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2013年7月

2013年7月31日 (水)

07/31 【読】 「置かれた場所で咲きなさい(渡辺和子、幻冬舎)」

「置かれた場所で咲きなさい(渡辺和子、幻冬舎)」

1927年生まれで現在85歳。29歳でノートルダム修道女会に入信後、ノートルダム清心女子大学教授、同大学学長を経て現在はノートルダム清心学園理事長。1970年代より教育、社会福祉の分野で活躍する著者が、現代社会における人間の生き方、こころの在り方を記した書。2012年4月刊。その年の話題の本としてベストセラーとなった。

表題の「置かれた場所で咲きなさい」は、氏が30代のころ、一人の宣教師から手渡された短い英語の詩に書かれていた言葉なのだそうだ。

"Bloom where God has planted you. "

直訳すれば「神が植えたところで咲きなさい」ということなのだが、キリスト教の信徒にも違和感がないよう意訳すれば、「置かれた場所で」となるのだろう。 自らの境遇に不満を感じ、次から次へと居場所を変える人の行動を戒める・・・という意味に取る人もいるだろうが、実際にはさらに深い。続く英詩には「咲くということは、仕方がないと諦めるのではなく、笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすること」と書かれているのだそうだ。 本書では、氏の言葉が4章に分かれてまとめられている。「自分自身に語りかける」「明日に向かって生きる」「美しく老いる」そして「愛するということ」。日々氏が考えること、若い日の苦心や失敗、学びから得られた教訓を、慈愛の筆致で書き綴る。本文中には多くの引用が登場するのだが、興味深いことに引用は聖書ばかりではなく。詩人や牧師、心理学者、あるいは相田みつを氏や羽仁もと子氏(日本初の女性ジャーナリスト)、マザーテレサなど、多彩な人々の言葉が登場する。聖書や、キリスト教に慣れ親しんだ人でなくともすんなりと心に入ってくる。

本書を読んで特に感じたのは、本書が、他の自己啓発本のように「自分がどう生きるか」を追求する内容のみならず、「他者をどう生かすか」の視点についても深く考察している点だろうか。自身の成功やキャリアアップを望む人々に、自身のこころの在り方を今一度振り返るきっかけを与えてくれる。いや、むしろビジネスなどは完全に切り離し、すべての悩める人々の心によりどころを与えてくれる内容という意味では自己啓発本と一緒にするのはむしろ失礼に当たるかもしれない。

2013年7月30日 (火)

07/30 Tumi ALPHA T-Pass Soft Lap-Top Attache

亭主は通勤用のバッグとしてTumiのT-Passシリーズを愛用しています。


シンプルな概観、内部にはPCを入れる部分(耐衝撃)と、それ以外のものをいれる部分しかないという明快さが気に入って、おそらく5年くらいは使っているものと思われます。

ちなみに中には何が入っているかといいますと、

  • 社員証
  • 社用の携帯電話
  • SUICA入りパスケース(名刺も入ってます)
  • 時刻表(駅でもらったもの)
  • Bluetooth Keyboard iBuffalo BSKBB11SV(PCを入れるほうに)
  • 赤ボールペン
  • 黒ボールペン
  • 目薬(抗菌)
  • 目薬(疲れ目用)
  • 新書2冊

おっと、現在は会社のノートも入っていました。明日は出張。

以前にも書きましたが、Bluetooth KeyboardはiPhoneでテキストをガシガシ書くときに使っています。
新書は、1冊はすでに読み終えているのですが、ストレッチ関連の本ということでちょこちょこ読み直しているところ。
目薬は以前眼病気味だったので、抗菌目薬を・・・

たいしたものは入っておりません。これにiPhoneとiPod ClassicとKindle Paperwhite 3Gと、財布と鍵を持てばどこまでも行けます・・・と今回はそんなハナシではなくてですね、

実はこのところ、Yシャツの襟や肩になにやら黒いものがついて、妻に迷惑をかけておりました。
当初はボールペンの先が当たったのか、それとも通勤途中に枝に当たったのかと思っていたのですが、どうやらTumiのバッグについているショルダーストラップの、肩に当てるパッド部分が劣化して、ウレタンだか皮だかがこすれていたようなのです。まるで炭のようにシャツの繊維のなかまで入り込み、洗濯してもなかなか落ちません。2着目が汚れているのに昼間気がつき、ようやくパッド部分の劣化に気付いた次第です。

いやあまいったなぁ、明日からストラップなし、手提げで通勤か・・・と思ってふとTumiの公式サイトを眺めていたら、アフターサービスにパーツの購入画面が。

購入。

Tumiのバッグはどれも非常にタフにできているので、デザインが気に入ればぜひ。ただ、以前に比べると随分とデザインも凝っていて、スマホを入れる部分だのiPadを入れる部分だのいろいろ盛りだくさんになっているようです。亭主の使っている写真のものは別格にシンプルで亭主自身そこが気に入っているのですが、現行品ではないのでご注意を。興味のある方はamazonなどをチェックされると良いかと思います。

ごてごてとしたデザインは、野暮ったく見えるのでちょっとね。
小物を入れるスペースが細分化されていると、持ち物全体の見通しが悪くなってついつい要らないものまで持つはめになりそう。


2013年7月29日 (月)

07/29 【聴】 Lucky / Towa Tei, Mach|Warner(WPCL-11516)

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おなじみテイ・トウワの自身7枚目となる最新フル・アルバム。高橋幸宏、シュガー吉永(from Buffalo Daughter)、椎名林檎、伊賀航、手嶌葵、坂本龍一、細野晴臣、浜野謙太(from SAKEROCK)ら豪華アーティストが参加した全11曲のハウス/エレクトロニック・ポップス。水玉模様をあしらった愛らしいアルバム・デザインはこちらもおなじみの草間彌生。

テイ・トウワといえば坂本龍一プロデュースの"Demo Tape I"、あるいは全世界デビューアルバムである"Future Listening!"以来コンスタントに活動を続けていて、アルバムもかなりの枚数を重ねている・・・と思いきや、まだ7枚目というのがまずもって意外。アルバムそのものも"Flash"、"Big Fun", "Sunny", "Mach 2012"と並べてみると大転換はほとんどなく、一貫してポップなハウス・ミュージックを志向している。もっとも、コラボレーションするアーティストによって曲調はヒップホップやロックなど左右にぶれる。ぶれるけれどもその根底にはポップかつ無表情なスタイルがある。無表情―――テイ・トウワ自身のスタイルは、突き詰めればYMOが持っていたシカメツラしさ、静かなるパンク精神のあらわれでもある。

ゲスト・ヴォーカルである椎名林檎の"Apple"、あるいは手嶌葵の"Genius"はいずれもヴォーカルを活かしたポップ・ミュージック。椎名はお茶目に、手嶌はラウンジングにそれぞれの世界を構築している。ラスト・ナンバーは草間自身がヴォイスを担当する"Love Forever"。

2013年7月28日 (日)

07/28 【読】 聞く力〜心をひらく35のヒント〜(阿川佐和子、文春新書)

「聞く力〜心をひらく35のヒント〜(阿川佐和子、文春新書)」

キャスター、小説家、エッセイストとして活躍。現在は「TVタックル」の司会のほか、雑誌やTV「サワコの朝」で多くの著名人たちと対談を重ねる阿川佐和子さんの、自身初となるノウハウ本。2012年の新書年間ベストセラー第1位、売り上げは100万部を突破したとのこと。

1000人を超える対談歴、30回以上のお見合い歴から、自身が体得してきた「対談の極意」を多くの体験談とともに紹介したのが本書となる。対談にて著名人が見せた意外な一面、対談での愉快なエピソードを絡めた内容は、彼女独特のお茶目な文体もあいまってドタバタ劇のように楽しい。ノウハウ本のように見えて、自身のエッセイであったり、有名人の暴露話であったりと肩肘の張らない構成が面白い。一方で、「対談の極意」なるものが体系的に、網羅的に書かれているわけではないので、速読などでなかば事務的に情報を取り込みたい人には、無駄だらけの文章とも読めるかもしれない。実際、ハナシはあっちへこっちへ、まるで小鳥が餌をついばむように飛び回り、時に脱線してそのまま帰ってこなくなったりもする。このドタバタ感を楽しめるか、楽しめないかで本書の評価は大きく変わると思われる。

なお本書において、「聞く力」とは、いわゆる「傾聴(=よく耳を傾ける)」ことにとどまらない。相手をいかにしゃべる気にさせ、思わぬエピソードを引き出し、気分よく対談を終えるための彼女自身の工夫が「聞く力」となる。数多くの失敗談や、対談に対する苦手意識などのマイナスをいかにプラスとして自分の血肉としていくかもまた本書の大きな注目点。けして話題豊富でも博覧強記でもない彼女が、ひとくせもふたクセもある対談者に喰らいついていくか、ワクワクしながら読みたい。

2013年7月27日 (土)

07/27 日々雑感

オーディオシステムを少しシンプルにしてみようと、DVDプレーヤ(Pioneer DV-S747A)とDAC(Audio Alchemy Digital Decoding Engine Ver.2.0)をメインから取り外し、システムをCD、カセットテープ、レコードそしてPCからのオーディオ信号のみを受け入れる構成へと変更しました。

シンプルにする理由もまた単純で、DVDプレーヤにせよDACにせよこのところ全く使っていなかったから。特にDVDプレーヤはSACD再生、DVD-Audio再生用を想定していましたが、ソフトが全く増えずにシステムの肥やしとなっていました。

システムをシンプルにすると何か良いことがあるのかと問われると、正直なにがどうなるのか良くわからないのですが(そもそも使っていない機器は電源がOFFですので待機電力を使わず電力消費量削減にすら貢献しません)、オーディオシステムに限らず、システムというのは単純にすればするほど見通しが良くなり、複雑さによって見えなくなっていたものが急に見え始めたりもします。

では何が見え始めたか―――。

結局亭主は音楽が好きで、映像関係に関してはとことん興味ないみたいです。

当初DV-S747Aを導入した際、せっかくメインシステムにDVDプレーやを接続したのだから、自室に小型のTVを別途購入して映画でもみようかと思ったのですね。居間にはまはろくんが寝ていますから、夜中遅くに映画を見るならば自室でしかなかろうと。

ところが実際にDV-S747Aを導入しても、映画はおろか音楽すら再生しようとせず、ひたすらにシステムの肥やしとしてラックの一部でシャンパンゴールドのきらめきをアピールするのみでした。

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そもそも亭主が最後に購入した映画のソフトはStar Wars Episode III(たしか2005年11月あたり)で、以降8年間映画というものをソフトとして購入しておりません。いやそれはいくらなんでも極端だろうという方もおられるでしょうが・・・音楽DVD(アーティストのライブやPVが収録されている)も、最後に購入したのが2008年というテイタラクで、とことん映像系には興味がないのです。

オタクの方々ならば必ず通る道の一つ、アニメの世界も、高校卒業以降に見た作品といえば10本の指に収まる程度ですし、今現在もアニメなるものは(話のネタにとヤマト2199を1回実家で見たものの)全く見ようと思わないのです。

ちなみに高校卒業以降で見たアニメを思い返してみますと、「オネアミスの翼(映画で)」「トップをねらえ(大学の先輩の部屋で)」「攻殻機動隊(映画で・DVD購入)」「イノセンス(映画で・DVD購入)」「新世紀エヴァンゲリオン(レンタルで)」「十兵衛ちゃん〜ラブリー眼帯の秘密〜(職場の先輩から借りて)」「アップルシード(DVD購入)」「伝説巨神イデオン(大学の先輩が地方で録画してきたそうだ)」「アニマトリックス(DVD購入)」とまあ、基本中の基本を押さえているのみで(そうか?)恥ずかしながらここ25年くらいで9本というテイタラク。

でも士郎正宗は面白いですよね。

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本当はさらにシンプルに、CDと、PCからのオーディオ信号のみを再生するシステムとしてもよいのですが、テープもレコードも亭主の音楽遍歴の重要な一部分を占めていて、なかなかこの部分をシンプルにすることができずにいます。

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2013年7月26日 (金)

07/26 日々雑感

お疲れ様です。亭主です。

最近はもうとにかく疲労困憊で、朝起きても、会社に行っても、会社から帰ってきてもぐったりと元気がありません。
つい先日は、仙台から自宅まで常磐線に乗って帰る途中、疲労のあまり電車の中で寝てしまう、という夢を見ました。
寝る夢を見たのは初めてです。

疲れているとブログの記事も自然と雑になるようです。次の日見直すと誤字脱字はもちろん内容そのものも支離滅裂で、自己嫌悪に陥ることもしばしばです。

それなりに気力や体力が充実していなければ、駄文すら書くことができない。昨今のブログのサボり具合をみるにつけ、反省しきりの亭主であります。

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もう一つ、ブログ書きでつくづく思うのは、日々どれだけのニュースに目を通し、多方面にアンテナを張っているかという問題です。
仕事にせよ家庭にせよ、あらゆることに追い掛け回されているせいか、自分から情報を積極的に取り込むことができずにいます。よしんば情報を取り込んだとしても、それを自分の頭やココロで咀嚼・吟味する精神的な余裕も時間もなく、いつも思考が上滑りしています。上滑り、などというとちょっとレトリックな、格好つけた感じに読めますが、要するに自分がどんどん「馬鹿」になっている感じがするのです。第一印象や感情に任せた発言は、2ちゃんねるやまとめブログ、あるいははてなブックマークなどで良く見かけますが、同時に会社における幹部の発言―――瞬発力というかアドリブというか、どう考えてもその場で考え付いただろう!と突っ込みを入れたくなるような会議席上での発言―――もこれに似ているように思います。

みずからの経験や、直感が指し示すところを信じた発言が悪いとは言いません。

しかし、それら発言は日々の蓄積があってのものであり、蓄積をやめてしまえば直感の指し示すところもまた見当はずれになってしまうような気がするのです。

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疲れていても、気力や体力が枯渇していても、なんとか新しい情報を積極的に取り込み、集中して深く考える時間を作りたい。

第一線で活躍している・・・と思っていたら、いつのまにか過去の経験や大昔の価値観にとらわれていて、周囲から「老害」などと陰口をたたかれないようにしたい。

動かない頭の中で必死に思考をめぐらしている今日この頃です。

2013年7月24日 (水)

07/24 【聴】 Ensemble / Ren Takada, Speedstar|VICTOR(VICL-64037)

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マルチ弦楽器奏者でPupaのメンバーとしての活動がことに有名。Kama Aina, Moose Hillらとの共作"Hawaii Hawaii", "Rainbow Hawaii", "上海"などでも活躍する高田漣の、メジャー初となるソロ・アルバム。2013年6月リリース。ちなみにソロ作としては本アルバムは8枚目(ただし配信含む)にあたる。全13曲、"Pupa"の楽曲"Glass"を収録。

アルバムのサポートには伊賀航、伊藤大地、小山田圭吾、岸田繁、ゴンドウトモヒコ、斉藤和義、坂本龍一、鈴木茂、高桑圭、高野寛、高橋幸宏、辻村豪文、原田知世、細野晴臣、堀江博久ら豪華なメンバーが並ぶすさまじい作品。メンバーだけ見るとものすごい豪奢なアルバムに感じられるが、実際には非常に素朴。シンプルなギター・サウンドといった趣だ。高田自身による朴訥なヴォーカルといい、爪弾かれるギターの侘び加減といい、非常に良い味を出している。含み笑いでもしそうな歌詞を朴訥に歌い上げる様は、星野源の作風を彷彿とさせるが、高田の詩はどこまでも軽快。一方で星野の詩にはちょっと陰があり、聴いた後でディープな気分になることもある。なお高田の父である高田渡(!!)も詩を提供している。作曲を息子が担当する親子共演もまた本アルバムの聴きどころのひとつといえる。

個人的にイチオシは、M7"野バラ"。サマー・オブ・ラブを連想する懐かしいギター・ロックと高田の飄々とした声が心地よい。歌詞も良い。「いつの間にか/垣根のところに/野ばらの花が咲いた/風がふくと/青い繁みのなかで/なにやらちらちらささやきあっている」。一足速くやってきた夏の熱風を、軽妙な歌詞が軽やかにかわしているかのようだ。

2013年7月21日 (日)

07/21 【聴】 なんだこれくしょん / きゃりーぱみゅぱみゅ, Warner(WPCL-11518)

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ファッションモデルからブレイクし、現在はCMやバラエティに活躍するきゃりーぱみゅぱみゅの最新アルバム。プロデュースは前作「ぱみゅぱみゅレボリューション」と同じく中田ヤスタカ(Capsule)。シングル、CM曲、TVのテーマ曲などほぼ全編タイアップの全12曲。

トラックリストを見ていると、そのタイアップぶりにめまいがしてくる。CM曲は「にんじゃりばんばん」「インベーダーインベーダー」「み」「ファッションモンスター」「のりことのりお」「ふりそでーしょん」「くらくら」「おとなとこども」の8曲、テレビの主題歌は「キミに100パーセント」"Super Scooter Happy"の2曲。オープニングの「なんだこれくしょん」とM8「さいごのアイスクリーム」のみがアルバム初出であり、彼女がいかに売れっ子か、時代(とき)の人かがよくわかる。ちなみに"Super Scooter Happy"はCapsuleのカヴァー。かつてのCapsuleの特徴だったオシャレかつキュートな曲調と、きゃりーの声質が実にマッチしている。Capsuleのコシジマさんも良かったが、きゃりーぱみゅぱみゅの"Super Scooter"も良い。

タイアップ曲ばかりということでどれも個性の強い曲ばかりだが、前作のような強烈なインパクトはない。たとえば「ぱみゅぱみゅレボリューション」に収録されていた"PONPONPON"などは、YOUTUBEで散々再生され、Twitterでも多くの人たちが「あの曲はいったいなんなんだ!?」とつぶやいたのを記憶している。前作が世間に与えた混乱の度合いを考えると、本アルバムはおおむね想定の範囲内に収まっている。いや、曲そのものについてはインド音楽をフィーチャーしたり、ミニマルだったりと前作同様非常に挑戦的なのだが、聴き手のレベルが上がったせいで想定の範囲内に収まっている。こういう「強炭酸」系のアーティストの場合、どんどんとアヴァンギャルドな方向へと突き進む傾向がある。ただしこれはアーティストが原因というよりも、より強い刺激を求める聴き手側の問題。

・・・といろいろと不満を言ってみたが、全体としては非常に質の高いポップ・ミュージック。明るいだけでなく、聴き手にふと考えさせる、ちょっとメロウな部分があるあたりも良い。

2013年7月17日 (水)

07/17 【聴】 Life Anew / Yukihiro Takahashi, Universal|EMI(TOCT-29167)

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Twitterなどでしばしば制作が言及されていた幸宏さんの最新アルバムが、ようやく発売となった。前作からは4年ぶり、23枚目となるフルアルバム。今回は新たな試みとしてジェームズ・イハ、高桑圭、堀江博久、ゴンドウトモヒコの4人からなるバンド、In Phaseが参加。演奏のみならず、作曲・作詞、アレンジなどより深い部分までかかわっている。アルバムのブックレットにもIn Phaseのメンバーがしっかりと載っている。鈴木慶一との競作"The Old Friend Cottage"を含む全12曲。

これまで繊細なソフト・ポップスをメインとしてきた幸宏さんだが、In Phaseが参加した本アルバムでは様々なジャンル・曲調の作品が収録されている。レトロなUKロックから現代的なソフト・ポップスまで、まるでこれまでの幸宏さんの音楽遍歴を見る思い。バックの演奏に工夫をこらしたり、メンバーとのコーラスでヴォーカルに厚みを持たせたりとアレンジも多様。これまでの作品の延長上にあって、新しい展開を感じさせるアルバムとなっている。

ところで、アルバムを聴いていて思ったのだが、曲の端々にかつての幸宏さんの曲で使われていたメロディ、コード進行あるいはモチーフが使われているように感じられた。具体的にどこ―――ということはできないのだが、ふと気がつくと遠い昔の記憶・幸宏さんの曲が思い出されて懐かしい気分になる。本歌取りか、アーティストのいたずらか、それとも亭主の空耳か。アルバムも23枚目ともなると曲調が収斂される可能性も否定できないが、それもまた古くからのファンにとっては楽しみの一つだろう。慶一さんとの共作"The Old Friends Cottage"は旧友との久しぶりの出会いを描いた牧歌的なポップス―――のはずだが、どことなく死や、別離のイメージが付きまとうのはなぜだろうか。湖畔のコテージで再開を約束した旧友二人。だが二人が再開したという話はとうとう出てこない。行き違い、あるいは待ちぼうけをくらいつつも、再開を期待して待つ人の悲しみがひしと伝わってくる。

07/17 【読】 「インディアスの破壊についての簡潔な報告(ラス・カサス、岩波文庫)」

「インディアスの破壊についての簡潔な報告(ラス・カサス、岩波文庫)」

クリストファー・コロンブスのアメリカ大陸発見により幕開けした大航海時代。欧州列強による新大陸の探検・植民地支配が進む中、カリブ海沿岸ではスペイン人らによる略奪と大量虐殺が横行していた。本書は、キリスト教ドメニコ修道会に所属する宣教師のラス・カサスが、中南米におけるスペイン人の悪行の数々をスペイン国王に告発したもの。1542年刊。

後世の歴史の教科書には「スペイン人によるペルー侵略」などとさらりと書かれている事案、しかしその実態は「侵略」などという生易しいものではなく、むしろ大量虐殺に近い大事件だったことが本書より伺える。黄金を求め、カリブの海や中南米内陸へと果敢にも分け入った航海者たちの冒険・・・と記せば聞こえはよいが、私財を肥やすべく略奪を繰り返していたというのが真相のようだ。スペイン人を「神の使い」と歓待する現地の人々(インディオ)から財物と食料を略奪し、人々を奴隷化あるいは享楽にまかせて殺害した悪党どもの行状をラス・カサスは凄まじい筆致で告発する。争いを知らないばかりか、全く非のない無抵抗の人々の腕を切り落とし、鼻や耳をそぎ、妊婦の腹をえぐり出し、体を八つ裂きにするスペイン人たち。無抵抗の人々を家に押し込み火をかける。女性を強姦・殺害する。親の目の前で子供を石に投げ付ける。獰猛な犬をけしかける。奴隷の腕や足を切断し、別の奴隷の食料にする。キリスト教の布教と、スペイン国王の名代を騙った彼らの悪行の数々を、言葉を尽くして暴露している。本書によれば、インカを侵略した歴史的に有名なフランシスコ・ピサロはとんでもない大悪党であり、キリスト教の威光とスペイン国王の名を著しくけがす犯罪者だったのだそうだ。その他多くの悪党どもが名を連ねているが、いずれも表向きはスペインの国を背負って旅立った航海者である(しかもスペイン国王の名代として財物を略奪するが、実際にはそのほとんどが彼ら自身の懐に入り、スペインにはほとんど納められていない)。彼らが殺害したインディオは、本書記載によれば1200万人に及び、虐殺の範囲はメキシコ、キューバ、ベネズエラ、そしてペルーにまで及んだという。

亭主自身は本書に関する詳しい内容を知らず、なんとなく軽い気持ちで購入していた。本書冒頭に中南米の地図があり、そこに亭主がかつて訪れたベネズエラの記載もあったことから、いわゆる「地誌」として読んでみようと思ったのだ。ところがいざ読んでみると、地理的な記載はきわめて限定的(現地に王国があり、広さはどれくらいで、王は誰で、何千人が暮らしていた程度)で、大部分がスペイン人たちの残虐行為に関する記載だった。旅情などとんでもない、文章から滲み出す地獄絵図のような光景に、亭主自身読むのがつらかった。

一点、注意しなければならないのは、本書に記載されている内容が果たして真実だったのか、という点だ。たとえば本書に記載されている1200万人の犠牲者が実際どれほどだったかについては、はっきりした数字が出されていない。ラス・カサス自身宣教師として現地に派遣されていたというが、広大な地域で行われたという略奪と殺戮のすべてを目にしたというわけではない。先ほど述べたピサロを始め、多くの悪党どもが実在したことは脚注・解説の説明から確からしいが、著者がスペイン国王に告発する際、相当の部分を脚色した可能性は否定できない。いや、逆に実際はさらに酷かった可能性もある。検証ままならない現代において本件を語る場合には、より冷静な視点が求められる。

ところで今回の略奪・虐殺に関してスペインがカリブ海諸国や中南米の国々にたいして公式な謝罪や、賠償をおこなったという事実は、どうやらない模様。ラス・カサスが記した本書は、他国人がスペインを攻撃する際にかならず引用したといういわくつきの本だったようで、スペインでは本書を否定的に扱っているようだ。もっともスペインに限らず、世界各国を植民地化した欧州列強、イギリスやフランス、ポルトガルなども、いまだに植民地としていた国々に対して正式な謝罪や賠償を行っていない。一方植民地化された側も(スペイン人の侵略含め)文明・文化の流入を少なからず歓迎していたことがあるらしい。なかなか難しいというか、一筋縄ではうまく説明できない事案のようだ。

ちなみに、Wikipediaには「スペインによるアメリカ大陸の植民地化」というタイトルで記事が起こされている。同記事からは著者であるラス・カサスへのリンクが貼られており、(スペインの裏切り者)(中南米解放運動の先駆者)など死後も賛否が分かれている。植民地に関しては引き続き議論がなされ、風化されないことを期待したい。一方で多くの批判にも屈することのなかったラス・カサスの人道主義に、こころからの敬意を払いたい。(2013.07.17)

2013年7月16日 (火)

07/16 【聴】 Masterpiece / Carl Craig, Ministry of Sound(MOSCD303)

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デトロイト・テクノ第2世代、Innerzone Orchestra, 69などのプロジェクトでも知られるCarl Craigの最新アルバム。1995年の"Landcruising"以降、国内外で絶大な支持を受ける彼の最新作はなんと3枚組。最新の曲/最先端のアーティストの曲を貪欲にMIXしたDisc 1"Aspiration", 彼が影響を受けたという往年の名曲をMIXしたDisc 2"Inspiration"そして彼自身の最新トラックを収録したDisc 3"Meditation"。

話題性の面から言えば、まずは最新トラック集であるDisc 3"Meditation"からレビューせねばなるまい。これまでCarl Craigといえば、ジャズやディープ・ハウス、ファンクなど多彩な音楽ジャンルを手がける一方で、ストイックなテクノ・トラックを合わせてリリースしていたのだが、本作に限っては非常にディープなミニマル・テクノを聞かせてくれる。近年流行のダブ・ステップに通じるものもあるが、亭主的には松前公高の"Kileak, the Blood O.S.T."や細野晴臣の"N.D.E."に近しいものを感じた。なんといえばいいのだろう、予断を許さないほどに暗いサウンドだが、必ずしも絶望や悲しみに包まれているわけではない。むしろ闇の底で息を潜め、じっとこちらを伺っているような、すきあらば喉笛にでも喰らいつくような凄みが感じられる。

Disc 2"Inspiration"は、彼自身が影響を受けたフェイバリッド・トラックを集めたという楽しいアルバム。In the Jungle, Cloud Nineといった1960〜70年代前半のMotownアーティストに始まり、David Lynch、Erykah Baduといった超有名どころ、さらにはMoritz von Oswald、Derrick May、Kevin Saundersonにいたるまで、古今東西のアーティストが網羅されている。Derrick Mayの"Icon"はいわずと知れたテクノ・クラシックス。

最後にDisc 1"Aspiration"はテンション高め、味濃い目の最新ミックス。"Meditation"ばりのミニマル・テクノと、Carl Craigならではのトライバルなファンクの組み合わせが聴く人をアグレッシヴにしてくれる。ディスク1枚だけでも充分に作品として成立するのに、それを3枚とは・・・。分量、質ともに大満足、Carl Craigの魅力が充分に堪能できるアルバム。

2013年7月13日 (土)

07/13 犬と暮らす生活

実家で最初に飼った犬は、雑種の「コロ」で、小学校1年のときに家に迎えたのを覚えている。

お座りやお手の教え方をだれも知らなかったため、最後まで芸と呼べるものはできなかった。茶色い、日本犬の雑種だったのだが耳の先が折れていて、尻尾はだらりとしていて、利発そうには到底見えなかった。近所の犬の子供を産んで、この仔がたいそう可愛かったのを思い出す。「マル」と名前をつけて、瀬戸の親戚に貰われていったが、親戚の家の前で車に轢かれてしまったそうだ。コロ自身はフィラリアで死んだ。食欲がなく、ハアハアと苦しそうにしていたので、母親に言われてコロの口元に豚肉を差し出したら、一口、ふたくち食べて程なく死んだ。9歳だった。

次に飼った犬は、薄い茶色の柴犬だった。高校から帰ってきて玄関をあけたら、タタキの段ボール箱の中に寝転がって、こっちを見ていたのを思い出す。隣町の名犬「早太郎」にあやかって「ハヤ」と名づけた。利口な犬で、お座りにお手、待て、なんでも理解した。とても可愛かったのだが、ある日首輪をつけないまま家の前の道(ほとんど車どおりなど無い)に居たら、どこかの車に撥ねられた。即死だった。

家族全員、「ハヤ」を失った悲しみがおさまらず、「ハヤ」の兄弟が居るというので「知人が欲しいといってる」とウソをついてもらってきた。黒と茶色の入り混じった、あまり見た目のよくない柴犬だった。やはり「ハヤ」と名づけた。ときどき「ハヤ(初代)」は元気ですかと、ハヤたちの親の飼い主に問われたときは、「ハヤ(2代目)」は元気ですよと答えていたらしい。

先代のハヤがとても利口だったのに対し、2代目ハヤはそこそこ利口だった。お手、お座り、ひととおりのことができた。ただ2代目ハヤの特徴はその運動能力にあった。快活で、いくら動いても元気いっぱいだった。普段は鎖につながれて外に居たのだが、父と私が茸をとりに山に行く際には常に番犬として連れて行った。もちろん、山では鎖など付けない。広大な山の中を自在に駆け回って自由を満喫していた。

そうそう、あるとき、実家で首輪をうっかりはずしてしまったことがあった。思いがけない自由に喜んだハヤは、畑やら薮やらをものすごいスピードで駆け回り(どこを駆け回っているかは薮がガサゴソ、畑を土煙上げて走る様子からわかる)、しかも絶対に捕まえられることがなかった。あきらめた家族がそのまま放置していたら、3日目の夜に自分の犬小屋に戻って寝ていた。そっと首輪を付けて、捕まえた。

コロと同じく、2代目ハヤもフィラリアで死んだ。

4匹目も名前はハヤだった。初代同様薄い茶色の柴犬だが、耳の毛がなぜかふわふわで、茶色をしていた。進学した亭主が、実家を離れている際にやっていきた犬だったが、亭主と一番仲がよかった。たぶん実家に帰った亭主、ハヤとばかり遊んでいたからだろう。外に出ればハヤのところにすっ飛んでいき、散歩をしたりボールを投げたりとハヤをかまってばかりいた。亭主が家に入ろうとすると、入ってはダメだと、亭主の足に抱きついてきた。

2代目がフィラリアで死んだのを家族全員猛省し、3代目はしっかりと薬を与え、調子が悪くなったときはすぐに動物病院に連れて行った。2代目同様、車に乗せて山を駆け回らせたりもしたので足腰も丈夫だった。

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ハヤは随分長く生きたが、下半身が不随となってからは急速に老いた。足が動かないため、手だけで下半身をひきずりながら、足をすりむいて血だらけになりながら散歩に行っていた。亭主も実家に帰ったときは、ハヤの介護をよくしたものだ。雪の中、ハヤの足をもって散歩の介助をしたのを思い出す。雪の上に用を足し、そのまま家の中に戻ってくる。少しの時間のお出かけだったけれども、ハヤの顔はとてもうれしそうで、私に向かって満面の笑みを浮かべてくれた。

2005年1月20日、ハヤは死んだ。

3代目ハヤが死んだあと、父母はもう高齢だからと犬を飼わずにいたのだが、2010年2月27日、実家に5匹目の犬がやってきた。「さくら」と名づけ、現在も元気に暮らしている。いつも機嫌の良い犬で、誰にも愛想が良く、穏やかに人を見守っている。実家の犬は代々外に飼っているのだが、さくらだけは朝晩父母と食事を一緒にとり、キッチンの脇のタタキ(家の中)に犬小屋があってそこで寝ているそうだ。

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実家を出て、一人暮らしを始めて、結婚して―――。亭主自身はこれまで犬を飼おうと思ったことがなかった。犬が嫌いというよりも、犬の誠実さ、忠実さがむしろ不憫に思えたからだ。いつも外で孤独に耐え、ときどきやってくる家族と過ごすことを何よりの楽しみにするという犬の生活が、かわいそうでならなかった。もし自分が犬だったら、首輪をつけられ、一日のほとんどを一人で過ごすことができるだろうか。大丈夫、犬は人間とは違う生き物、人間と違って今を生きる生き物だから、そんなことは気にしていない―――。本当にそうだろうか。

2011年7月1日のこと、亭主と妻は、一匹の犬(ミニチュア・シュナウザー)を家族に迎えた。散歩に出かける以外は首輪を付けず、家の中を自由に遊んだり、家族とご飯を食べたり、家族と一緒にお昼寝をしていたりする。シュナウザーという種がそうだからか、たいそう頭が良い。朝は亭主を玄関から送り出し、夕方は、亭主から妻への帰るメールに反応し、時間になると窓を覗いて亭主の帰りを待っている。今を生きる生き物?とんでもない、毎日彼は過去の経験をもとに、着実に成長している。写真ではなぜか人間のシャツを着ている。しかもなぜかよく似合っている。というかシャツ返せ。

20130629puppy

過去の犬たちへの反省、負い目もあるのかもしれないけれど、今はこの小さな家族とべったり暮らしています。亭主も妻も、彼との生活が楽しくて仕方ありません。

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2013年7月12日 (金)

07/12 【聴】 Namco Music Saloon / Go Vacation , SuperSweep(SRIN-1106)

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Wii専用パーティ・ゲーム、"Go Vacation"のサウンドトラック。往年のNamcoゲームのBGMをロックやポップス、ハワイアンなどに大胆にアレンジすることで、どこか懐かしいリゾート・ミュージックに仕上げている。コニー・フランシスの名曲"Vacation"と、リミックス曲1曲を加えた全21曲。

収録曲の原曲として、ニューラリーX、もじぴったん、ディグダグ、パックマン、ギャラガ、マッピー、リッジレーサー、トイポップなど懐かしいタイトルが並ぶ。どこかで聴いたBGMをどこかで聴いた曲調でアレンジすることで、往年の名曲、エヴァー・グリーン的な雰囲気が醸し出されるあたりが面白い。いや実際アレンジ的には往年の名曲のまんまパクリ―――というものも少なくないのだが、かつてNamcoは"This is Namco!"というアルバムでも大胆な本歌取りを試みていて、亭主のような古いゲーム・ミュージックファンにはおなじみの手法に感じられる。ゲーム音楽がこれほどまでに身近に感じられるメーカもないのではなかろうか。ちなみに本アルバムに収録された曲は、ゲーム内では、ゲーム内の街頭スピーカからなんとなく流れている曲だそう。本気で聴くにはこのアルバムで聴くしかないとのことだ。

例年より相当早く夏が始まったならば、リゾートの準備もまた早めに進めたい。ゲーム"Go Vacation"でリゾート気分を味わうのもよいが、せっかくならばこのアルバムを片手に外へと出たいものだ。

2013年7月10日 (水)

07/10 【聴】 Borderland / Juan Atkins & Moritz von Oswald, Tresor(Tresor.262CD)

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デトロイト・テクノのオリジネイターJuan Atokinsと、Thomas Fehlmannとのユニット"3MB"、Mark Ernestusとのユニット"Basic Channel"などなどミニマル・テクノの代表アーティストとして活躍するMoritz von Oswaldの最新作。名門テクノ・レーベル・Tresorからのリリース。全8曲。

シンプルで抑制されたダブ・トラックに、ジャジーなリフを重ねた玄人好みのミニマル・テクノ。必ずしも曲全体が均質というわけではなく、時にたゆたうように、時にテンポ良く進んでいくあたりが面白い。総合的に見れば非常に地味な、印象に乏しいアルバムなのだけれど、細部を見るとブラック・ミュージック的なノリも感じられる。ドイツ出身で几帳面なテクノを得意とするOswaldと、エレクトロやブラック・ミュージックに造詣の深いJuanの個性が見事に重なったアルバムといえる。地味なので聴いても聴いてもお腹がいっぱいにならない。精神的なダイエット(=メンタル面での休息)が必要な人間にはうってつけの作品かもしれない。

2013年7月 9日 (火)

07/09 【聴】 Audinst HUD-mx2 (追記)

AudinstのDAC、HUD-mx2について、数あるDACからなぜこれを選んだのかを補足しますと

(1) ボリュームコントローラがある

 真空管アンプのボリュームが安定しないこと、もともと真空管アンプのボリュームの使い方として音量最大の位置で固定し、プリアンプで音量を調整していたことから、プリアンプとしての機能、特にボリュームコントローラは最優先で必要でした。

(2) RCA(アナログ)出力がある

 プリアンプとしての機能という意味ではこちらも必須。真空管アンプと接続するためのアナログ出力があることが購入の条件でした。

(3) 入力がUSB, Opticalの2系統あること

 USBはPCとの直結に必要。Opticalは将来的にDDCと組み合わせる(たとえばhiface Evo)ことを考えています。

(4) 対応サンプリングレートが幅広いこと

 カタログによれば、対応するサンプリングレートが16/24bit, 44.1/48.0/88.2/96.0/176.4/192.0kHzと幅広く、拡張性、他の機器との相性の点で自由度がありました。

 特に(1)〜(3)について、機能を満足し店頭即渡しだったDACが、HUD-mx2と、FostexのHP-A3でした。店員さんによればどちらも良いDACには違いないものの、Fostexのほうはヘッドフォンアンプに特化したつくりをしており、プリアンプとしての用途ならばAudinstをオススメするとのことでした。値段も手ごろですし、デザインも気に入りました。

 最初は候補としてAudiotrakのDr.DACシリーズも考えていたのですが、デザインがいまひとつ気に入らず(なんかアニメなんかにありそうなカラーリングですよね)、DACを買いにいこうと思いつつなかなか手が出ませんでした。

 音質は大事。でも、大人が使うのですからデザインも同じくらい大事なのでした。

(5) デザインが良いこと

2013年7月 7日 (日)

07/06 【聴】 Audinst HUD-mx2

妻と東京に行った際、途中秋葉原のヨドバシカメラに寄りAudinstのコンパクトプリ/ヘッドアンプ"HUD-mx2"を購入しました。

入力はUSB/Opticalの2系統、出力はOptical、RCA、ヘッドフォンそしてイヤフォンの4系統。ヘッドフォンアンプの用途のほかにDDC, DACとしての機能も備えています。DACはTexas Instruments社のPCM1796を使用。亭主はDACとしてAuratone QC-66を鳴らしています。

再生環境は、こんな感じ。

Apple iTunes -(USB)-> Audinst HUD-mx2 -(RCA)-> 茨城オーディオ 12v6 p.p.真空管アンプ -> Auratone QC-66

せっかくFoobar2000を使っているのだからiTunesで再生すんなよ、というご意見もあるかと思いますが、なぜかFoobar側の設定でHUD-mx2を選んでも音楽が再生されず、「おれのWASAPIが食えねえってのかよ!」とわかったようなわからないようなツッコミもなんら状況の好転につながらず原因はわからず、とりあえずiTunesからの再生に甘んじています。ついでにエアコン稼動時に真空管アンプに火を入れますと、なぜかQC-66から盛大にノイズが出てきて使えません。もちろん問題はmx2ではなく、真空管アンプです。

期待する音質に関しては、まだまだ充分に評価しておらずなんともいえないのですが、ファーストインプレッションとして気になる部分は特になく、真空管アンプとの相性もよいようです。シンバルの荒々しさがなくデジタル臭さが感じられない点は高評価。ただ・・・DDCとして使う場合、M2Tech Hiface Evoと比べると若干低域の押し出しが弱いようにも感じられます。この辺はさらに聞き込みが必要ですね。

それにしても昨今のヘッドフォンアンプ/PCオーディオ用のDACの質の良さには驚かされます。以前BehringerのSRC-2496を使っていた際にはそのあまりの音の荒れ具合、雑駁な音に呆れたものですが、Hiface EvoしかりHUD-mx2しかり、非常に上質な音で聴いていて疲れることがありません。逆に、Audio AlchemyのDigital Decoding Engine v2.0のような雰囲気の良さ、個性については控えめで、どれもクリアなサウンドに仕上がっているあたりは不満といえば不満になるでしょうか。

とにもかくにも、もう少し聞き込んでレポートしてみる予定です。

2013年7月 5日 (金)

07/05 【追記・改定】週刊文春

週刊文春「安藤美姫選手の出産を支持しますか?」 アンケート実施で炎上→中止に(ITmedia-ねとらぼ)

リンク先、批判多数。代表的なものを。

あなたはあなたの母があなたを出産したことを支持しますか?(404 Blog Not Found - 小飼 弾)

緊急アンケート!安藤美姫選手の出産を支持しますか? | お知らせ - 週刊文春WEB(はてなブックマーク)

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亭主自身、週刊文春のこの記事に対し本当に怒っています。文春が元ページを消して再アップロードした「安藤美姫選手出産アンケートについて」には、

?女性の出産という大変デリケートな問題にもかかわらず、設問を「出産を支持しますか?」「子育てしながら五輪を目指すことに賛成ですか?」として しまったために、出産そのものを否定したり、働きながら子育てをすることを批判しているような印象をあたえてしまいました。その点については、編集長の私の責任です。このアンケートに関して不快な思いを抱かれたすべての方にお詫び申し上げます。
などと書かれていますが、元ページのアンケートの文面をあらためて書き起こしてみますと

フィギュアスケートの安藤美姫選手が7月1日の「報道ステーション」で4月に女児を出 産していたことを公表しました。また、競技に復帰し、来年のソチ五輪を目指すことをあらためて語っています
この突然の告白に対し、出産を祝福する声が上がると同時に、まだ結婚しておらず、父親が誰かも明かさないことへの疑問や、子育ても競技も中途半端になるのではないかなどの批判もあります。そこで、下記アンケートへのご協力をお願いいたします。

1)あなたは安藤美姫選手の出産を支持しますか?
2)子育てをしながら五輪を目指すことに賛成ですか?
と「批判しているような印象」などといった微妙なニュアンスなど一切感じることのできない、きわめてストレートな文章となっていることがわかります。女性の権利、子供の権利すらも無視した悪意に満ちた文章に吐き気すら覚えます。

--

赤ちゃんの存在、安藤さんのこれからに対してなぜ文春がこのような形でクレームをつけなければならないのかはもちろんですが、記者がこのような内容の記事を思いつき、記事としてしたため、あまつさえ編集長が掲載を承認したという行為は批難されてしかるべきです。

通常は、どこかがストップをかけるものです。

記者がこういう意識を持っていること事態がすでに文春というメディアの品性と、信頼を大きく損ねていることにほかなりませんが、それでもこころある人間ならば、こんなくだらない、好奇心と悪意に満ちた記事を外にだそうなどとは思わないはずです。

しかし、記事は結果として掲載されてしまいました。

--

記事にはほかにも多くの言及すべき点、批難すべき点があります。

アンケートの結果をどう利用しようとしているのか、その意図が全く見えません。アンケートに回答するにはメルマガの会員になる必要があり、顧客囲い込みの手段として使用しています。あえて会員登録し、メルマガを申し込む人間の意見を集約したところでなんの意味があるのでしょう。広く社会に意見を求めるならばアンケートなどはメルマガなどに登録せずとも回答可能とすべきです。いうまでもなく、今回はアンケートの内容自体に問題があります。

「子育ても競技も中途半端になるのではないかなどの批判もあります」とあたかも他者の批判に便乗し、メディアとして中立の立場にいるように振舞っている点はどうでしょうか。亭主には、他者の批判に便乗し、週刊文春もまた批判側に回っているという印象を受けました。実際にはアンケートの設問にあるように批判に満ち満ちています。批判するならば、文春として、しっかりと自分の言葉で批判すればよろしい。まるで他者に責任をなすりつけるかのように、他者の裏から卑怯にも持論を差し出そうとする態度に大きな憤りを感じます。もちろん文春の批判は、赤ちゃんが生まれたこと、安藤さんの生き方そのものを批判するもので到底うけいれられるようなものではありません。

そもそも週刊文春は、ワタミと渡辺美樹会長に対して批判的な報道を繰り返すメディアであり、その点において社会正義を標榜するメディアとして機能していると、亭主自身は理解しています。その文春がこのようなアンケートを実施するというのは、このアンケートが社会正義にのっとって実施されている、社会正義の観点から必要であると主張するからなのでしょうか?そもそもこれによって社会の、何が、どう良くなるのでしょうか。

さっさとお詫びの記事を出して、元の記事を引っ込めてしまうことにも問題があります。編集長ならば、このアンケートを、週刊文春のメディアとしての機能を、アンケートの意義を、そして自身の信念に基づくアンケートの正当性を勘案してページに掲載したはずです。ならばなぜ、堂々とアンケートを続けないのか。周囲の批判に対して「週刊文春は正しいことをやっているのだ」と自らの主張を通す、説明する努力をしないのか。もちろんこんなことが正当であるはずがありません。しかし編集長はそれをメディアとして正当だと判断したのですから、その理由をしっかりと責任をもって説明すべきです。私には編集長の考えていることがまったくわからない。わからないから、知りたい。

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世の中には、社会正義を標榜しつつ、個人のプライバシーに立ち入ったり、人権を侵害することに躊躇しないメディアというのも少なからず存在します。週刊文春は、自身がそういったメディアの一つであることを、今回の記事で示したように思います。

人間の権利を侵害するような記事を、記者から編集長までが一体となって推進していくようなメディア。

周囲から批難を受けたら態度を豹変する、理念も、信念も、責任すらも感じさせないメディア。

「このアンケートに関して不快な思いを抱かれたすべての方にお詫び申し上げます」などと真に傷つけた相手に向き合わず、その場の雰囲気、うわっつらだけを何とかすることだけに執心するメディア。

それが週刊文春であると、今回の一連の記事は言っているのです。

亭主自身、これから週刊文春への見方を改めていこうと考えています。

おそらく、あのアンケートは、記事を執筆した記者と、編集長が、思いつきで執筆した記事なのでしょう。

しかし、それを思いついてしまう、記事にしようと思ってしまう、それはそこに、記者と編集長の本心が現れているからにほかなりません。

記者も、編集長はなんの疑問も抱かなかった。周囲の人間もそんな彼らを諌めることなく、世論が怒り始めるまでなんら行動を起こさなかった。今回の騒動の最大の問題は、週刊文春というメディア、組織としてのありかたにあると思います。

--

それから、Facebookの安藤さんのページに、安藤さんと赤ちゃんに対する侵害のコメントをつけたすべてのFacebook住民のみなさん。

あなたがたが生まれてきたこと、あなたがあなたの意思で行動することを、だれかから支持/不支持/賛成/反対されても、あなたはよいと思っているのですね?

2013年7月 4日 (木)

07/04 蒸し暑い夜に

夕食後、湿気多く不快指数高いなか妻とぼんやりしていたらいきなり質問。

「ご飯食べたばかりだけど、今なにが食べたい?」

と訊かれて、うーんそうさなぁ、プリンなんか食べたいなぁと思っていたら妻が

「私コーヒーゼリーが食べたい」

・・・ぎくっ。ちょっと似てる。いやかなり似てる。

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コーヒーゼリーもいいけど、プリンが食べたい。
いわゆる洋菓子店が作るお洒落なプリンではなく、シンプルなプリン。コンビニや、スーパーなどで売っているので充分。生クリームやフルーツでごてごてと飾り付けたものも良いけれど、今の気分はプリン・ア・ラ・モードくらいの飾りつけでも少ししつこいかなと感じる。ショートケーキやシュークリームはなぜか食べたいと思わない。フルーツパフェも気が乗らない。胃袋は生クリームやアイスクリームではなく、カスタードのプリンを望んでいるらしい。フルーツはキウイが乗ってるくらいでちょうどいい。リンゴやさくらんぼやメロンが乗っていてもいいが、キウイがあればそれでもう満足なのだ。

なぜプリンかと考えて、うーんとうなって、ではコーヒーゼリーではダメかと角度を変えて考えてみる。コーヒーゼリーもいいが、コーヒーゼリーはあっさりしすぎていて、今の心境にそぐわない。卵なり、クリームの成分が少し入ってコクが感じられるのがいい。これがフルーツパフェだと生クリームやアイスクリームが前に出すぎて、おなかに重そうだ。食後のデザートに、甘さとコクと、つるんとした食感が楽しみたい。コーヒーゼリーにコーヒー用のミルクをかけたら少しは甘さとコクが出るかもしれない。それでもやはりプリンがいい。コーヒーゼリーとプリンは似ていると先ほど思ったが、よく考えてみるとやはりぜんぜん違う。

コンビニや、スーパーで売っているプリンは、かならず底にシロップが敷いてあって、お皿などに逆さに置くとシロップが上に、プリンが下になる。それはそれで楽しいことなのだけれど、容器から出さずに、プリンを上から、シロップの無い側から食べて言って、途中や終盤近くにシロップと混ぜて食べるがの好みだ。亭主自身はカラメルが格段好きというわけでもないので、シロップが無くても全然かまわない。プリン自体の分量が多いならばシロップで味を少し変えてみるのだろうが、そもそもコンビニのプリンで分量が多いなどということがこれまであっただろうか?

--

幸い家にはプリンの買い置きがなく、買い物に行くだけの気力も時間もなかった亭主と妻、悶々としつつも寝ることにしました。

ああ、プリン。プリンが食べたい。

もしかしたらこの不快指数の高さ、湿度の高さが人を迷わせるのかもしれません。



2013年7月 2日 (火)

07/02 日々雑感

毎度お疲れ様です。亭主です。

近頃はデジタルカメラが壊れたりテレビが壊れたり歯が壊れたり、大阪に出張したり戸塚に出張したり東京に出張したり北九州に出張したりとあわただしい日々を送っておりますが、ここ5年ほどはあまり取り乱さないよう心がけているせいか、精神的には平穏を保っております。

テレビが壊れた件、居間のプラズマテレビが間欠的にON/OFFを繰り返しまして、妻と一緒にON/OFFの時間をそれぞれ計った結果ONの時間が17秒、OFFの時間が7秒であることまではわかったものの特にどうすることもできず、結局メーカのサービスセンタに修理を依頼しています。ハードディスク周りの電源が故障していたということで、修理料金は3万円。

歯が壊れた件、小学生の頃から調子の悪かった右前歯がぐらぐら動き始めたため、これはもう抜くしかないと覚悟して歯医者に行ったところ、確かにぐらぐらするが途中で折れているだけで土台はしっかりしているとのこと。もう一度土台を作り直して歯を入れてもらうことになりました。こちらは治療費不明。

世間的には結構ムラムラくるニュースが少なくなくて、そのたびにいろいろと考えるのですが、そもそも昨今のニュースは見えたと思うとあっという間に通り過ぎ、遥か過去の話になっている場合が圧倒的に多いです(鳩山氏の中国での失言問題とか、はてな匿名ダイアリーの「自称モンキー・D・ルフィのブラック社長たち」と称するエントリとか)。記事を書かないならばさっくりとスルーすればよいのに、旬の過ぎたエントリに対してだらだらと思いをめぐらしては時間を無駄にしています。

最近のニュースというのは流れた直後に皆で(はてなブックマークやTwitterを使って)突っ込みを入れ、その後は放置というパターンが圧倒的に多いため、旬が短いのが特徴なんですね。日々のニュースに対して自分なりの考えを伝えていければよいブログネタになろうと思ってはいるのですが、時間が無い中では自身の考えもまとまらず。足の速いニュースたちのなかでただボーゼンと日々を送る今日この頃であります。

ボーゼンもまた平穏といえば平穏なんですよねぇ。

07/02 【聴】 More Tales from the Orbservatory / The Orb featuring Lee Scratch Perry, Cooking Vinyl|Beat(BRC-381)

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ダブ/レゲエ界ではもはや伝説とまで言われているLee 'Scratch' Perryが、アンビエント・テクノのオリジネーターであるThe Orbとタッグを組んだアルバム。前作"The Orbserver in the Star House"から約9ヶ月という短いブランクをはさんでのアルバムは、前作の続編との位置づけだそう。全13曲。

以前の作品がジャマイカのテイストをたっぷりと含んだアンビエント・テクノだったのに対し、本作は徹底的にダブをフィーチャーした作品に仕上がっている。前作も玄人好みのする内容だったが、本作はさらにマニア度が増す。這うような低域と、極控えめなレゲエのリズムの組み合わせ。中域の抜け落ちたストイックなサウンドは、まるでミックスダウンに失敗したかのよう。もちろん失敗などしておらず、むしろダブという面では究極のミニマリズムを保っているともいえる。

かつては亭主、ダブの面白さがいまひとつわからず、友人のW氏が好んで聞いているのを何の感慨もなく聴いていた(もう20年近い前の話だ)。ストイックなサウンドとは思っていたが、そのストイックさがどこに向かっているのかがわからず、漫然と聴き流していたのを思い出す。いうまでもなくダブの魅力は音と音の「間」が持つファンクネスにあり、そこを感じられるか否かが面白さの分かれ道だった。

ちなみに本作、前作からのアウトテイクという意味合いがあるのか6曲のオリジナルバージョンに加えて6曲のインストバージョンが収録されている(国内盤にはさらにMad ProfessorとRicardo Villalobosのリミックスを収録)。インストバージョンは、さらにストイックさを増している。

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