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2014年1月 2日 (木)

01/02 帰省に際しての移動手段について

大学時代、それから会社に入って数年は、年末年始や夏休みの帰省に電車を利用していた。

大学時代は、浦和から京浜東北線、山手線、中央線と乗り継いで飯田線へ。

会社に入って数年は、常磐線、山手線、中央線と乗り継いで飯田線で実家まで帰っていた。

本来ならば山手線を新宿で降りて、中央高速バスで実家に帰ればかなり旅費を節約できたのだが、年末年始や夏休み、それにGWなどはとにかく高速道路が渋滞するので遅延のない電車をもっぱら利用していた。電車の中ならば本も読めるし(バスで本を読むと必ず酔った)、駅弁を食べるという楽しみもある。なにより、電車の乗り換えの際に時間ができれば、途中下車して駅周辺をうろつけるという自由さもあった。

もちろん、電車に不自由が無かったわけではない。

高速道路が渋滞するのと同様に、電車の中も混雑する。遅延がないといっても電車の中は常に混雑しているし、金欠で自由席にしか乗れなかった(というか指定席に乗るという考えすら浮かばなかった)亭主にとって、自由席の混雑は耐え難い苦痛だった。そもそも常磐線は特急ではなく、各駅の鈍行を利用していたから、お金がいくらか節約できるからといって、何時間もシートに座っていることが時間の無駄に思えてならなかった。

それでも、当時はそれ以外に帰省の手段が無かったのだから、そんな苦痛は当然のものと考えていた。いや、こういう苦痛はあって当然。じっとこらえて、我慢すればいつか過ぎ去る。浪人の頃も、大学時代も、また社会人になっても我慢するのは得意だったが、それが逆に「何を考えているかわからない」「はっきりとモノを言わない」と周囲の不興の原因だったことを思い出した。

勘違いされると困るのだけれど、我慢している状態は決して「イヤ」な状態ではなく、むしろ「イヤ」でも「スキ」でもない中立な状態に近い。違うことを考えていれば、うっかり時間が過ぎているような状態とでも言えばよいか。

もっとも、大学時代にも車を持っていてあちらこちらと出かけていたのだけれど、首都高速が怖かったことと、高速道路料金+ガソリン代がかかることから一度も車で帰省しなかった。社会人になってあらためて車を手に入れ、車で実家に戻ったときは、車という移動手段の自由度の高さに感動したものだ。ただ、電車に比べると本は読めないし、運転は疲れるし、渋滞に入るとにっちもさっちも行かないしと不便も多かった。

それでも電車に戻る気がしないのは、重い荷物を抱えて駅を右往左往しないでよかったから、車中ほかの人に気を使う必要がなかったからだ。

音楽を流しながら深夜や早朝の高速道路を走れば、それだけで充分に気晴らしになる。

移動時間、交通費、考えることはいろいろあるが、ほかの人に気を使わなくてもよい、というのはこと内向的な亭主にとっては案外重要なポイントなのかもしれない。

で、えーと、なんだ、結局何が言いたいのかわからなくなってきた。

すいません、結局今回もまとまりませんでした。

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