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2016年1月

2016年1月28日 (木)

01/28 【聴】 My Back Pages / Tonu Naissoo Trio, 澤野工房(AS113)

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エストニア出身のジャズ・ピアニストTonu Naissooが、 Taavo Remmel(Double Bass), Ahto Abner(Drums)とともに作り上げたアルバム。全9曲。2011年作品。

Bob Dylanの表題作"My Back Pages", Leonard Bernsteinの"Marla"など、ジャズの枠を大きく広げた意欲作。軽快でスタイリッシュなピアノ・タッチとダブル・ベースの抑制されたベースラインに、ヨーロピアン・ジャズをヒシと感じさせる。そもそもヨーロッパのジャズは精神的にかなり安定した、ある種「老成」ともいうべきサウンドが特徴的(プレイヤーもかなりお年を召した方が多い)なのだが、Tonu Naissooの本作に限っては安定感だけではなく疾走感も感じられて、落ち着いているのに退屈することがない。ジャズというジャンルに演奏を押し込めるのではなく、アタマの上で自在に思考や想念を巡らしているかのような演奏。こういう作品は日本や、アメリカではなかなかお目にかかることがない。

2016年1月27日 (水)

01/27 【聴】 For Elvira / Francesca Tandoi Trio, 澤野工房(AS140)

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イタリア生まれ、ハーグ王立音楽院卒業後オランダを中心に活動する女性ピアニスト・ヴォーカリストのFrancesca Tandoiのデビューアルバム。2015年8月に紹介した2014年作品の"Something Blue"からは型番が2番若いが、こちらは2014年2月録音とのことで兄弟でいえば兄にあたるアルバムということになる。BassはFrans Van Geest、DrumsはFrits Landesbergenと変わらず。全12曲。

Duke Ellingtonの"In a Mellow Tone", Cole Poterの"Love for Sale", Stan Getzの"Parker 51"などいわゆるスタンダードが続くなかで、Jonny Mercer+Gordon Jenkinsが1934年に発表したポピュラー音楽"P.S. I Love You"のカヴァーは格別に耳を奪われる。しっとりとしたピアノの調べに続くは、Francesca自身によるつややかな歌声。以降のアルバムでも彼女の歌声は度々披露されているが、この曲を聴くと彼女と、彼女のピアノの魅力が存分に伝わってくる。

ヨーロピアン・ジャズというとクールに過ぎるという印象が強いが、本作の彼女のヴォーカルを聴けばそんな印象もまた吹き飛ぶに違いない。

2016年1月25日 (月)

01/25 日々雑感

自分でつけたブログのタイトルが「どむや減衰記」に読めてしまうのは、亭主が疲れているからだろうか。

2016年1月24日 (日)

01/24 【読】 「中級オーディオ入門(木之本レエル、Amazon kindle)」

「中級オーディオ入門(木之本レエル、Amazon kindle)」

キリスト教関連・統合失調症関連の著書多数。オーディオ関係ではハンドル名「agape」として活動する木之本氏が、自身の経験から「中級オーディオ」の方法、使いこなしのコツを解説する書。kindleオリジナルコンテンツとして99円で頒布中。全53章。60ページ。

前書きに「オーディオ機器をバッサ・バッサとブッタ切る」とあるとおり、オーディオメーカや出版社の顔色を見ない、歯に衣着せぬ物言いが本書の特徴。1~7章は自身の体験を語るエッセイ、8~53章はケーブルやアンプ・DACなどオーディオにまつわるコラムとなっている。エッセイ部分は、Boseのスピーカを愛用していた著者が、オーディオ店遍歴の結果B&Wのスピーカへとたどり着き、「中級オーディオ」の門戸を叩くこととなった経緯が語られる。著者がオーディオ店の売り場で感じたこと、店のスピーカを試聴して感じたことが単刀直入に書かれていて興味深い。一方、8章以降のコラムは読む人を選ぶ。氏のオーディオ経験から断定調で「機器はこれをつかうべし」「こうセッティングすべし」と書かれているので、さて世のオーディオマニア(メーカや出版社ではない)がこれを読んでどう反応するか、人ゴトながら心配になる。コラムは章と章とが緩やかに関係しているものの、明確なストーリーにはなっておらず、エッセイとして読むのには無理がある。

それにしても面白いのは本書が「PCオーディオ」を前提にした章立てになっている点だ。スピーカ選び、セッティングときていきなり15章で「PCオーディオ」へと突入する。16章「PCを用意する」とあるなど、従来のオーディオ入門書からするとかなり異色と言わざるを得ない。その後「リッピング用光学ドライブの選択」「iTunes」「プレイヤーソフト"JRMC21"」ときて「USB-DAC」「USBケーブル」、そしてやっと28章から「プリメインアンプ」「プリアンプ」「パワーアンプ」と従来のオーディオ本らしい内容へと戻っていく。ただし「プリメインアンプ」にせよ「プリ/パワーアンプ」にせよ、あっさりとAccuphaseを選択している。著者がストレートにAccuphaseへと到達し、結果的に満足のいくものだったとしても、亭主的にはもう少し起伏というか、ストーリが欲しかった。

もうひとつ、再生ソフトに"JRMC21"...JRiver Media Center version21を紹介している点は興味深い。亭主はこれまで再生ソフトとしてFoobar2000を愛用していて、音質も使い勝手にも満足していたのだが、試しにJRMC21をインストール・再生してみたところ非常にクリアで、華やかな音だったのには驚いた。このソフト、Foobarと同じくWASAPIドライバ経由で音声信号をDACに送信していて、Windowsのバグだらけのオーディオドライバを迂回している。ただ、JRMC21とFoobarとの差が何に起因するのか、単に音量レベルがそろっていないだけなのかは良く分からない。亭主がちまちまリッピングしてきた1000枚近いiTunesのライブラリが正常に取り込めて居らず、また検索がしにくいなど不満な点もある。とりあえずはiTunesとFoobar2000を併用し使い勝手を確認していく必要がありそうだ。

kindleのコンテンツとして、個人のオーディオ論を出版すると言うのはなかなか面白い試み。ネット界隈からは様々な意見もあろうが、これからも萎縮せず書き続けて欲しいところだ。

2016年1月19日 (火)

01/19 【聴】 Meta / Metafive, Warner Music(WPCL-12294)

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高橋幸宏、小山田圭吾、砂原良徳、TOWA TEI、ゴンドウトモヒコ、LEO今井の6人からなるポップ・ユニット、Metafiveの1stアルバム。TOWA TEIのアルバムにも収録されている"Radio"のMetaバージョンを含む全12曲。


ほぼ全ての曲の作詞をLEO今井が手がけ、小山田圭吾、砂原良徳、TOWA TEI、高橋幸宏らがそれに曲を乗せる、という構成。手慣れの仕事というか、1曲1曲の完成度は非常に高い。けして格別にスノッブに作っているわけでもなく、むしろポップで非常に楽しい。気持ちいい。ヴォーカルは主として幸宏さんが担当、この部分のみ(いたしかたなく)記名性が高いものの、演奏から直接アーティストの顔が見えてこないあたりがミソだろうか。古い音楽ファンが聴いてどう思うかはもちろんだが、新しい音楽ファン、小山田圭吾や砂原良徳すら知らない世代のファンがこのアルバムを聴いてどんな意見が寄せられるかは興味のあるところだ。

2016年1月18日 (月)

01/18 日々雑感(2)

以前にも書いたかもしれないが、亭主は動画というものをほとんど見ない。

理由は明白。

  • 目と耳を使うほか、ストーリーを理解するために意識を向けなければならない。
  • アニメなら30分、映画ならば2時間というまとまった時間をとらなければならない。
  • 特にモバイルは目を酷使する。

これと比べれば音楽のほうがはるかによい。

  • 少なくとも耳だけ使えればよい。
  • いつ、どこから聴き始めても、どこで止めても良い。
  • 目が疲れない。

したがって、亭主もごくごく短い映像や、環境ビデオのような漫然と見られるものはそれなりに見る。もちろん傍らでなにか別のことをしながら、である。

昨日のエントリを書きながら漠然と思っていたのは、PCやスマホの性能や、通信ネットワークなどは動画を問題なく再生することを目標に進化してきたのではないか、ということだ。

かつてPCは、写真やイラストなど静止した画像を問題なく表示することを目標に進化してきた。画素数を増やし、表示色を増やし、圧縮アルゴリズムで画像をより少ない情報量で転送することを目指してきた。

写真やイラストの次は、映像でありアニメーションである。画素数や表示色を増やすこともだが、PCの性能は圧縮された映像の高速展開に用いられた。また通信には映像をリアルタイムで送信するためのテクノロジーが求められた。

しかるに、多くの人が映画やアニメに興味を示し、タブレットやスマートフォンで動画を見ることは、技術の進歩に正しく追従しているし、亭主はこの進歩からあえて外れることで、正しく時代遅れになっているのだ。

01/18 日々雑感

東海村にあるPC-Depotが改装中だそうで、仮営業している店舗を覗いてきた。

このところPC方面の物欲が減退していることもあって、PC関係の昨今のトレンドを良く理解していないのだが、PC-Depotの売れ筋からすると「タブレット」と「スマートフォン」が全盛のようだ。一方で、PC関係は本体よりも周辺機器(ビデオカードやSSD、HDD)売り場が充実していたものの、ノートPC含めていまひとつ元気がないように見受けられた。テレビのHDMI端子に接続可能な超小型PCはまだまだこれからといった印象であった。

仮営業では各商品に対して充分な売り場スペースを与えることができないから、売れる商品、注目度の高い商品の売り場が充実するのは自然な流れ。昨今のトレンドを知ることができてよかった、と満足し、何も買わずに帰ってきた。

世間でタブレットやスマートフォンがどのように活用されているのか、調べてみると1年前の調査結果が見つかった。

【業界情報】年代別にみるタブレット利用者の傾向~タブレットの利用目的、すべての年代で1位は「インターネット検索」(公式ラーニングポータル、Yahoo!Japan)

詳細は記事内のpdfファイルをご覧頂きたいのだが、タブレットの利用目的第1位は、全世代で「インターネット検索」、続いて「ウェブサイト・ホームページの閲覧」となっている。3位は60代を除いた世代で「動画試聴」(60代は4位だった)、以降「地図・ナビゲーション」「インターネットショッピング」「ゲーム」「電子メール」などと続く。
ただ、「インターネット検索」なるものの実態が果たして何なのかについては言及されていない。インターネットでショッピングをするため、商品を検索したのかもしれないし、料理を作るためにCookpadを、今夜のディナーの場所を決めるために食べログを検索したのかもしれない。「インターネット検索」では間口が広すぎて、具体的に次にどのようなアクションがあったのかがわからない。タブレットを利用するときの初動が「インターネット検索」であったと言っているに過ぎない。

亭主は動画をほとんど見ないのだが、スマートフォンよりも大きな画面で動画が見られるメリットは意外と大きいように思う。実際、電車の中などでタブレットを使っている人のほとんどがなにやら動画を見ている。なるほど動画かと納得したものの、動画では亭主の使い道に入らない。

そういえば、HDMI端子に接続できるという超小型PCも、Amazon Primeなどのサービスを利用してテレビで動画をみられると宣伝していた。昨今は動画が見られることが製品価値なのだろうか。だとしたら亭主の物欲はますます減退していくに違いない。

2016年1月13日 (水)

01/13 【読】 「越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文(越前敏弥、Discover携書)」

「越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文(越前敏弥、Discover携書)」

 文芸翻訳家でベストセラーとなった「ダ・ヴィンチ・コード」の翻訳がことに有名。翻訳学校で約7年にわたり担当した「誤訳をなくす」シリーズの書籍化が好評を博す越前氏が、2009年に出版した書。日本人が苦手とする典型的な英文を、文法や構文といった観点から分類し、英文―訳文の対比にて解説する。基礎編・難問編・超難問編の3部に分かれて例文が示されるが、いずれもごく普通の書籍や雑誌、新聞から抜粋・いくらかの修正を経て紹介されたものばかりであり、トリッキーな問題、意地悪な問題などは一切無い。それでも非常に難しいのだから始末に終えない。

 実は亭主、本書を随分ながいこと積読にしていた。理由は明白、「難しくてなかなか読み進められない」から。本書ではまず例題が提示され、読者に試訳が求められるのだが、とにかくここにアタマを使う。その後に解答と解説が提示された際には疲労困憊、しかもこれが延々と続く。英語とはこれほど難しいものなのかとうんざりする一方で、これら例文が普通の書籍や雑誌であたりまえのように使われていることを知らされてがっかりする。ところが、そのうんざりや、がっかりの根源は、読み手が英語を正確に読んでいないことが原因なのだ。言葉の意味を正確に知り、文の構造をしっかりと把握し、一語一語を丁寧に読んでいくと、おのずと文意が見えるように構成されている。なにげなく付けられた"a"の役割や、"it"の指し示すところを正確に理解しなければ本当の文章とならない。例題と解答とを見比べればなるほど意味は分かるのだが、そこに至るまでが本当に高く険しい道のりである。

 今回やっとの思い出読了したが、正直言って充分に内容を理解した気になれないでいる。読書百遍とはよく言うが、もう何度か読み返して内容を少しでも理解したいところ。

2016年1月12日 (火)

01/12 日々雑感

このところ、ブログとはなにか、を漠然と考えている。

かつてブログはソーシャルなニュースサイトだった。ジャーナリストが速報的に放った記事を基点として、他のジャーナリストやメディアがそれらを引用(トラックバック)、批評(コメント)しつつ、論を展開していくのがブログの基本的な運用形態であった。

その後ブログはジャーナリズムから個人サイトへと活用の場が移り、平たくいえば「日記サイト」の代用となった。このときトラックバックは廃れた。

一時期ブログが、ノウハウをひたすら蓄積する「情報蓄積系サイト」として使われたり、仕入れた商品を逐次投稿していく「ショッピングサイト」として使われたこともあったが、これは長く続かなかったように思う。

現在は、プロブロガーたちがアフィリエイト記事を投稿し、PVを稼いで収入を得るためのツールとして使われている。その内容は、記事内で完結するタイプのノウハウ紹介や、巧妙かつ控えめにリンクされた商材の紹介、あるいは炎上覚悟での持説の開陳が主流だろうか。ブロガーはそれぞれに「記事を読ませるためのテクニック」を持ち、はてなブックマークやTwitter、Facebookのシェア機能を通じてネットのコアなユーザーたちへと拡散されていく。

率直に言えば、亭主の現在のブログは時代遅れである。

PVを稼げる記事を書く努力も、記事を読ませるためのテクニックを磨く努力も、はてなブックマークやFacebookなどを介して様々な人に伝える努力も怠っている。認めたくないが、率直にいえばそういうことだ。

とはいえ、努力でなんとかできるものなのかといえば、よくわからない。入り口である「PVを稼げる記事」が何であるか、自分にどのような記事が書けるかが全くのノーアイデアだからだ。いや、そもそも「PVを稼げる記事」を書こうという気も薄いのだから努力以前の問題である。知ったかぶりな記事を投稿して周囲の失笑を買うくらいならばそもそも記事など書かなければよいと思うくらいである。

結果として、自分の手の及ぶ範囲を細々と守りつつ、現在に至っている。このまま前時代的な「日記サイト」として埋もれていくことになるのか、それともブログを新しい形式へと発展させていくか。サイトの行方は亭主自身のアイデアと、その後の努力にかかっている。

01/12 【聴】 ひみつの朝にキスをした / mana, Music Love Powered Records(MLPR-0020)

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日立市出身のシンガー・ソングライター、manaの自身2枚目となるアルバム。2014年の1stアルバム"high school memory~あなたへ~"がミニアルバムだったことから、フルアルバムとしては最初のアルバムとなる。全10曲。

高校生の頃から日立市を拠点として音楽活動を開始、路上での弾き語りを経てプロのシンガーとなったmana。ラジオでレギュラー番組を担当したほか2013年には"Teens Rock"全国大会への出場、各種イベントへの出演、ライブハウスでの活動などのキャリアを経て、2014年春には高校卒業と同時に上京している。現在は大学生活を送るほか、ツイキャスでの生ライブでも歌声を披露する彼女の最新作は、茨城から東京へと移り住んだ彼女の率直な思いを綴っている。若干19歳、東京で一からやり直しを決めた彼女の思いはときにコミカル、ときにシリアス。アコースティック・ギターで弾き語っていた頃の楽曲に比べるとアレンジも随分凝っていて非常に盛りだくさん、豪華なアルバム、というのが率直な感想。

ところでmanaの歌唱は随分進化した。以前は物足りなかった声量が増し、地声とファルセットとのつながりも自然、オクターブが広くなった。彼女の東京での生活がどのようなものかは亭主にはよく分からないが、シンガーとしての実力は確実についている。これからの彼女の活躍がますます楽しみなアルバムに仕上がった。

2016年1月 8日 (金)

01/08 【読】 「新しい音楽とことば―13人の音楽家が語る作詞術と歌詞論(磯部涼・編、スペースシャワーネットワーク)」

「新しい音楽とことば―13人の音楽家が語る作詞術と歌詞論(磯部涼・編、スペースシャワーネットワーク)」

新進気鋭、円熟のベテラン、あるいは今をときめく若き才能。現在のミュージックシーンの先端をゆくアーティスト13人に、彼らの作詞術をインタビューした書。本書は「音楽とことば」の続編として企画されたものだそうで、磯部氏含む7人の編者の執筆している。インタビューの相手は石野卓球、大森靖子、菊池成孔、後藤正文(Asian Kung-Fu Generation)、じん、高城晶平(cero)、ティカ・α(やくしまるえつこ)、tofubeats、七尾旅人、の子(神聖かまってちゃん)、前野健太、三浦康嗣(口ロロ)、若旦那(湘南乃風)。

全体に通底するテーマは作詞。すべてのアーティストが「日本語」で歌詞を書いており、同時に日本語に対する思いが語られている。音楽を作るプロセス、作詞のテクニック、韻のふみかたや言葉の選び方といったテクニカルな話題から、アーティストが生まれ育った環境、心象風景、あるいはできあがった曲に関する裏話など様々な話題が紹介される。すでに別の機会に語られているエピソードも少なからずあると思われるが、インタビュー形式だからか、アーティスト自身がかなりリラックスした状態だからか、楽しいエピソードがぽんぽんと飛び出す。ファンでなくとも興味深く、また楽しく読めることだろう。

ちなみに石野卓球のインタビューでは、彼の作詞のルーツがユニット「人生」以前にさかのぼって語られる。日頃はかなりアヴァンギャルドな発言が目立つ石野だが、本書にあっては非常に真面目に答えていて、彼の音楽遍歴や歌詞に対するこだわりなどをかなり細かく聴くことができる。彼らの曲の歌詞がどのように書かれたのかはもちろん、代表曲である"N.O."や"Shangri-La"、「虹」などが石野にとってどのような位置にあるかも明らかになる。一方ティカ・α(作詞家としてのやくしまるえつこの名前)のインタビューは、彼女自身ほとんどしゃべることがなく、インタビュワーの問いかけに不思議な間をもって答えるのみと異色。当然ながら彼女の章は非常に短い。

2016年1月 6日 (水)

01/06 今年の抱負など(4)

「自分の好きな音」とは何か、の結論は依然として見えてこない。


・高域は解像度高いが耳障りでなく、どこまでも伸びやかであること。


・低域は量感たっぷりかつ高域とのバランスを保つこと。ベースの弦の震えがわかる一方でボヨンボヨンとしまりのない音にならないこと。


言うは簡単だが、それですべてかと問われれば、まだまだほかに付け足すことがありそうな気がする。


自らの好きなアーティストやアルバムの名前を具体的に挙げて、「この曲が気持ちよく聴けること」と説明する方法もあるが、それにしても「気持ちよく」の定義は曖昧である。「自分の好きな音」を説明するのは、「自分の顔の特徴」を説明するのとよく似ている。人と比べて目が大きいとか、小さいとか、そんな比較論でしか語れないし、そもそも自分の顔を評価の中心軸において良いものかどうかを自分で判断することにどれほどの客観性があるだろうか。


もう一つ。これは亭主に限ってのことかとは思うが、亭主にはオーディオ機器の音質を評価するためによく使うCDがある。ただ、このCDは、オーディオ機器の音質の違いを際だたせるために使っているのであって、必ずしもこのCDが自分の一番好きなCDであったり、音質評価の中心軸にあるCDである、ということではない。ありていにいえば、音質の違いを際だたせるための「極端な音」のCDである(もちろん嫌いなCDであれば音質評価にすら使いたくないので、その点では「好き」の部類に入れてもよいのかもしれないが)。このCDでわかるのは「違い」であり、好き嫌いとはまた違う尺度である。

2016年1月 5日 (火)

01/05 今年の抱負など(3)

オーディオのエントリを書いたことがきっかけになって、あらためて「自分の好きな音」とは何かを考えている。

Mark LevinsonやMcintoshをはじめとする諸々の機器の音を聞いて「いいなぁ」と思うことは多々あれど、「この音を自分のものにしたい」「この音こそが自分の音だ」と思える機器は滅多にない。子供の頃、親戚や知人の家でごちそうになった夕飯の味によく似ている。旨いけれどもどこか余所余所しい味わいは「自分の求めていた味」とは言い難い。珍しいだけ、といえばそうなのかもしれない。

オーディオの話に戻すと、以前亭主が使っていたコントロールアンプ"Accuphase C-275V"もまた余所余所しい音で、手放す最後の最後まで自分のものとならなかった。気に入らなかったわけでもないし、良い音でもあった。だが最後まで自分の音にはならなかった。現在CDプレーヤにAccuphase DP-55Vを使っているように、亭主自身はこのメーカに全幅の信頼を置いているし、DP-55Vの音は自分のものになっている(と思う。思いたい)。

たとえばオーディオ機器の故障で修理もきかない、代替もないという状況ならば、予算その他を勘案して妥協できる点が見いだせるのかもしれないが、くたびれてはいるもののまだまだ使える、という状況で「自分の求めている音」を追求するには相当なエネルギーが必要である。世のオーディオマニアと呼ばれる人たち、特に機器の買い換えによって音質向上をもくろむ一部の人たちは、(財力のみならず)相当なエネルギーを使っていることになる。いまの亭主にはそんなエネルギーも、また時間もない。結果的に現状維持となってしまう。

ならばなぜ亭主が機器の買い換えをつい考えてしまうのか。もしかしたら日常生活に何らかの「変化」が欲しいのかもしれない。「変化」は日常生活に「不安定さ」をもたらし、この不安定さを解消するための「行動」を引き起こす。行動の結果が以前よりも「さらなる高み」にあったなら、この買い換えは大成功となるに違いない。

2016年1月 4日 (月)

01/04 今年の抱負など(2)

物欲の話が出てきたので、オーディオについても少し触れる。
RogersとOrpheusを中心とした亭主のメインシステムは、結婚した当初とほぼ変わっていない。ケーブル類やRotelのDACなど細かい部分はいくらか変化しているし、PCオーディオとも接続しているのでシステムとしてはいくらか進歩も見られるだろう。しかし、メインシステムにおける主たる機種についてはこれまでに一切変更がなく、既に「結晶化」しているといってもいい。値段が値段だけにおいそれと新しい機器に買い換えるわけにもいかない。

ただ、個人的には、複雑化したシステムをなんとかシンプルにしたいとは思っている。少しくたびれて、インパネの表示に濃淡があらわれはじめたOrpheusを新調したいとか、構想はあるのだけれど具体的に何に買い換えるかは全くのノーアイデアである。デザイン的にはCDプレーヤにあわせてAccuphaseのプリメインがよいのだろうが、もう少し自然な感じの音が良い。新品にせよ中古にせよ、じっくり音を聴いてから判断したい。

サブシステムはいまのところ真空管アンプに固定されている。この真空管アンプも(亭主が購入したものではあるものの)いまはなきCDハウスJupiterの渡辺店長から安価で譲り受けたものなので、亭主としてはいつか渡辺さんにお返ししたいとも考えている。ただ、Jupiterはお店はおろか建物すらも存在しない。お返ししようにも連絡をとりようがない。10数年前に頂いたメールアドレスにメールを送ったら届くだろうか。

いろいろと長いこと不義理をしているのであまり気乗りがしないのは当たり前。それでも何か前へ進むためのきっかけは常に探している。

2016年1月 2日 (土)

01/02 今年の抱負など

近所の神社に初詣に行き、おみくじを引いたら珍しいことに「大吉」だった。
困りごとは去り、喜びに満ちる一年だと言う。ありがたいことである。

振り返ってみるに昨年は本当に沈滞した一年で、ブログの内容も「疲れた」のオンパレード、まるで自分自身に言葉の「呪い」をかけているようでもあった。今年は良いことがあると思いたい。朝、ジョギングをしていて自販機でドリンクを買ったところ、つり銭ぐちに10円があるのを発見した。年初めだけあって、まだまだ小吉といったところだろうか。

大吉の流れに乗って、今年は何か新しいことを始めたい、やり残したことを仕上げたい、物欲も久しぶりに満たしたい。そんなことをつらつらと考えている新年である。

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新しいこと・・・たとえば新しいプログラミング言語を使ってみたい。たとえばR、Ruby、Python。関連書籍は既に購入済みで、Rは会社で、Rubyは自宅でちょこちょこいじっている。何か目標があって使うのがよい。じっくりとコシをすえてデバッグできる時間と、オープンなライブラリを見つけ出し、使いこなす手間を惜しまなければまとまったモノができるだろう。

昨年は"Domuya Portal"のデザインをかなり追い込んだ。CSSもだいぶ使いこなせるようになったし、サイトのレイアウトも行き着くところまでシンプルにできたように思う。今年は2001年7月から2002年3月までの227枚のCDレビューを補完して「聴」のページをしっかりしたレビューサイトへと仕上げたい。また懸案となっている2000年7月以前のコンテンツについても何らかの形で補完したい。

満たすべき物欲はなんだろう。以前はデジカメ、iPod、携帯電話の3種を継続的に最新の機種へと買い替えてきたが、最近はすっかり停滞している。いや、大きくてかさばるデジカメを、曲数が多すぎて中に何がはいっているのかさっぱりわからなくなったiPodを、そしてパソコン並みの値段となってしまったスマートフォンを買い換える意義を見出せなくなっている―――この辺はもう少し冷静に考える必要がありそうだ。

2016年1月 1日 (金)

01/01 【聴】 Denki Groove the Movie? -the Music Selection- / Denki Groove, Ki/oon|SONY(KSCL-2646)

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2015年12月26日に全国ロードショーとなったドキュメンタリー映画「DENKI GROOVE THE MOVIE? -石野卓球とピエール瀧-」とあわせてリリースされた音楽集。選曲は映画監督をつとめた大根仁。名曲"N.O."の最新バージョン"N.O.2016"を含めた全15曲。

映画に関しては、電気グルーヴの25年の活動を2時間にまとめたもの、らしいが見ていないので良く分からない。新録はM15 "N.O.2016"の1曲。その他 "25 Raw Beats(Movie Edit)", "Hello Mr.Monkey Magic Orchestra", 「電気ビリビリ」, ”Mud Ebis", 「新幹線」, 「虹」, 「ママケーキ」, "Shangri-La", "Volcanic Drumbeats", "Flashback Disco", 「弾けないギターを弾くんだぜ」, "Twilight", 「少年ヤング」, "Shameful"とほぼ全てのアルバムから選曲している(アルバムKarateka, Yellow, 20, からは選曲なし)。ライブ・バージョンが4曲ほど含まれておりアルバム・バージョンとは多少アレンジの変わった曲もある。大根監督の思い入れたっぷりな選曲とのこと、足りないときは自分で補ってくださいとのこと。

"N.O.2016"はさらにポップなアレンジがなされたほか、石野卓球のヴォーカルが(年月を経て)なかなかよい感じに枯れている。"N.O."と言う曲は、電気の前進となるバンド「人生」が解散した後、電気結成までの石野のもやもやした気持ちを綴った曲。いわば石野のパーソナルな曲、彼自身以前はこれを歌うことに抵抗があったそうだが、いまでは抵抗なく歌えるようになったのだそうだ(この辺はそのうち「読」で紹介する本に詳しく書いてある)。

いわゆるベスト盤ということで、これまでにもたくさんリリースされてきたベストとどこが違うのか、買おうか、やめようかと悩む類のアルバム。ファンならばあらためて「買い」だが、かつてのアルファ商法に良く似ているといわれるとそんな気がしないでもない。

01/01 あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
本年も"Domuya Portal"を我が家のハワイコンビともどもどうぞよろしくお願いいたします。

20160101dogs

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