2020年1月 1日 (水)

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2017年5月29日 (月)

05/29 日々雑感

ミニストップでWAONポイントカードをもらった。入会金、年会費無料、200円ごとに1ポイントがたまるという。

亭主が断るよりも早く、今回の買い物で発生したポイントを店員が新品のカードに付与し、次回からお使いくださいとレジ袋に突っ込んだ。立て板に水、見事な手際の良さ。なにも言い返すことができなかった。

実は亭主、以前からこの店でカードを勧誘され、そのたびに断り続けていたのだ。財布の中にカードが増える上、精算の際にわざわざ取り出すのが面倒臭い。チャージ機能のないWAONポイントカードはキャッシュレスにも貢献しない。チャージ式のカードはすでにSUICA、nanaco、au Wallet、Tully's Cardを持っていて、これ以上増やすつもりもない。

今回の一件は、業を煮やした店員の実力行使と思われる。こちらの意志を無視した行動に一瞬ムッとしたが、かといってカードを捨てるほど激怒しているわけでもない。使ってやらんでもない、といったところ、ただ使えば店員の思う壺になって面白くないし、使うならばチャージ式のほうが使いやすい。

2017年5月27日 (土)

05/27 【聴】 Wynton Marsalis / Wynton Marsalis, CBS|Sony(SRCS-9173)

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 1961年、ニューオーリンズ生まれ。トランペット奏者Wynton Marsalisの1stアルバム。類まれなトランペットの才能からジュリアード音楽院に進学、在学中にジャズに出会った彼がHarbie Hancockのプロデュースにより制作したアルバムが本作となる。1981年にHarbieらとともに来日、メディアの「マイルス・デイヴィスの再来」との触れ込みで大いに盛り上がった公演の合間を縫って録音された4曲を含む全7曲。参加メンバーは、Branford Marsalis(Tenor Sax)、Herbie Hancock(Pieno)、Ron Carter(Bass)、Tony Williams(Drums)、Kenny Kirkland(Piano)、Clarence Seay(Bass)、Jeff Watts(Drums)、Charles Fambrough(Bass)。


 豪華なメンバーに囲まれ、半ば無理やり担ぎ出されてしまった感のあるMarsalisだが、そこは天才トランペッターとして名高い彼、メロディもまたアドリブもそつなくこなしている。バッキングの盤石さも手伝って、その演奏は堅実そのもの、破綻というものが一切ないというのは新人アーティストにとっては異例のことだ。実際彼はメディアによってその実力を大いに喧伝されたが、一方でしっかりと成果を出し、以降もジャズ・シーンの活性化とアーティストの権利確保に積極的に活動している。それにもかかわらずMarsalisの評価が国内外で低いのは、マイルスの影響が大きすぎたからか、メディア戦略にジャズマニアがあきれたせいか、あるいは彼がクラシック音楽のアルバムをリリースした成果は良く分からない。ただ、個人的には演奏のそつのなさがかえって個性を埋没させてしまっているように感じる。実際7曲入りアルバムは聴いてみると非常にスムース、あっという間に聴き終える。デビュー作らしからぬ練達の演奏だが、もう少しケレン味がほしいところだ。(2017.05.22)

2017年5月23日 (火)

05/23 【聴】 Complete Music / New Order, Mute(LCDSTUMM390)

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 UKはマンチェスターで結成されたデジロック/エレ・ポップバンド、New Order。1980年より活動を開始、石野卓球ほか多くのテクノ・アーティストに影響を与えた彼らが2015年にリリースしたアルバム"Music Complete"の完全版が本作。オリジナルでは全11曲、アルバム1枚にまとめられていた作品が、2枚組アルバムとしてアレンジされている。


 曲順などはオリジナルアルバムと同じく。すべての楽曲が"Extend Mix"というヴァージョンであり、平たく言えば「ロング・バージョン」となる。メディアなどで紹介される際にコンパクトにまとめられたオリジナルに対して、本作は美味しいところ、気持ち良いところをしっかりと聴かせてくれるいわば完全版。テクノ/エレクトロニカではキモというべきループ・ミュージック、ダンサブルなビートがしっかりとフィーチャーされていて、彼らのルーツがテクノであることを感じさせてくれる。オリジナルアルバムを所有している人がこれを買う必要があるかどうか、については微妙。ファンならばマストなアイテムであることは間違いない。(2017.05.19)

2017年5月21日 (日)

05/21 【聴】 For Good Mellows / Cantoma, Suburbia(SUCD-2001)

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 UK出身のDJ Phil MisonのプロジェクトCantomaのアルバムから、橋本徹(Suburbia)がセレクトしたベスト・アルバム。橋本のレーベルSuburbia Recordsからのリリース、82分、全15曲という圧倒的なボリュームは、先に述べたGigi Masinのベストと同じく。


 イビサのクラブCafe Del MarでJose Padillaのプレイを聴き彼に弟子入り。以降同クラブで2年間レジデントDJを務めるなど、イビサ系バレアリックサウンドの代表的なアーティストのCantoma。本作は彼のアルバム"Out of Town"、"Cantome"、そして"Just Landed"から14曲、未発表曲1曲がセレクトされている。バレアリックサウンドと名付けられているが、本作は具体的にはディープハウスやスピリチュアルハウスに近い。ビートは弱め、音楽で踊るというよりも、音楽を浴びるといったほうがしっくりくる美麗なサウンドが特徴的だ。チルアウトでメロウなサウンドはSuburbia Recordsのシリーズに共通するが、アルバム/アーティストごとにそのアプローチが異なるせいか、どのアルバムも十分に個性的。なかでもCantomaはヴォーカルとインスト、ダンサブルな曲とアンビエンティックな曲とのバランスが良く、アルバム1枚のなかでどんどんと展開していくのが良い。言わずと知れた橋本氏のセレクション、しかし困ったことにこのアルバム聴けば、Cantomaの全貌が見えたと思わせてしまうあたりが悩ましい。(2017.05.11)

2017年5月18日 (木)

05/18 【読】 「ウィントン・マルサリスは本当にジャズを殺したのか?(中山康樹、シンコーミュージック)」

「ウィントン・マルサリスは本当にジャズを殺したのか?(中山康樹、シンコーミュージック)」


 ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれのトランペット奏者、ウィントン・マルサリスの半生をその功績を、「マイルス・デイヴィスに最も近い日本人」と言われた中山康樹が記した著。2015年8月刊。なお中山は本書を執筆中病床にあり、2015年1月に逝去したさい本稿が発見された。いわゆる絶筆となる。


 刺激的な、というかなかなか物騒なタイトルではあるが、いうまでもなく反語表現である。1961年生まれ、ニューオーリンズ生まれとはいうもののジャズとは格別かかわりのないまま育ち、クラシックの名門、ジュリアード音楽院でクラシックを学ぶ中でジャズの才能を見出された彼が、「マイルス・デイヴィスの再来」なるメディア戦略で数々の大物ジャズミュージシャンと共演、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの一員として活動するなどキャリアを重ねていく姿が語られる。だが、それだけでは彼が「ジャズを殺した」などと揶揄されるはずもない。彼はメディア戦略のなかでアメリカ、あるいは日本で華々しいプロモーションが行われたものの、特に日本においてはジャズ・ファンの不興をかったらしく、マイルスと比べればその後の活動が全く知られていない。アメリカにおいても(程度は異なれど)似たような状況のようである。彼自身、London Center Jazz Orchastra(LCJO)を率い、ジャズの地位を現在にまで引き上げた功労者であるにもかかわらず、ここまで不遇なのはなぜなのか、が本書の主題となる。著者である中山氏はスウィングジャーナル誌上においてはマルサリス擁護派として知られ、毎月マルサリスに関する記事を掲載していたという。病床にあった中山氏が伝えたかった、マルサリスの、ジャズに対するクールかつ熱い思いは活字となって読み手にひしとせまってくる。


 なお本書は、多作家であったマルサリスのディスコグラフィのみならず、作品が生まれた経緯や聴きどころ、アーティスト周辺情報などもふんだんに盛り込んでいて、マルサリスの失地回復というよりも、新たなファンに向けてのディスクガイドとしての性格が強い。死後彼の遺品を整理していたところ、かれが書いたと思しきアルバムベスト20なども巻末に収録されている。オールドスクールなジャズを殺し、現代ジャズへと生まれ変わらせたのイノヴェイター、彼に続く若きジャズ・アーティストたちを導き続けた先駆者、そして搾取されていたジャズ・アーティストの待遇改善をも実現したエグゼクティヴ、多彩な顔を持つマルサリスの姿を情熱的な筆致で伝えている。(2017.05.18)

2017年5月16日 (火)

05/16 日々雑感

このところ、無性に塩辛いものが食べたくなる。

以前は昼に、バナナやアップルデニッシュを食べていたのだが、塩分が絶対量足りないような気がして、心が落ち着かなくなるのだ。これは疲れているからに違いないと、ナッツを食べたり、糖分控えめのコーヒーなどを飲んだりしても収まらない。今日ついに意を決し、健康によくないと知りつつカップラーメンを食べたところ、少し塩分欠乏が収まった、気がする。

ネットで塩分欠乏を調べてみたところ、どうやら「副腎疲労」らしい。副腎はストレスに対抗するための様々なホルモンを分泌する臓器であるが、これが疲労を起こすと塩辛いものが食べたくなるのだという。

対策は「無理して塩分を控えない」こと。「カフェインや精製した炭水化物を摂らない、早めに寝る、適度な運動、ビタミンCの摂取」などなど。要するに健康生活を送ってくださいということらしい。

ただ、この副腎疲労、医療機関では病気とみなされていないようで、検索しても情報らしい情報はあまり引き出せなかった。本当に亭主が副腎疲労かどうかはよくわからないが、疲労感が強いこと、このところストレスのかかることばかりなのは確かである。自分の内なる声に耳を傾け、無理をしないことが一番なのかもしれない。

05/16 【聴】 For Good Mellows / Gigi Masin, Suburbia(SUCD-2002)

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 橋本徹(Suburbia)が主宰するレーベルSurburbia Recordsから、イタリア出身の作曲家・プロデューサーGigi Masinのベストアルバムが登場。Suburbiaの人気コンピシリーズ"For Good Mellows"の新たな試みとして、単独アーティストをフィーチャーしたアルバムが本作となる。1986年から2016年までリリースしたアルバム10枚から、ほぼ満遍なく網羅・セレクトした15曲に、未発表曲1曲を追加した全16曲。


 ピアノ・アンビエントを得意とするGigi Masin。地中海のイビザ島のクラブ/レイヴイベントに端を発するバレアリック・サウンド、地中海の開放的・享楽的な雰囲気に一息ついた、チルアウトなサウンドというのが、本作のざっくりとした立ち位置らしい。ただ、イビザもバレアリックも、食い込み水着も関係ない亭主的にはそんな立ち位置など知ったことではなく、たとえばPenguin Cafe Orchestra、あるいは坂本龍一のアンビエント作品をより端正に仕上げた作品と認識する。彼の作品に特徴的である八分音符の連打によるビートの維持。ドラムほかリズムセクションが存在しない中で、ピアノあるいはシンセによる八分音符のビートが妙に心地よく、まるでらせん階段を下るかのようにどんどんと引き込まれていく。主旋律である(こちらも)ピアノのメロディ、ときにアドリブのように奔放な演奏が、八分音符のビートと好対照をなす。


 本作の収録時間は82分25秒。ベストアルバムだとしてもかなり詰め込んだ内容となっている。アナログ時代からすればアルバム2枚分の分量になるのだから恐れ入る(こんなに長時間録音されているCDはめったにない)。Gigi Masinの魅力が存分に伝わる力作。ピアノ・アンビエントに興味のある方はぜひどうぞ。(2017.05.08)

2017年5月14日 (日)

05/14 A4ファイルスタンド「ブレッタ」(ニトリ)

ニトリでA4ファイルスタンド「ブレッタ」を買ってきた(画像をクリックするとニトリのサイトに飛びます)

内側が布張りのファイルケースで、幅は内側で8.5cmほど。

亭主はこれにタブレット端末などを入れて使っている。前面に丸穴が開いているので、ここから充電用のケーブルを通し、丸穴側が背面になるように置くと、中で機器を充電しながら立てておくことができる。使う時にはケーブルのコネクタを外すだけでよい。内側が布張りなので、機器を傷つけることもない。

いまのところケースにはiPad 2, iPad mini 4、kindle whitepaper、Netwalker、Pomera DM100、BuffaloのiPad用Bluetoothキーボードなどが入っている。これだけの機器が一括で保管できるのだから素晴らしい。

タブレット端末の置き場所に困っている方はぜひお試しを。



2017年5月12日 (金)

05/12 【読】「贈与論(マルセル・モース著・𠮷田禎吾・江川純一訳、ちくま学芸文庫)」

「贈与論(マルセル・モース著・𠮷田禎吾・江川純一訳、ちくま学芸文庫)」

フランス出身の社会学者・民族学者であるマルセル・モースが、人間社会のなかでもっともプリミティブな行動とされる「贈与」について社会人類学・文化人類学的知見から考察した書。膨大なフィールドワークや文献調査から得られた「贈与」の行為は、資本経済によって塗りつぶされてしまった人間社会のより原初的な姿を明らかとする。

モースによれば、交換社会あるいは贈与社会のもっとも原初的な形態は、少し前のポリネシアあるいは北東アジアの少数民族にみられていたという。客人に惜しげもなく食べ物を振る舞い、また所有財産を気前よく与える贈与の慣習は、富の豊かさや社会的地位の高さを示す指標であるとともに、その土地に根ざす神に対する忠誠と示すものであった。原初的な社会において、事物は動産・不動産、生物・物質、あるいは人間・動物を区別することなく神の所有物であり、それを人間が占有することは神への冒涜・不敬であった。それゆえ人々はときに自らの財物を越えた贈与を客人に施すほか、家財や武器、富を示す様々な物と川や湖に投げ捨てることで自らの魂の気高さを神に示してきた。

興味深いことに、贈与社会はある意味人類文明のエッジともいえるポリネシアや北東アジアのみならず、ゲルマン民族やケルト民族、あるいはインド・アーリア民族にもみられるのだそうだ。いずれも長い歴史による文明化、資本社会の浸透により現在はごく一般的な「贈り物」「もてなし」程度にまで薄まってしまっているが、古い叙事詩や教典などには、古代の贈与社会を伺わせる記述があって、それははことごとく前述のエッジの民族のものとよく似ているのだという。モース自身はフィールドワークをよくせず、もっぱら研究者たちに調査の方法などをアドバイスしていたそうだが、収集した各種成果の膨大さは、「贈与」と「神」の関係は地球的規模であったことを示している。

なお、本書における贈与の形態は、人間と人間、あるいは人間と神との関係に限られている。後年の研究では人間と動物、あるいは人間と自然との間の贈与についてもフィールドワークがすすみ、日本では特に中沢新一が深く掘り下げている。

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