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2014年6月

2014年6月30日 (月)

06/30 【読】 「イヌの気持ちは「見た目」で9割わかる!愛犬がいちばんよろこぶ育て方101(藤井聡、だいわ文庫)」

「イヌの気持ちは「見た目」で9割わかる!愛犬がいちばんよろこぶ育て方101(藤井聡、だいわ文庫)」

オールドッグセンター全犬種訓練学校責任者。日本訓練士養成学校教頭。ジャパンケネルクラブ公認訓練範士など兼任。イヌの訓練士養成のエキスパートである氏が、イヌの表情・行動からイヌのほんとうの気持ちを読み解いた本。 2014年5月刊。

冒頭の犬種による性格の説明、随所にちりばめられた愛らしいイラスト、親しみやすい内容などなど、誰もが気軽に手に取って、読める内容。イヌのちょっとした行動、ささいなしぐさからその意味を読み解き、問題行動の改善をアドバイスする。さらに、人間がイヌにとる態度や行動が、イヌに正確に伝わっていない点を指摘することで、イヌと人間との良好なコミュニケーションを構築するためのヒントを提供する。 その行動の多くは訓練士の立場から書かれているので、「しつけ」の一環として読むとよさそうだ。

一方、本書に記載された内容が、かならずしも最新の動物行動学の成果を反映していないのはなんとなく気になる。たとえば本書には「イヌは、家庭内の人間とイヌ(および他の動物)を順位付けしている」とあるが、最新の研究成果によれば人間とイヌの間に順位付けはなく、イヌは人間を別個の種族として認識しているという。他の多くのイヌに関する本とあわせて読むことで、より多面的なもののとらえかた、イヌへの理解が出来るものと考えられる。もっとも、イヌが好きな人ならば、本書の内容はしごく当然、あるいは受け入れがたいというものもあるだろう。まずは参考程度、気軽に読んで吉といったところか。

06/30 【読】 「イノベーションのジレンマ(クレイトン・クリステンセン、翔泳社)」

「イノベーションのジレンマ(クレイトン・クリステンセン、翔泳社)」

ハーバード・ビジネス・スクールの博士課程をわずか2年で卒業。最優秀学位論文賞、ウィリアム・アバナシー賞、ニューコメン特別賞、マッキンゼー賞など数々の賞を受賞する著者が、その研究成果を一冊にまとめたものが本書となる。その視点の斬新さと明晰な事例分析、そして圧倒的な説得力から世界中でベストセラーとなった技術経営の名著。著者であるクリステンセン氏は現在はハーバード・ビジネス・スクールの看板教授として、マイケル・ポーター教授とともに最前線で活躍している。2001年初版。2011年までで第35版を重ねる。

「偉大な企業はすべてを正しく行うがゆえに失敗する」

この衝撃的なフレーズが本書の全てを表し、そして本書の内容の起点といえる。日々重ねられる技術開発、徹底した市場分析、そして技術と情報に裏打ちされた経営判断がすべて達成されたとしても、大企業は技術革新に乗り遅れ、シェアを奪われるというショッキングな事実を、本書はハードディスク開発や建設機械開発などを事例に説明する。氏によれば、イノベーションには「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」の2種があり、大企業は組織的に、また体質的に持続的イノベーションに注力せざるを得ない状態に陥るのだという。市場を変革し、それまでのシェアをひっくり返すような破壊的イノベーションのヒントは、市場調査からは決して推し量ることができない。破壊的イノベーションを起こすために必要な技術は得てして既存技術から派生するが、市場規模が見えない中で大企業の経営者が破壊的イノベーションに対して投資する理由が致命的に乏しい。そして破壊的イノベーション発生初期に得られる利益は、大企業にとっては極めて小さい利益でありを経営者にとって魅力的に映らない。云々。云々。 ゆえに破壊的イノベーションは小さな企業から発生し、従来製品分野の競争軸を大きく転換した結果として、大企業を負け組へと追い落とすのだという。

本書は大きく分けて2部から構成されている。前半第1部は、大企業がなぜ失敗するのかを事例紹介から紐解く。ハードディスク、パーソナルコンピュータ、建設機械などの例から、それぞれの製品で起きた破壊的イノベーションと、それによって栄枯盛衰した数々の企業の対応を分析する。後半第2部はには大企業が破壊的イノベーションを起こすためのヒント、あるいは破壊的イノベーションに対する防衛策を記す。亭主のような大企業に属する人間にとってはまさになすすべなし、といった内容だが、知っていると知らないとでは大違いという内容でもある。難しいと思いつつもやはり破壊的イノベーションを起こしたいと思うのは、亭主が大企業の中でも特に中小企業的な立場にあるからだろうか。

2014年6月29日 (日)

06/29 【聴】 sanodg's Drawings for 23 minutes at an exhibition 1-2-3 /sanodg, Detune(DTSN-0010)

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かつてはNamcoでRidge Racerシリーズ、鉄拳シリーズのゲーム音楽を手がけたほか、OMY、まにきゅあ団などへの参加でも知られる佐野信義(佐野電磁, sanodg)によるアンビエント作品集。全3曲を収録したDisc 1と、各曲の素材をデータとして収録したDisc 2の2枚組み。なお佐野氏は現在は株式会社Detuneの取締役として、音楽制作のほか音楽ソフトを開発している。

全曲23分に固定された、広大な音場を持つアンビエント。1曲のなかには多数のモチーフが含まれており、それらが次々に現れては消えるという構成となっている。明確なメロディは存在せず、深くエコーのかかったシンセ音がひたすら持続する。エキシビション(展覧会)のBGMというコンセプトで作られたそうで、どこから聴いても、またどこで聞き終えてもまったく問題ない。名前のとおりBGMとしてまったり聴くのが良いだろう。

なお、本作はカセットテープに一端録音されたのち、デジタル化したのだという。音楽の背後にかすかにヒスノイズが聴こえるあたりが音へのこだわり。深いエコーがおさまったとき、背後から聴こえるノイズを茫漠たる空間表現と感じられればもくろみとしては成功したものと思われる。

2014年6月28日 (土)

06/28 日々雑感

お疲れ様です。亭主です。

かなり前に、妻から、亭主の全人格を否定するような発言がありまして、それ以降一切に対するやる気を失っています。

もちろん、通常生活についてはもう普通どおり。朝起きて犬と散歩して、家中の窓を開けて家庭菜園の手入れをして、朝食を食べて風呂掃除して、会社に行って帰ったら犬と散歩して、夕食を食べて妻の布団を敷いて洗物をして犬と散歩して、風呂に入って寝る生活は以前と変わりありません。ただ、以前から楽しみだった「ランニング」は一切しなくなりましたし、会社の飲み会にも一切出なくなりました。出張しても外食らしい外食は一切せず、コンビニかパン屋で、おにぎりやパンを食べる程度、出張先の旨いものや駅弁すらも食べなくなりました。

いわゆるハンガーストライキなどのような、要求を通すための抗議をしているわけではありません。

単に生きがいを失い、やる気と、人生に対するハリを失ってしまっただけです。

いや、子供の頃からの趣味だった、音楽を聴き、本を読むことは続けているので、単に元に戻っただけなのでしょう。もっとも、やる気や好奇心は一切失われているので、以前のような貪欲さはありませんが。

そのうち、何かが変わっていくことでしょう。ただ亭主自身、何が変わっていくのか、失われたものが戻るのか、それともまったく異なる何かが新しく出てくるのかまったく予想できません。

06/28 【聴】 Piano Music / Koji Ueno, Synergy(SYDA-006)

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戸川純、太田螢一とのユニット「ゲルニカ」での活動が特に有名。現代音楽家・作曲家・アレンジャーとしても知られる上野耕路の1998年アルバム。本作はこれまで氏が発表した曲をピアノにてカヴァーしたいわゆる「セルフ・カヴァーアルバム」とのこと。全15曲。

ゲルニカからは「ブレヱメン」「スケーティング・リンク」など、太田のソロ作「太田螢一の人外大魔境」からは「西安の子供市場」などがセレクトされているが、どの曲もピアノ曲として再構成されていて、まったく別物の曲、として聴いても違和感がない。よどみない鍵盤上の指運びからは、それらがまるで習作であるかのように、また練習曲であるかのように淡々としたものに感じられる。坂本龍一の"BTTB"のような趣だが、"BTTB"が誰でも知っている「教授の代表曲」のカヴァーだったのに対して、こちらはコアなファン以外には馴染みの薄いひたすらマニアックな曲の集大成。

06/28 【聴】 This is Chris / Chris Connor, Bethlehem|Solid(CDSOL-6017)

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カンザス・シティ生まれのジャズ・シンガー、クリス・コナーの1955年録音のアルバム。ラルフ・シャロン(piano)、ハービー・マン(flute, tenor sax)、ジョー・ビューマ(guitar)、ミルト・ヒントン(Bass)、押しー・ジョンソン(Drums)ら楽団と作り上げられた作品は、オトナの魅力を存分に発揮した優しさ、美しさを持つ。全10曲。

マンションのCM曲でもおなじみ"Someone to Watch Over Me"、コール・ポーターの"I Concentrate on You"カヴァーなど、ジャズ初心者の亭主にも親しみの湧く曲の数々。少しハスキー、だがしっとりと艶のある声は、J.J.ジョンソン、カイ・ウィンディングらホーン・セクションの華やかさとよくマッチする。

2014年6月24日 (火)

06/24 【読】 「中沢新一対談集―惑星の風景(中沢新一、青土社)」

「中沢新一対談集―惑星の風景(中沢新一、青土社)」

人類学者で思想家。民俗学者・宗教学者としても知られる氏が、地球の未来について20世紀を代表する知者らと語り合った書。2014年4月刊行。いわゆる書下ろし・本書が初出というものはなく、「現代思想」や「群像」「ユリイカ」などの特集記事を再構成したものが本書となる。

本書は大きく分けて3部から構成される。2005年に開催された愛知万博(愛・地球博)のコンセプトである「自然の叡智」について、現代思想家たちと語り合った第1部(クロード・レヴィ=ストロース、ミシェル・セール、ブルーノ・ラトゥール)、心理学者・脳科学者らとともに言語・宗教・死生観について語った第2部(吉本隆明、河合隼雄、河合俊雄、養老孟司)、そしていわゆるアーティストらとともに、彼らの得意とする分野で自由な発想をめぐらす第3部(中村桂子、菅啓次郎、細野晴臣、杉浦日向子、藤森照信)。名前を挙げるだけで居住まいを正してしまいそうな現代の知の巨人たちが次々と登場する様は壮観という他にない。

特に第1部、人類学者ストロース、哲学者セール、社会学者ラトゥールとの対談はすさまじい。愛知万博が大々的にプロモーションされはじめた1999〜2000年という時期にあって、地球と人類・自然の関係を再定義し万博の意義を明確化するために設定されたもののようだが、その内容は極めて複雑、活字を追うのに苦労するほどに充実している。彼らの著作を読み、また思想を理解していることが前提であるかのように話が進むため、非常に歯ごたえがある。どれだけの人がついてこられるかは判らないが、知の巨人たちの思想が垣間見える、という点で読んでおいて損はないだろう。

それに比べると第2部は「歯が立つ」という点では随分と読みやすい。老人の、体力や行動力をうばわれてもなお衰えない知性に人間の完成形を見る「超人間・超言語」(吉本隆明)などはこれからどんどんと深刻化する高齢化社会に対するカウンターか。第3部はさらに読みやすい。ファンが読んでも充分に楽しめる構成だが、前半のハードさに比べるとずいぶんと軟化する。「風街ろまん」からYMOへと続く音楽遍歴を語る細野さん、怪談コミック「百物語」の構造と構成に迫る杉浦日向子さん、そして諏訪に建設した「神長官守矢史料館」の設計裏話・諏訪の独特な風習を語った藤森さんなど、肩肘張らない、雑学全開な内容が楽しい。

2014年6月22日 (日)

06/22 日々雑感(筆記用具考)



かつては大量の筆記用具を「商売道具」として持ち歩いていた亭主ですが、最近は持ち歩いても1〜2本、必要最小限の荷物で済ませています。

それでも家には、粗品で貰ったボールペン、以前からストックしていたフリクションボールなどがあって、このところはこれら私物のペンを会社で使っていました。

フリクションボールの良い点は、いうまでもなく書いたものが消せる点。ノートに議事録に取るにせよ、また自分のアイデアをまとめるにせよ、書き損じた部分を自在に消せるというのが非常に便利でした。

ただ、「いつでも消せる」という安心感はある種の「甘え」にもつながるようで、亭主自身いつしか議事録やアイデアそっちのけで書いたり消したり、本来気にするべき内容よりも、文字の形や文章の体裁にこだわるようになっていました。

一方で、粗品で貰ったボールペンはまさにピンキリ。使い心地の良いものがある一方で、書いていて苦痛なものも少なからずあって、無料とはいえ、仕事に使うものならばそれなりにこだわりたいものだなと思っていました。

いい年齢にもなって、人の前で保険会社だの航空会社だのの銘がはいったボールペンを使うのもかっこ悪い。いや、かっこ悪いかどうかはその人その人の価値観やセンスによるものですから一概に断ずるのもどうかと思います。カッコイイ人ならばどんなボールペンを使おうがサマになるのでしょうし、字の綺麗な人ならばどんなボールペンを使っても素敵な字が書けるのでしょう。ブランドにこだわらず、アリものの筆記具を使うこだわりのなさを、洗練とか、自由とか、こだわりのない生き方と賞賛する向きもあるでしょう。

ただ、亭主としてはやはり、普段使うものにはこだわりたい。

書き心地であるとか、

持ったときの感じであるとか、

見た目であるとか、

メンテナンスのしやすさだとか、

あるいは机の上に置くとき、ペンと机が接触するときの感じだとかにこだわりたいのですね。

ちなみに「ペンと机が接触するときの感じ」というのを少し補足しますと、亭主はペンの金属部分と、机とが「ガリッ」と触れるときの音が非常に苦手です。

同じ感覚は腕に時計をつけた状態で、手を机の上に置いたときにも味わえます。金属と何かが「ガリッ」と触れる。歯が浮く、背筋が寒くなる。

亭主が普段、腕時計や結婚指輪やアクセサリーその他を身に付けないのは、この「ガリッ」という感覚が嫌いだからであって、決して腕時計に興味がないわけでも、既婚であることを隠すわけでもありません。

まあ、いろいろなものをジャラジャラと持ち歩くのはあまり好きではないかな。

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ここまで書いてきてふと思い立ち、自室にあるボールペンを持ってきました。

・NISSANでもらったボールペン
・J-WAY(ケーブルテレビ)の名前が入ったボールペン
・JALのボールペン
・ANA-American Expressのボールペン
・霞ヶ浦問題協議会(!?)のボールペン
・三菱Uni Laknockの青が2本。

先に書いた粗品の3色ボールペンはしばらくなくならないと思いますが、なくなったらどれを使うか。どれもこれも、いまひとつ気が乗らないというのが正直なところです。やっぱり万年筆が欲しいですね。


2014年6月20日 (金)

06/20 【聴】 Sorcerer / Miles Davis, Columbia(CK65680)

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ジャズの帝王、マイルス・デイヴィスの1962年,67年録音の作品。ミステリアスなアルバム・タイトルと、作品全体に漂う不穏な空気は、マイルスがアフリカ回帰・あるいはオカルティズムを指向する兆候だろうか。オリジナル盤は全7曲、今回はリイシュー盤として別テイク2曲を含む全9曲のアルバムを購入している。

参加アーティストはウェイン・ショーター(T.Sax)、ハービー・ハンコック(Piano)、ロン・カーター(Bass)、トニー・ウィリアムス(Drums)ほか。フリー・ジャズに特有の闊達な演奏とともに、どこかミステリアスな部分も感じられるあたりが本策の特徴だろうか。特にピアノは、トランペットとサックスという二つの強音楽器の影に隠れつつ、それら楽器のスキマを実に巧みに埋めている。この埋め方が実に知的というか、戦略的というか、フリー・ジャズにありがちなとりとめのなさ、散漫さを見事にまとめ上げている。発売当初はかなり難解な作品と受け取られたようだが、聴いてみるとなかなかどうして面白い。亭主自身はこの面白さをマイルスの感性と、ハンコックの知性とが一体となった結果だと勝手に解釈している。

2014年6月19日 (木)

06/19 【聴】 At the Montreux Jazz Festival / Bill Evans, Verve|Universal(UCCU-6019)

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"Waltz for Debby"、"Portrait in Jazz"などのヒット作で知られるビル・エヴァンス(Piano)が、エディ・ゴメス(Bass)、ジャック・デジョネット(Drums)らとともに作り上げたピアノ・トリオのライブ・アルバム。全10曲。1968年、スイスのモントルーで開催されたフェスティバルの様子を録音したのが本作となる。

非常にモダンで、快活な作品。以前の"Waltz for Debby"にみられたしっとりとした部分は抑え気味、どちらかといえば演奏と、音を楽しむタイプのアルバムといっても良いだろう。なかでも注目すべきはジャック・デジョネットのドラム。ブラシがシンバルを撫でる音、演奏全体を引き締めるビートが作品にスピード感を与えている。ビル・エヴァンスのピアノもまた洗練を極めており、かつての「耽美派」のイメージを見事に覆してくれる。

なお本作はライブアルバム、ということで、ライブならではお楽しみが随所にちりばめられている。1曲目のアーティスト紹介、アンコールを熱望する観客の拍手などもしっかりと収録されている。ぜひオーディオセットでその臨場感を確かめて欲しいところ。

2014年6月18日 (水)

06/18 日々雑感(マクドナルド低迷の本当の意味)

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マクドナルド株、11年ぶり高値の不思議 売上高マイナス続いているのに、なぜ...(J-Cast)

マクドナルドの低迷が続いて久しい。

記事では、2002年8月以来の高水準、3000円に届くとのことだが、実際のところ売上げは4ヶ月連続の下落、前年実績を下回っている。ヒット商品もなかなか生まれず、売り切れとなっている「アボカドバーガー」や「とんかつバーガー」も、話題性という点ではいまひとつだ。

苦境マック、好調スタバ、何が明暗分けた?復活策を探る 価格を買う顧客を集めた副作用(Business Journal)

ネットでは、あちらこちらでマクドナルド低迷の原因が考察されている。印象からすれば、低価格商品やクーポンなど、「値段」を売るマクドナルドの戦略を、「価値」を売って快進撃を続けるスターバックスと比較した考察が多い。

ただ、亭主は以前から、この考察に疑問を持っている。

亭主がマクドナルドの前を通り過ぎるのはたいてい休日の昼間なのだけれど、(お昼どきなのだろうか)ドライブスルーには常に車が行列をなし、店の中では子供たちが楽しそうに店内を走り回っている。部活帰りの中学生が空腹を満たすためにハンバーガーを食べ、大学生がテーブルに本やレポートを広げてしかめつらしている。

若い母親、あるいは孫のいるお年寄りにとって、マクドナルドは周りに気兼ねすることなく、自由に子供を遊ばせることができる貴重な場所である。母親同士があつまっておしゃべりに興じることもあるし、お年寄りにとっては、孫と大切な時間を過ごせる機会でもある。なにより子供はハンバーガーやポテトが大好きだ。家ではなかなか食事を摂らない子供になんとか食事を摂らせるチャンスなのだ。

部活動の帰り、お腹が空いて立ち寄る中高生にとって、ハンバーガーは手っ取り早く空腹を満たす食べ物である。値段も安いし、なにより友達通しで店に居ても、また店内でワイワイとしゃべっても文句を言われることがない。大学生にとってマクドナルドは、図書館よりもうるさいが、ライブハウスよりも落ち着ける勉強の場所である。イヤフォンで好きな音楽を聴きながら、値段の安いコーヒーとポテトで何時間も居座ることができる。

母親、子供たち、お年より、中高生や大学生にとってマクドナルドはまぎれもなく「価値」を提供する場所である。価値を提供して業績を高めているというスターバックスとは提供する価値も、顧客層も、また価格帯も異なるが、やはりマクドナルドもまた価値を提供しているのだ。

ならばなぜ業績が振るわないかといえば、これはもう顧客が求めている価値と、全く別の方向に製品戦略を置いているから、としかいいようがない。マクドナルドのメインとなる顧客に、「アボカドバーガー」だの「とんかつバーガー」が直接ヒットするだろうか?それよりも、子供がもっとマクドナルドに来たがるような仕掛けを考えるとか、お年寄りにも食べやすいハンバーガーを考えるとか、シェークの種類を中高生好みに増やすとか、熱々のコーヒーを何倍飲んでも同じ値段にするとか、やることはたくさんあるはずなのだ。

亭主がマクドナルドに対してひとこと苦言をいうならば、ずばり「あんな椅子ではゆっくり食事や喫茶などできない」。

都内によくある背の高い、床に固定された一本足の椅子、カフェテリア然としたスチール製の椅子、あるいは作り付けのプラスティックの椅子に安っぽいウレタンのソファーで、「またマクドナルドに来たい」と思えるはずがない。

亭主のようなおっさんの意見はともかく、マクドナルドの販売戦略は、本来マクドナルドを愛用している人間を素通りし、市場における「勝ち組」プレイヤー(たとえばスターバックス)のあとを愚直に追いかけているだけのように見える。そもそもマクドナルドには、ドナルドだのハンバーグラーだの、子供向けのキャラクターがいたではないか。ハッピーセットというおもちゃ入りのセットがあったではないか。自らがこれまで得意としていた部分を捨ててまで、スターバックスを追いかける意味がどこにあるのだろう?

2014年6月15日 (日)

06/15 日々雑感(地方都市衰退の原因とは)

V6010008.JPG理容クロサワに散髪に行き、クロサワのご主人とひとしきり話し込んだ。

かつてこの街(日立市)にはいくつもの映画館があって、それこそハシゴをして映画を観たものだと。

映画館だけではない、日立駅のウラにはうまい鶏料理を食べさせる店があったり、多賀駅前の通りに本格的なカレー屋があったり、コーヒー一杯で粘れるジャズ喫茶があったりした。

映画館も、鶏料理の店も、カレー屋も、ジャズ喫茶もずっと以前に閉店して跡形もない。あるのはスターバックスと、マクドナルドと、コナカと、アオキと・・・そう地方都市にならばどこにでもある店ばかりだ。

日立市だけではない。県庁所在地の水戸市もずいぶん寂れてしまった。

かつては水戸駅前から西に延びる銀杏坂に大小さまざまな店があった。よさげなレコード屋も、雰囲気のよい喫茶店も、常に若者がたむろするライブハウスもあった。今は大手の店、体力のある老舗がなんとか道路沿いに店を構えているものの、かつての活気はない。

かわって郊外(元内原町)にイーオンの大規模ショッピングモールが出店した。人は多いが見るべきものはそう多くない。クロサワのご主人も亭主も音楽ファンで、一時期はイーオン内のタワーレコードに通ったりもしたが、タワーレコードが撤退し、代わりにHMVが入ったところでふたりとも行くのを止めてしまった。

そこから話はどんどん広がる。

つまらないのは水戸市だけではない。亭主がかつて住んでいた松本市も随分前から市内の区画整理が進んだ結果、小さな店が軒並み閉店してつまらなくなった。

「ジャズの街」を自称する宇都宮市も随分つまらなくなった。餃子の店ですら最近は活気がない。タワーレコードは品揃えが貧弱で、閉店寸前という趣だったそう。

亭主がよく言っていた北九州市も、小倉駅前のタワーレコードが閉店したほか、黒崎駅前のアーケード街はシャッター通りとなり、しかも夜はぽっかりとその黒い口をあけている。

クロサワのご主人が家族旅行で行った金沢も、つまらない町になってしまったそうだ。

そういえば仙台はどうだろうか。2010年の5月に仙台に行った際、1990年代に訪れたときにはあったはずの中古レコード店が軒並み閉店していた。

いや、元気が無いのは地方都市だけではない、とクロサワのご主人は言う。ご主人が学生時代をすごした中央線沿線、小田急線沿線も昔に比べると店が減ってしまったそうだ。かつて下北沢駅前には、ロックやジャズを聴かせる喫茶店がたくさんあったそうだが、今はどこも閉店してしまったそうだ。

下北沢はともかく、なぜ地方都市がここまで衰退してしまったのか。

郊外への大型店舗の出店、不景気、AmazonやYahooショッピングなどのネット通販の台頭、あるいは消費者の嗜好の変化、以前から言われていることを含め様々な原因があるなか、ふと気がついたことがあった。

衰退の原因の一つに、市街の区画整理は挙げられないだろうか。

かつて松本では、市街地を大きく整理した。道幅を広げ、左右にこぎれいな店舗を配置したが、かえってこれが衰退の原因になったように思えるのだ。

確かに通りはこぎれいになった。だが、古本屋だのレコ屋だの、ちょっとマイナーで、マニア向けの品揃えの店のほとんどが消えてしまった。街の風通しがよくなり、これまでちょっと湿気ていた部分が、さっぱりとしてしまった。

もしかしたら、通りに必要だったのは、人々をとどまらせるある種の「湿気」のようなものなのではないか―――と漠然と考えているが、果たして。


2014年6月11日 (水)

06/11 【聴】 Becs / Fennesz, Editions Mego|P-Vine(PCD-25166)

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オーストリア出身のギタリスト。エレクトロニカ、アンビエント・ミュージックのジャンルで活動し、坂本龍一らとのコラボ作でも知られるクリスチャン・フェネスの最新作。アルバムタイトルのBecs(ベーチュ)はオーストリアの首都、ウィーンのこと。

2008年にリリースした"Black Sea"以来4年ぶりのフル・アルバム。広大な空間表現と静謐さでファンをおどろかせた"Black Sea"に対し、本作では非常にアグレッシヴなノイズ・ミュージックを展開している。エレキギターによって奏でられるリフはどれもこれも徹底的に歪んでいる上、最大音量でクリップするよう加工している。もちろんミックス時に音量は適切なレベルまで落とされているのでアンプやスピーカを壊すことはない。楽器から作られたノイズの奔流と、その背後に流れるギターやドローン、鐘の音の組み合わせになぜか心癒される。これまで、誰も考え付かなかったのはどうしてだろうとあらためて不思議に思う。

"Black Sea"に引き続き、フェネスのノイズに対するこだわり、巧みな空間表現が堪能できる作品。ファンならずとも一聴の価値アリ。

2014年6月10日 (火)

06/10 【聴】 Facing You / Keath Jarret, ECM(ECM1017)

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キース・ジャレットによるピアノ・ソロ作第1弾。1960年代にチャールス・ロイド・バンド、マイルス・デイヴィスのアルバムなどでキャリアを積んだ後、名門ECMより満を持してリリースされたのが本作となる。全8曲、いわゆる「ジャズ」的な要素をごっそりとオミットしたスタイリッシュかつ迫力満点のサウンドは、当時ジャズ喫茶で熱狂をもって迎えられたのだという。1971年作品。

パット・メセニーの"Bright Size Life"といい、また本作"Facing You"といい、ヨーロッパの名門レーベル、ECMのカラーである「白さ」を非常に明確に表現していて、現在もたびたび言及されるECMのレーベル・イメージはこの頃からしっかりと確立していたらしい。ピアノのみというミニマルな構成、流麗なピアノ・タッチは当時のマニアたちにとってもある種の「不意打ち」であったろうが、それでも本作が熱狂をもって迎えられたのは、キースのネーム・バリューのみならず、AB面を通してしっかりと聴かせる気迫にあったようだ。ジャズという文脈で語るのはなかなか難しいアルバムではあるが、ピアニスト・キース・ジャレットがピアノにこめた思いは、ジャンルや編成の枠を超えて、人の心に確実に染みてくる。聴く人によってはバド・パウエルを、セロニアス・モンクを思い出し、またラグタイムなど比較的ファンキーかつポップなクラシックを思い出す人もいるだろう。それぞれがそれぞれの解釈で楽しめることもまた、多くの人を唸らせた理由であろう。

06/10 日々雑感(ポータルサイトと個人ホームページの黄昏)

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他の人がどうかはさておいて、自分自身の感覚として、昔に比べて「ネットサーフィン」をしなくなったように思う。

ブラウザのブックマークには、良く見るサイト、ときどき見るサイト、あるいは資料として参照したいサイトなどがずらりと並んでいるのだが、そのラインナップは何年も前からほとんど変わっていない。独身時代に比べて自由になる時間が圧倒的にない、ということもあるのだが、そもそもブックマークから次のサイト、次のサイトとリンクをたどって様々なサイトを訪れること、それ自体がなくなっている。

その昔は、様々なサイトへのリンク先を示した「ポータルサイト(Wikipedia)」が多く見られた。

たとえばYahooやInfoseekなどは、かつては様々なサイトを紹介するポータルサイトだったが、現在ではサイト独自のコンテンツ(ニュースであるとか、スポーツであるとか、あるいはオークションであるとか)で埋められていて、そもそも他のサイトへと移動する必要がない。

そういえば、個人のホームページにおける「リンク集」なども、最近はすっかり目にしなくなった。いや、個人のホームページ自体、普通にネットを使っていても目にすることがなくなってしまった。

現在ポータルサイトとしての機能を有するサイトといえば、「はてなブックマーク」や、たとえば「ニュース人」などのようなヘッドラインをひたすら並べていくサイトがそれに該当するのだろう。ただしこれらサイトに掲載されている記事は、時間とともにどんどんと過去へと追いやられていくので、定番のサイト・オススメのサイトを紹介する、という本来のポータルサイトとしては使えない。

したがって、現在、ネットユーザが必要な情報を「能動的に」入手するためには、GoogleやYahooのキーワード検索で該当するサイトを探すしかない。ところが、検索で出てくる結果といえば、キーワードから自動的に生成される広告サイトだったり、誰もが知っている超有名サイトだったり、あるいは検索キーワードに反応するようにつくられた、内容のほとんどないブログだったりする。

では、かつて大量に存在した、個人のホームページなるものは消えてしまったのだろうか。

個人ホームページの元祖、といえばGeocities、ということで"Yahoo! Geocities"を見に行ったのだが、リニューアルでデザインが一新されていて、どこをどうクリックしても、個人ホームページへのポータル画面にたどり着けなかった。亭主が利用している、@niftyのLacoocanのトップページも、(入会案内が表示されるだけで)個人ホームページへのポータルはなかった。@niftyの「ココログ」に至っては、ポータルは見つかったものの、クリックすると「ログイン画面・ニックネームの設定画面」が出てきて面食らった。

世のネットサーファーたちは、どうやって日々更新され続ける情報を入手しているのだろう。
それとも亭主と同様に、自らのブックマークを上から律儀に開いては、情報を得ているのだろうか。

少し前のことになるが、リニューアル前にGeocitiesのトップ画面を覗いたことがある。検索画面から「オーディオ」をキーワードにサイト検索したところ、更新がとまった個人ホームページが大量に表示されて、さながら限界集落を思わせる廃れっぷりだった。

ネットサーファーの情報入手方法もだが、かつて情報の発信元だった個人のホームページは、いったいどうなってしまっているのだろうか。

2014年6月 8日 (日)

06/08 【聴】 Bright Size Life / Pat Metheny, ECM|Universal(UCCU-6056)

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1954年生まれ、ミズーリ州リーズ・サミット生まれのギタリスト。ブラジル音楽、モダン・ジャズ、インプロビゼーションなど様々なジャンルで活躍するパット・メセニーのデビュー作。1975年、ECMよりリリース。全8曲。ベースにジャコ・パストゥリアス、ドラムにボブ・モーゼスが参加している。

一聴してヨーロッパの香り漂う、フュージョン・サウンド。リヴァーブを充分にかけた夢見がちな(しかしテクニカルな)ギター・プレイと、背後をたゆたうベースの組み合わせが最高に気持ちいい。ECMというレーベルのカラーもあるのだろうが「熱い」ジャズを期待している向きは必ずめんくらう、美しいサウンド。当時は「新感覚のジャズ」などという触れ込みもあったようだが、ファンはどのような思いでこれを聴き、また支持したのだろうか。

2014年6月 7日 (土)

06/07 【聴】 A Night in Tunisia / Art Blakey & The Jazz Messengers, Blue Note(7243-8-64474-2-5)

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ペンシルバニア州ピッツバーグ出身のジャズ・ドラマー。ホレス・シルヴァーとジャズ・メッセンジャーズを結成して以降はクリフォード・ブラウン、ルー・ドナルドソンら多くの才能を見出し、世に送り出したアート・ブレイキーの1960年作品。彼の盟友であるトランペッター・ディジー・ガレスビーが、ピアニストのフランク・パパレリとともに作曲したジャズ・スタンダード、"A Night in Tunisia(チュニジアの夜)"を含む全6曲+別テイク1曲。なお本作にはウェイン・ショーター(Sax)、リー・モーガン(Trumpet)、ボビー・ティモンズ(Piano)、ジミー・メリット(Bass)およびブレイキー(Drums)が参加している。

アート・ブレイキーの奔放なドラム・プレイと、リー・モーガンの過激なトランペットとが交錯する豪快なM1「チュニジアの夜」が聴ける本作。ハードバップの代表的作品として、現在も多くのファンに愛されている。亭主はもともとバド・パウエルによるスキマたっぷりのピアノ演奏に慣れ親しんでいたため、アグレッシヴなモーガンの演奏はちょっとした衝撃だった。ともすればとっちらかっているかのように聴こえるトランペットが一つの演奏としてまとまるのは、ひとえにブレイキーの奔放だが要所をきっちりと締めるドラムの威力といってよいだろう。

2014年6月 6日 (金)

06/06 【聴】 Motion / Lee Konitz, Verve(440-065-510-2)

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イリノイ生まれのサックス奏者、リー・コニッツの1961年作品。クール・ジャズの代表格として目され、マニア層からは圧倒的な支持を受けたという氏の代表作。全5曲。ベースはソニー・ダラス、ドラムはエルヴィン・ジョーンズのトリオ構成。

亭主のネタ本であり、今回のジャズ関係のアルバムを集めるに当たって大いに参考にしている「ジャズ喫茶四谷『いーぐる』の100枚(後藤雅洋、集英社新書)」のアルバム情報では全8曲となっているが、亭主が購入したのはオリジナルアルバムの5曲("I Remember You"、"All of Me"、"Foolin' Myself"、"You'd be so Nice to Come Home to"、"I'll Remember April")が入ったもの。"You Don't Know What Love is", "Out of Nowhere", "It's You or No One"の3曲が含まれるアルバムはその後発売されたものらしい。オリジナルでよかったと思う反面、ソングリストを見てちょっと損をしたような気持ちになったのは、亭主が単に貧乏性だからだろうか。

それはともかく。

当時からリー・コニッツはマニア御用達、「いーぐる」に「いかにもジャズ聴いてますふうの」女の子が現れ、リクエストしたのが本アルバムのB面1曲目"You'd Be So Nice〜"だったのだという。ド迫力のサックス、アドリブとはいえ決してブレることのない磐石のプレイは、たしかにジャズ喫茶のオールホーンシステムで鳴らすと気持ちよさそうだ。ソニー・ダラスの淡々としたベース、快活なエルヴィン・ジョーンズのドラムと合わせても非常に現代的で、スタイリッシュ。当時の主流であるマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンといったブラック・ミュージックの本流からは若干離れるものの、その後流行するヨーロピアン・ジャズの文脈からすれば本作もまた将来的には本流の一つといえるだろう。

2014年6月 1日 (日)

06/01 【聴】 Crossings / Harbie Hancock, Warner(WPCR-27109)

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おなじみハービー・ハンコックによる即興/実験音楽の大作。アナログの場合A面に1曲、B面に2曲というミニマルな構成、電子楽器を駆使したサウンドは昨今のアブストラクト・ジャズ、クラブ系ジャズにも通じる。1971年録音。

主たるアーティストはハンコック(Piano, Electric Piano, Percussion)、パトリック・グリースン(Synth)、エディ・エンダーソン(Trumpet, Flute, Percussion)、ジュリアン・プリースター(Trombone, Percussion)、ペニー・モービン(Soprano Sax, Piccolo, Percussion)ほか。パーカッションが多いが、リズムを刻むというよりもむしろ音効的に使っている。半野喜弘、菊地成孔あたりが好みの人には、ずばりストライクのサウンド。本アルバムがリリースされた1971年のジャズ喫茶「いーぐる」では、過激でとっつきにくいサウンドがファンに非常に受けたそうだ。リクエストも多かったというから意外といえば意外だが、それだけ時代が過激なサウンドを望んでいたのだろう。もちろん現代においてもその過激さ、アブストラクトぶりは際立っている。

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