば、1980~90年代、柏長崎屋近くにあった1号店がまず思い出される。当時からファンが多く、大学生だった亭主もまた熱狂的なファンの一人だった。所属していたサークルの土曜会では必ずここでカレーを食べたし、大学卒業後もちょくちょく通っていた。2005年に突然の閉店、2008年3月にマスターが亡くなりその味は絶えたかと思っていたのだが、近年柏駅東口に店舗を再開、西口にも2号店となるボンベイカフェを開店している。メニューも、またその味も当時と同じ。食後のコーヒーの角砂糖が、チョコレートになったあたりが細かい違いだろうか。


表メニューでは最も辛いとされるカシミール。その味をなにかに例えるのはとても難しい。口に運ぶと、まず辛さが口のなかに広がる。広がるというよりも舌全体に「バン」と辛味が襲ってくる。その後感じられるそこはかとない旨みに、カレーを食べていることを実感する。格別辛さに耐性のない亭主が、なぜカシミールを大好物というのかは、亭主自身良く分からない。辛味の奥に潜む旨みに、カシミールの魔力があるのかもしれない。

2017年1月13日 (金)

01/12 【聴】 The Trumpet Player / Avishai Cohen, Fresh Sound New Talent(FSNT-161)

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 イスラエル出身のトランペット奏者、Avishai Cohenを中心としたトランペット・トリオのアルバム。ベースにJohn Sullivan、ドラムスにJeff Ballardという最小構成が奏でるサウンド、トランペットの圧倒的なパワーに2001年のリリース当時大きな反響を呼んだという。全7曲。


 旋律をトランペットのみが担当する、という非常に稀なアルバム。ピアノやサックスといったメロディ楽器を一切使わず、ひたすらトランペットだけで旋律を維持するというのは前代未聞なのだという。激しいビバップ、ムーディなブルーズ、ジャンルを広く吹き分けるのもAvishai(アヴァイシャイとも、アヴィシャイとも呼ぶらしい)のサウンドの特徴である。音の粒立ち、音階がはっきりしているせいだろうか、メリハリがあって非常にわかりやすいサウンド、音階も日本人好みで、ナルホド日本で話題となるのも納得がいく。斯く言う亭主もまた彼のサウンドに魅了されたクチである。M5に収録されたおなじみ"Idaho"のフレーズにはトランペットならではの微妙な揺らぎとダルさがあって、聞き覚えのあるメロディに妙な安心感というかチルアウト感があるあたりも面白い。もっともっと聞いていたいサウンドである。


 ところで本アルバムもまた「ジャズ喫茶・四谷『いーぐる』」が紹介する100枚のうちの1枚。しかも、100枚中の100枚目、最後に紹介されたアルバムである。これまでのアルバムがいわゆる「アナログレコード」を意識した、A面B面構成になっていたのに対し、Avishaiのアルバムは収録曲7曲にA面B面という割り付けがなく、現代らしい、まだCDらしい曲構成となっている。学生運動華やかなりし1960年代後半からはじまった「いーぐる」の歴史がいよいよ現代と接続されたアルバム。ジャケットもまたCDを意識した、現代的でスタイリッシュなデザインに仕上がっている(2016.12.03)

2017年1月10日 (火)

01/10 日々雑感

年末、トイレの便器から水が漏れていることに気がついた。水漏れ量はかなりのもので、床に大きな水たまりができていた。ティッシュペーパーなどで拭き取るには多すぎる分量だ。


妻に話したところ、かなり前(11月あたり?)から水が漏れていたらしい。調べてみると、元栓から水洗タンク、元栓からウォシュレットへとつながるパイプはいずれも乾いていて、水が漏れた形跡はない。トイレ周りをぐるりと触ったところ、どうやらウォシュレット本体から水が漏れているようだ。


この家を建てたときにお世話になったハウスメーカのアフターサービスに電話をしたところ、年末年始で休業だと応答された。仕方なく、タウンページを繰って水回りの専門業者を呼んだ。全国規模で展開する大手のようで、東京のサービスセンターにつながり、年末で立て込んではいるものの夕方には訪問できるという。


時刻通り専門業者が到着、ウォシュレットをはずして点検する。しばらくあれやこれやと見ていたが、やはりウォシュレットからの水漏れだそうである。水を温めるヒータのどこかから水漏れしているが、分解は禁じられている(感電の危険もある)ので本体を交換するしか方法がない。ウォシュレットのカタログがあるので見るかと問われたので、今日のところはよいと答えると気分を害したのか金を取らずに帰って行った。


ハウスメーカの年末年始休業が終わったのを見計らって、アフターサービスに連絡。経緯を話しウォシュレットのカタログを見せてくれと言ったところ、本体交換は業者が売り上げを上げるために言ったことです、メーカ修理が効くかもしれませんから、メーカに問い合わせてみましょうとのこと。


週末にメーカのサービスマンが来訪し、ウォシュレットを分解。ヒータとチューブをつなぐゴムブッシュが劣化しているのでヒータのタンクごと交換する必要があるという。部品は手元にあるとのことで早速交換。1時間ほどで修理は完了した。部品交換と出張手数料で23000円だった。


さてここまでのエピソードから何が言えるだろうか。専門業者の対応は、分解修理が出来ないという前提ではごく真っ当な対応といえるし、ハウスメーカのアフターサービスの対応、メーカのサービスマンの対応も適切である。専門業者が新品をいくらで売ろうとしたのか分からないのでそれ以上のことは言えないが、この状況においては(亭主を含めた)あらゆる人間が適切に対応した。今回修理した機種はすでにディスコンとなっているが、当時の定価からすれば23000円という修理費用もまた適切といってもよさそうである。

2017年1月 8日 (日)

01/08 【聴】 Living Legend / Art Pepper, Contemporary(OJCCD-408-2)

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 カリフォルニア生まれのサックス奏者。1940年代より活躍、数多くの名演を残したのちは刑務所への投獄などを繰り返したArt Pepperが、15年ぶりにリリースした作品が本作。1975年発表。オリジナルは全6曲、CDはM6 "Samba Mom Mom"の別テイクを収録する。


 ジャズ黎明期より活動したにも関わらず、突如音信不通となって文字通り「伝説」となっていたArt Pepperが、突如カムバック、リリースしたアルバムが"Living Legend"なのだそう。そもそもは「泣きのペッパー」などと称されていたサックス・プレイが、なぜかJohn Coltraneばりの強面なプレイに変化したことに、当時のファンは大いに困惑したそうだ。なんでもPepper自身Coltraneにかなり傾倒していたとはその後の情報。いずれも「ジャズ喫茶・四谷『いーぐる』」の後藤氏の情報によるものである。


 そんなわけで、Living Legend。Coltraneを意識した作品とのことだが、なんというか非常にニュートラルで、聴きやすいサウンドに仕上がっている。「泣き」というほど情感は感じられないものの、しなやかかつ伸びやかなサックスには彼自身の思いがしっかりと込められている。ここのところ車の中や部屋のオーディオで繰り返し、じっくりと聴いているが、かつてのPepperを知らない亭主には非常に精神的に安定した、安心感のある作品に感じられる。おそらくバッキングであるリズムセクションが安定しているからだろう。バッキングの枠組みに納まりつつ、しかし自在なサックスプレイにはいつまでも聴いていた居心地よさがある。(2016.12.05)

01/08 日々雑感

このところ、バクレツにCDを購入している。


これは「ジャズ喫茶・四谷『いーぐる』の100枚(後藤雅洋著、集英社新書)」に紹介されている100枚のアルバムを、忠実にコレクションしているからだ。


以前から所有していたものを含め、これまでに70枚を購入。現在も着々と商品を取り寄せている。Amazonで再発・リマスタリング盤を購入することもあるし、Amazon Market Placeを利用して、全国のCDショップから取り寄せる場合もある。新品もあれば、中古もある。良い音で聴きたいため、盤質には一応気遣っている。


CDを購入する際には、価格にも一応こだわっている。コレクターズアイテムとして法外に高いものは、購入していない。安ければ1枚100円程度、高くても2800円(通常のCDの価格帯だ)に抑えている。Amazon Market Placeに出品しているCDショップのなかには、出品しているCDが「欲しいものリスト」に入ると途端に値段を釣り上げてくるものもある。ただ、このような高額のCDでも、しばらくすると大手レコード会社から1000円~1500円といったバリュープライスで再発される場合がある。焦りは禁物である。


「いーぐる」の100枚を集めはじめた理由は、この本がジャズの歴史をざっくりと網羅しており、アルバムを通してジャズという世界全体を俯瞰したいと思ったからだ。100枚という枚数も手ごろで、道楽にもってこいである。これまで買った70枚をざっくりと見返してみるに、実に多種多様、いわゆるジャズ・ジャイアントたちの王道的作品から、若手によるジャズ応用編まで、しかしどれも実に面白い。


値段がつりあがって手の出せないアルバムも10枚以上ある状況にあって、100枚のコンプリートは当分先になると思われる。亭主としては焦らず急がず、まったりと買い集めつつ、それぞれのアルバムがリリースされた当時の雰囲気をじっくり感じたいと思っている。

2017年1月 7日 (土)

01/07 【食】 拉麺ほそや(煮干し中華そば、茨城県日立市)

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茨城県日立市多賀町にある中華そばの店。メインメニューはまぜそばと中華そばの二つだが今回は中華そば(温玉入り、チャーシューはレア)を注文した。そのほか数量限定で鯛ラーメンなどもあるようである。


煮干しにてしっかりとだしをとった、しょうゆ味のスープ。化学調味料を一切使っていないとのお店のこだわりからもわかるように、スープがこの店のウリとなっている。煮干しを使っていながら生臭さは一切なく、口に入れるとすっきりとした味わい。後に残ることがない。麺は、長浜ラーメンに代表される豚骨ラーメンにも似た超細麺。細麺だけにパンチが弱いと思いきや、波打っていないため麺がそろって、高い密度で口の中に入る。ボリューム感がすごい。すっきりしたスープとボリューム感のある麺の組み合わせはむしろ圧倒的と言っても負い。


ただ、このラーメンを語るうえで大事なのは、スープと、麺だけではない。ラーメンにトッピングされたネギ、これがまた重要なのだ。ネギのシャキシャキした風味と独特の香味がスープ、そして麺と組み合わされると、味はさらに複雑さを増す。たった一つの素材が加わるだけでラーメンに奥行きが生まれ、飽きの来ない味に仕上がる。ラーメンの奥の深さをしみじみ実感できたラーメンといえる。

01/07 【聴】 Khmer / Nils Petter Molvaer, ECM|Universal(UCCE-9247)

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 ノルウェー出身のトランペッター、Nils Petter Molvaerの1997年作品。タイトルの"Khmer"の名前の通り、エスニック的な要素を前面に押し出した一風変わったジャズのアルバム。全8曲。


 ・・・ジャズのアルバム、などとイキオイ書いてしまったが、実際のところ本アルバムのジャンルをどこにカテゴライズすべきかは、かなり悩むところである。Nils Petterの本貫は言うまでもなくジャズであるが、楽曲によってはいわゆるエスニック、しかもシンセを多用している。平たく言えばサイケデリック・トランスやエスノに近い。リリース当時これをジャズ喫茶で演奏していた、という話には、かなり違和感がある。たとえばM2"Tlon"などは、1997年という時代でもゴア/トランスのジャンルにカテゴライズするのがむしろ自然である。


 もちろん、全ての曲がサイケデリック・トランスというわけではない。M3"Access/Song of Sand 1"はビッグビート/ブレイクビーツという趣であるし、M4"On Stream"はダブのテイストを持ったトランペットの曲である。いずれにせよジャズというには無理があるが、かといってトランスに分類するほどジャンルが統一されていない。もっとも、クラブ・ミュージックという方面からみれば一本筋が通っているようにも見える。これは単純に、クラブ・ミュージックというジャンルのすそ野が異様に広いということなのだけれど。


 いうまでもなく、本アルバムもまた「いーぐる」の100枚のうちの一枚。北欧ジャズ、エスニック、クラブ・ミュージックなど多面的な視点が求められ、しかもかなり「面白い」アルバムである。ジャズファンは知らないが、音楽ファンは買って損のないアルバム、といえそうだ。(2016.12.03)

2017年1月 6日 (金)

01/06 【読】 ヤーンの虜~グイン・サーガ140~(宵野ゆめ、ハヤカワ文庫)」

「ヤーンの虜~グイン・サーガ140~(宵野ゆめ、ハヤカワ文庫)」


 宵野ゆめ氏と五代ゆう氏、二人の女流作家が栗本薫逝去後のグイン・サーガを書き継ぐ続編プロジェクトの最新刊。今回は宵野氏が担当するケイロニア篇のターン。


 ケイロニア皇女オクタヴィアの皇帝即位に反対するケイロニア諸侯たちの動きが不穏となっていた前巻まで。本書ではオクタヴィアからの皇帝位簒奪を画策するワルスタット候ディモスの差し金が、ケイロニア国内を暗躍。おなじくケイロニア皇女であり消息不明となっている「売国妃シルヴィア」の落としだね、下男パリスとの間に生まれたシリウス王子を後ろ盾としてお家再興を図るダナエ候、ケイロニア王グインの命を受けシリウスを保護するローデス候ら諸侯らの動きが交錯するなか、グインは事態の収拾に向けケイロニア国内を奔走する。


 一方、消息不明とされていたシルヴィアは、「闇の司祭」と称され中原三大魔導師の一人とされるグラチウスの手引きで、蘇生したパリスとともにケイロニアを離れ、キタイの竜王・ヤンダル・ゾッグが支配する魔都パロを目指す。先行してパロへと到着していたグラチウスは、ヤンダル・ゾッグとの会談を望むが陥穽により力を奪われパロの地下へと幽閉されてしまう。果たしてグラチウスの、そしてシルヴィアの運命やいかに。


 謀略、謀略、また謀略。ここのところのケイロニア篇の事態の複雑さはすさまじい。登場人物も多いがそれぞれ独自に動いており、一つ一つを把握するのにも骨が折れる状況にある。

当初は宵野氏のケイロニア篇と五代氏のパロ・ヤガ篇が並行する形で書き進められていた本編だが、ここにきて両者のエピソードが交錯しはじめたことも複雑さに拍車をかけている。グインの続編プロジェクトということで、駆け足でストーリを消化していくのかと思いきや、ストーリをしっかりと練りこみ、新しいエピソードや舞台設定を盛り込む力の入れようが頼もしい。栗本氏の遺志を継ぎ、しっかりとグインの世界を描き切ろうとする彼らの強い意志に、亭主はこころから敬意を表する。(2017.01.06)

2017年1月 4日 (水)

01/04 【聴】 Live in Tokyo / Thad Jones Mel Lewis and the Jazz Orchestra, Denon(COCY-80752)

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 1965年、カウント・ベイシー・オーケストラのトランぺッターだったThad Jonesと、スタン・ケントン・オーケストラのドラマーだったMel Lewisを中心に結成された同名バンドのライブ盤。1974年3月、東京は日本都市センターホール(千代田区平河町にあったらしい)での模様を収録する。LPではA面に3月13日の演奏2曲を、またB面に3月12日の演奏2曲を収録する。いずれも1曲10~13分、4曲入りだがボリューム感はある。


 1970年代、大学のビッグ・バンドの定番はカウント・ベイシーからサド・ジョーンズ&メル・ルイスの曲へと移っていたのだと、ジャズ喫茶・四谷「いーぐる」の後藤氏はその著書に記している。ゴージャズなホーン隊と、曲全体がおおきくスウィングする親しみやすさは、確かに多くの人々に受け入れられそう。もちろん、親しみやすさだけが彼らのウリではない。本アルバムからライブの様子を窺うに、大ネタ小ネタをとりまぜたアレンジ、モーダルなサックス・ソロ、あるいは緩急によってストーリー性を持たせる構成などなど、マニアもうーんと唸る妙味が端々に聞かれる。親近感とマニアック、両者が絶妙なバランスで釣り合うアルバム。(2016.12.03)

01/03 日々雑感

正月は実家に戻っていたのだが、父親のオーディオ自慢には始終閉口させられた。


オーディオ・・・といっても大したものではない。居間のテレビにはBOSEのSolo 15 Series II、父親の趣味の部屋のテレビにはSANSUIのミニコンが繋げてあって、常にテレビの音を爆音で鳴らしている。父親にとって良い音とは、どうやら低域がズンズンと響く音であるらしい。テレビのバラエティや歌番組を爆音で鳴らしては、悦に入っている。実家には犬たちも連れて行ったのだが、犬というのはとにかく音に敏感である。爆音は犬に良くないといっても一向に音量を下げず、逆にこの音がどうして受け入れられないのだろうと不思議そうな顔をしている。


父親は、亭主がオーディオ趣味であることをどこかで知っていたらしく、BOSEやらSANSUIの音をとかく自慢する。どうだいい音だろう、お前のオーディオと比べてどうだ、お前は音が分かるそうだから、ちょっと感想を聞かせてくれないか、云々。


だが、残念なことに、亭主はテレビのバラエティの爆音で音の良しあしを判断したことがないし、判断する気もない。ちょっと聴きには低域に輪郭がなく、中域とのつながりも悪い。高域がまったく聞こえない。これをオーディオとして批評してほしいなど言われても、困る。


低域に輪郭のない、単なる大音量なだけの音を聴きながら、亭主は自分のシステムのことをぼんやりと考える。亭主の音は、2000年代前半からここ10年ほど、全く変わっていない。PCオーディオと称してRotelのDAC、RDD06を導入してみたり、PCからのデータ送出にM2TechのHiface Evo + Evo Clockを使ってみたりとそれなりに機器を追加してはいるが、トータルシステムとして思想統一がなされているとは到底いいがたい。CD再生を中心とし、PCからの44.1kHzの音楽データを再生するためのシステムを、もう少し冷静に考えてもよいのかもしれない。

2017年1月 3日 (火)

01/02 あけましておめでとうございます

本年も「どむや」をよろしくお願いいたします。


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正月に、安曇野市穂高にある、穂高神社に初詣に行った。


穂高神社の祭神は、かつて北九州に繫栄し、海運を生業とした安曇族が祀ったという穂高見神。海運を司る神ということで、現在は家内安全や事業繁栄、また交通安全にご利益があるが、歴史的には延長五年(西暦九二七年)に選定された延喜式にも記載のあるという名神大社であり、海神であるにも関わらず信濃の大社であるなど、歴史的にも興味深い神社である。奥宮は上高地に、また嶺宮は奥穂高岳に置かれるなど山岳信仰の対象にもなっており、現在も多くの人々の崇敬を集めている。


穂高神社への初詣は、学生時代「山ガール」として穂高連峰を縦走したこともある妻の発案。穂高には格別な思い入れがあるようで、今回の参詣も大変楽しみにしていたようだ。県外からも多くの参拝者が集まるだけあって、神社周辺は非常に混雑していたが、幸いなことに駐車場はすんなりみつかり(交通整理が非常にスムーズだった)、列には並んだものの、亭主と妻、それにまはろくん、あろはくんともども無事に参拝を済ますことができた。祈願するはもちろん家族の無事と健康、それに夫婦実家の父母の健康である。


参拝を終え、境内で御神籤を引いたところ「末吉」と出た。天地自然の法則にそむくことのないよう、自らの行為や思想を吟味・反省せよという。神託を格別信じる亭主ではないが、自然の理にそむいてはならないというアドバイスは、信仰がなくとも合理性がある。いまの亭主の心境にもしっくりくる。もしかしたら御神籤とは、自分が無意識に望むものを偶然を装い引き当てるデバイスなのかもしれない。


境内では、亭主がまはろくん、妻があろはくんをそれぞれ抱いて、神木や建造物などに排泄しないよう配慮したのだが、穂高神社の関係者、それに参拝者の皆さんの亭主らに向けての目が常に好意的で、清々しい気分で参拝することができた。おそらく二匹もそんな雰囲気を感じ取ったのだろう、なにやら神妙な顔つきで拝礼していたのが印象的な初詣となった。

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