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2013年7月13日 (土)

07/13 犬と暮らす生活

実家で最初に飼った犬は、雑種の「コロ」で、小学校1年のときに家に迎えたのを覚えている。

お座りやお手の教え方をだれも知らなかったため、最後まで芸と呼べるものはできなかった。茶色い、日本犬の雑種だったのだが耳の先が折れていて、尻尾はだらりとしていて、利発そうには到底見えなかった。近所の犬の子供を産んで、この仔がたいそう可愛かったのを思い出す。「マル」と名前をつけて、瀬戸の親戚に貰われていったが、親戚の家の前で車に轢かれてしまったそうだ。コロ自身はフィラリアで死んだ。食欲がなく、ハアハアと苦しそうにしていたので、母親に言われてコロの口元に豚肉を差し出したら、一口、ふたくち食べて程なく死んだ。9歳だった。

次に飼った犬は、薄い茶色の柴犬だった。高校から帰ってきて玄関をあけたら、タタキの段ボール箱の中に寝転がって、こっちを見ていたのを思い出す。隣町の名犬「早太郎」にあやかって「ハヤ」と名づけた。利口な犬で、お座りにお手、待て、なんでも理解した。とても可愛かったのだが、ある日首輪をつけないまま家の前の道(ほとんど車どおりなど無い)に居たら、どこかの車に撥ねられた。即死だった。

家族全員、「ハヤ」を失った悲しみがおさまらず、「ハヤ」の兄弟が居るというので「知人が欲しいといってる」とウソをついてもらってきた。黒と茶色の入り混じった、あまり見た目のよくない柴犬だった。やはり「ハヤ」と名づけた。ときどき「ハヤ(初代)」は元気ですかと、ハヤたちの親の飼い主に問われたときは、「ハヤ(2代目)」は元気ですよと答えていたらしい。

先代のハヤがとても利口だったのに対し、2代目ハヤはそこそこ利口だった。お手、お座り、ひととおりのことができた。ただ2代目ハヤの特徴はその運動能力にあった。快活で、いくら動いても元気いっぱいだった。普段は鎖につながれて外に居たのだが、父と私が茸をとりに山に行く際には常に番犬として連れて行った。もちろん、山では鎖など付けない。広大な山の中を自在に駆け回って自由を満喫していた。

そうそう、あるとき、実家で首輪をうっかりはずしてしまったことがあった。思いがけない自由に喜んだハヤは、畑やら薮やらをものすごいスピードで駆け回り(どこを駆け回っているかは薮がガサゴソ、畑を土煙上げて走る様子からわかる)、しかも絶対に捕まえられることがなかった。あきらめた家族がそのまま放置していたら、3日目の夜に自分の犬小屋に戻って寝ていた。そっと首輪を付けて、捕まえた。

コロと同じく、2代目ハヤもフィラリアで死んだ。

4匹目も名前はハヤだった。初代同様薄い茶色の柴犬だが、耳の毛がなぜかふわふわで、茶色をしていた。進学した亭主が、実家を離れている際にやっていきた犬だったが、亭主と一番仲がよかった。たぶん実家に帰った亭主、ハヤとばかり遊んでいたからだろう。外に出ればハヤのところにすっ飛んでいき、散歩をしたりボールを投げたりとハヤをかまってばかりいた。亭主が家に入ろうとすると、入ってはダメだと、亭主の足に抱きついてきた。

2代目がフィラリアで死んだのを家族全員猛省し、3代目はしっかりと薬を与え、調子が悪くなったときはすぐに動物病院に連れて行った。2代目同様、車に乗せて山を駆け回らせたりもしたので足腰も丈夫だった。

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ハヤは随分長く生きたが、下半身が不随となってからは急速に老いた。足が動かないため、手だけで下半身をひきずりながら、足をすりむいて血だらけになりながら散歩に行っていた。亭主も実家に帰ったときは、ハヤの介護をよくしたものだ。雪の中、ハヤの足をもって散歩の介助をしたのを思い出す。雪の上に用を足し、そのまま家の中に戻ってくる。少しの時間のお出かけだったけれども、ハヤの顔はとてもうれしそうで、私に向かって満面の笑みを浮かべてくれた。

2005年1月20日、ハヤは死んだ。

3代目ハヤが死んだあと、父母はもう高齢だからと犬を飼わずにいたのだが、2010年2月27日、実家に5匹目の犬がやってきた。「さくら」と名づけ、現在も元気に暮らしている。いつも機嫌の良い犬で、誰にも愛想が良く、穏やかに人を見守っている。実家の犬は代々外に飼っているのだが、さくらだけは朝晩父母と食事を一緒にとり、キッチンの脇のタタキ(家の中)に犬小屋があってそこで寝ているそうだ。

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実家を出て、一人暮らしを始めて、結婚して―――。亭主自身はこれまで犬を飼おうと思ったことがなかった。犬が嫌いというよりも、犬の誠実さ、忠実さがむしろ不憫に思えたからだ。いつも外で孤独に耐え、ときどきやってくる家族と過ごすことを何よりの楽しみにするという犬の生活が、かわいそうでならなかった。もし自分が犬だったら、首輪をつけられ、一日のほとんどを一人で過ごすことができるだろうか。大丈夫、犬は人間とは違う生き物、人間と違って今を生きる生き物だから、そんなことは気にしていない―――。本当にそうだろうか。

2011年7月1日のこと、亭主と妻は、一匹の犬(ミニチュア・シュナウザー)を家族に迎えた。散歩に出かける以外は首輪を付けず、家の中を自由に遊んだり、家族とご飯を食べたり、家族と一緒にお昼寝をしていたりする。シュナウザーという種がそうだからか、たいそう頭が良い。朝は亭主を玄関から送り出し、夕方は、亭主から妻への帰るメールに反応し、時間になると窓を覗いて亭主の帰りを待っている。今を生きる生き物?とんでもない、毎日彼は過去の経験をもとに、着実に成長している。写真ではなぜか人間のシャツを着ている。しかもなぜかよく似合っている。というかシャツ返せ。

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過去の犬たちへの反省、負い目もあるのかもしれないけれど、今はこの小さな家族とべったり暮らしています。亭主も妻も、彼との生活が楽しくて仕方ありません。

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