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2015年1月14日 (水)

01/14 かつてTwitter依存症だった

Twitterをやめて、3日が経過した。

いや、サブアカウントから昇格したアカウントを続けて利用しているので、正確には「Twitterでつぶやくのをやめて」3日が経過した。

日々の生活の中でふと何かを思いついても、「そうだもうTwitterでつぶやくのはやめたんだった」と思い直すことがまだまだある。つぶやくのをやめた当初は、思ったことが言えないストレスからイライラしたが、徐々に落ち着いてきた。

親しかったTwitterの友人からメンションが飛んでくることもないし、自分のつぶやきがリツイートされたと通知が来ることもない。朝の挨拶をしてくるフォロワーに挨拶を返したかどうか気にすることもない。

落ち着くと、かつての自分がいかにTwitterに縛られていたかが見えてきた。まるで神経症か強迫性障害のように、スマートフォンの電源を入れたり切ったり、ちょっとした振動に反応してはスマートフォンを確認していた。やめた当初は早まったことをしたと少し後悔もあったが、落ち着きを取り戻してみるとやめてよかったとつくづく思うようになった。

当時の自分は、正常ではなかった。

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どうやら亭主は、神経症になりやすいタイプらしい。

スマートフォンのゲームをインストールしたときも、ついつい熱中して朝から晩までスマートフォンを眺めていた。「にゃんこ大戦争」「グランブルーファンタジー」「シムシティ」その他いろいろ。どれもやりこめばやりこむほどに夢中になる。夢中になると見境がなくなる。課金こそしなかったものの、ゲームの進行が気になり、仕事が手につかなかったこともある。四六時中スマホを眺めていたおかげで視力が格段に低下した。

結局どのゲームをプレイしていても、あるところで我に返り、スマートフォンからゲームを削除している。ゲームなどいくらプレイしても人生の足しにはならないのだと言い聞かせ、以降はまったくプレイしなくなる。

そういえば、新婚の頃、足しげく通っていたオーディオ店やCD屋、パソコンショップ、書店、リサイクル店などに通えなくなったことにストレスを感じていたっけ。せっかく店に並べられたレアアイテムが、誰かに買われてしまうと考えただけで不安になった。レアアイテムが何なのかは分からないが、とにかくレアアイテムを誰かに買われてしまうことが許せなかった。

1年か2年か―――結局これも落ち着いた。

やはり当時の自分も、正常ではなかった。

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自分自身が本当は正常ではないのではないかと、ときどき疑ってみる―――これまでの経験から学んだことだ。

夢中になるものがあったなら、それをしばらく止めて様子を見る。イライラしたり、仕事が手につかなくなったらそれは神経症のサインかもしれない。

解決策は非常に簡単、夢中になっているものを止めてみれば良い。

しばらくはイライラするだろうが、そのうち元に戻ることだろう。

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